ENo.0102　人で“なし”の魔王

魔王としての生活はまあまあ悪くないものだった。
破壊と殺戮は嫌いではない。村を暴いて食糧……ニンゲンを得るのも悪くない。
時々変なのがやってきて、それをのけるとなんだか力を手に入れたような気がする。あと、なんといっても魔王という響きがいい。最高だ。楽しい。
最初は魔王だなんてどうとも思わなかったが、なんだかんだ王と付く言葉には気分をよくする効果があるようだ。


＊　＊　＊


城の玉座、ボロボロだったそれも魔王の力が覚醒するのに合わせてきれいなものへと変化した。そこにどっかりと座って、ワイングラスに注がれた真っ赤な液体を軽く口に含む。
甘ったるい砂糖の味と安っぽいいちごの味が口の中に広がった。大した美味しくも無いのだがそれが楽しくてひとりで笑っていた。


「うひひひひ、…………ん？」


しかし、その笑いに疑問の声が混じる。石畳を踏む音が聞こえ、城の空間が軽くゆがむのを感じる。人が来た。勇者ではない。だが、この城に勇者以外の来客などあるはずがない。男はグラス片手に玉座から立ち上がった。
男が数歩進んだところで、来客の姿が見えた。まるで、この城を知っているかのように迷いなく、やってきた姿が。


「……なんだあ、お前」
「わしか？　わしはアリィ、この城の本当の主じゃ！！」
「……へえ」
「へえ、とはなんじゃ！　もう少し、な、なんだってー！？　とか驚いたりせんのか！」
「……別に」


現れた魔女の姿に男は大した興味を持たずに、踵を返すと玉座に座ってワイングラスに口をつける。そして、玉座から魔女を見据えて楽しげに目を細めた。


「今この城の魔王は俺だっていう事実は変わらない、だろお？」
「むう、久しぶりに来てみれば変なものが住み着いたモンじゃな……」
「ひ、ひひ、お互い様だぜえ」


男はニヤニヤと笑いながら指を軽くはじいて鳴らす。すると魔女の目の前に男が持っているのと同じワイングラスが現れた。魔女はそれを当然のように受け取って、同じように軽く口をつけ――


「ぶぇっ！　あまっ！　なんじゃこれ！」
「いちごシロップ」


ひひひ、と笑いながら残ったいちごシロップを一気に呷る男を見ながら魔女は大きくため息を吐くしかなかった。