ENo.0030　ガブリエラ・ストークス

「ハイドラライダーをやめる」

　まるで初めて聞いた言葉のようだった。

　ソネルの言うとおりなのは確かだ。
　ハイドラライダーとして生まれた私だが、もはや私は私だと確立された今、ハイドラライダーをやめることは確かに可能だった。

　けれどそれが、何を意味するのか。

　初めに思い浮かべたのは何もない空白だった。かつての私のようだと思った。肉体を持たずにいた私のことを、思い出さずにはいられない。あの所在なさは、けれどもう記憶から色褪せていた。あれから私は変わった。いまや人の身体を持ち、間違いなくここに自分がいると断言することができた。そうして送る日々の、一日の重さ。

　今よりもずっと自由だった、身体を得るまでは。

　重さを持たなかった私はまとわりつく眠気と毛布を知らず、出来ることならなんでも出来た。魔法のようにそれをした。過去を持たなかった私は同時に未来も持たず、恐れず、ただ存在ばかりを思うばかりだった。あらゆる可能性があり、それ故に揺らいでいた。可能性には、私が存在しないという可能性さえ含んでいたからだ。

　ハイドラライダーをやめるということは私にとって、肉体を再び失うほどの喪失に等しい。

　だから……それ故に自由を思う。

　……。

　わからない。

　戦いを終えたあとに戦場がないならば、明かされるべき霧はない。
　私が今に至る過去もまた、すでに解き明かされていた。

　ただ、今は……この場から逃げなければいけなかった。
　身に迫る危険に追われている間は……ハイドラの操縦桿を握っている間は、あらゆる迷いなど必要なかった。

　下る。下へ下へと。私の五つのレーダーは、同じように動いているソネルを映し出していた。
　この翼ならざる翼は、私を行くべきとこへと運んでくれる。

　行くべきところ……それはどこだ？

　この戦いが終わるとき、何が起きる？　私は何を求める？　どうしたいのか？

「わからない」

　レーダーを以てしても、その霧は晴らせない。
　レーダーが解き明かすのはいつも、何一つ取り返しのつかない今だけだ。
　何を狙い何を撃つべきか、そしてその攻撃が当たるかどうかは、今から描かれた可能性に賭けるしかない。

　私は、生きているのだから。