ENo.0115　オレーシャ

行き違うとりどりの戯言。

世界が壊れてしまうならやり直すことが、

ダスト・グレムリンの機能だという。

ひどい誇大妄想だ。

グレムリンはそうした夢では動かない。

私は私の現実に目を閉じる。

強力な兵器と減ることのないFP。

圧倒的な未確認機とそれに出会わないこずるさ。

私は不死……

かわいいコ・アラ、

君のことも私が、

連れて行ってあげたかった。

まだこの世界でできることがあるとするなら、

それは生きることで、

できるなら君をつれて逃げたい。

夜と棺に隠れて。

吸血鬼のように。

おそろしく単純なこの世界のルール。

死へと落ちていくはずのFPが、高みで縫い留められて動かない。

だとするなら、

この夜は好機になる。


私は狼。

私は蝙蝠。

私は獣。

私は夜を行く者。

私は吸血鬼。

私は死なない。……

私の知っている場所とあまりに違う世界。
この世界では人は死ぬ。
けれど私のFPはどうやら減ることがない。
私たちは本当に戻ってきたのだろうか。
ここが私たちの立ち去り、
私の両親が死へ落ちていったあの世界なのだろうか。
私たちは道を間違えてしまったのかも知れない。
帰るべきでない土地へ来てしまったのかも知れない。

私は不死。
ここでは本当の不死。
銀の銃弾は死神未確認機。
それよりほかに、私を殺すものはない……

私のグレムリンが静かに沈黙している。
私のための棺。
私はまたその棺に入る。
けれど、なんのために？

თუ ვამპირი ვერ ვიქნები,

ცხოველი უნდა ვიყო ?

მაგრამ, ......

機体のデータが送られてくる。
時空を超えているとそのメールは言う。
元の世界は存在している。
私たちに触れることのできないどこか遠くに。
信じていいのだろうか？
私の運命到達点への距離は今どうしているのだろうか？

それとも、
それとも、もしかするならこれが私の到達した運命なのだろうか。

シモムラ思念領域。そこには何度か訪れた。
死を思わせる冷たい霊域。
けれどどこかさびしげに震える。

この滅びてしまった世界が、
私の例えばゼロになった運命の墜落する場所だとしたら。
私が知らず識らずに骸へ帰ったのだとしたら。……

だとしたら、コ・アラ。
コ・アラ、君も？

すべてを最初からやり直す。次は失敗しないように？　こんなところに放り出されている。壊れてしまった等に。なにもかもが錆びている。なにもかもが終わってしまっている。死んでいる。私たちのほかに生きているものはない。私の命を永遠につなぎとめていたあの血液さえ。私は吸血鬼。吸血鬼であるから私は不死。血を呑み続ける限り私に死は訪れない。あの運命へ落ちていくことはない。それなのに。なぜ。

ダスト・グレムリンは完成する、

と、テイマーズ・ケイジの通信が云う。

近い将来にそのすべての性能を発揮する、と。

死から逃れて永遠に戦うこと、

籠の中で生き永らえること、

それがダスト・グレムリンの本質で、

兵器としての性能は二の次に過ぎない。

少なくとも私にとっては。

ダスト・グレムリンは兵器ではなく医療機器のはずだった。

それは延命装置のはずだった。

いや……

あらゆる兵器は誰かのための延命装置であるはずだった。

それさえ動くなら死なないで済むもののために行使される、

生きていくための人類の知恵。

テクノロジーがそのひとつであるのなら、

オカルトがその中に参与してはいけない理由はない。

この領域に霧はないが、

海はあり、夜が来て、闇が落ちる。

私はそこを歩いていく。

毎日飲む血の量を少し増やさなくてはいけない。

そうして私はまた死から遠ざかる。

けれど血液パックは一パック280ミリリットルの規格で、これを増やすことはむずかしい。

血液の保管はとてもむずかしい。

血は嘔吐を催させる。いちどにたくさんの量を飲むことはできない。

少しずつ体に慣らしていかなくては増やすこともできない。

けれど血をもっと飲まなくては、私は。

私は、……

六曜が回って、私の運命は見えなくなった。

高いところを飛んでいる、今も。

冷蔵庫のパックから血液をマグに入れて、湯とコーンスターチで溶いて飲む。

少しずつ。

一日に280ミリリットルの血液を飲む。

私の体は私のものではない血液で生きている。

誰のものだったのか知れない血液。

持ち主の体から奪われて、清潔なプラスチック棺に詰め込まれ、

私の渇きを潤すために訪れる。

私はそうした供犠を飲み干す。

支配者として。

私は不死の女。

三日月を飛ぶ。

私は不死の女。

夜を歩いて霧になる。

霧になる。

この虚空領域から絶えてひさしかった霧になる。……

私のFPは4。

だと、運命予見装置が言う。

それは小さなこと。

わずかなこと。

どれだけ近づいたとしても、

私が落ちることはない。

その大地に。

私は血を飲む。湯とコーンスターチで溶いて。

私は吸血鬼。

私は不死。

この値が零を指すことはない。

私の息は苦しくない。

私の心臓は痛くない。

私の頭痛は私を苛まない。

私は不死。

吸血鬼。



コ・アラ……

ダスト・グレムリンの動画ファイルは重い。

途中まで再生して、飽きてやめた。

コ・アラは全部見るのだろうか。

あの野生動物の瞳で。

動画の見過ぎは目に良くないと父に言われた。

私には見過ぎがわからなかったので、動画を見る時間を合計して制限した。

その甲斐あって、私は裸眼でグレムリンに乗れるくらいには目がいい。

このぼろぼろの体を誰もが抱えるような時代にあって。

私は私がまだ人間だったころのそうした習慣に感謝している。

動画ファイル。

私はそれは時間を決めてとぎれとぎれに見る。

音楽やオーディオブックとは違って。

通信や通話とは違って。

私は長い動画を見ない。

私の不死にも細切れの時間がある。

テイマーズ・ケイジの破壊を呼びかけられる。

誰とも知らない男。

それとも女。

通信の向こうから。

破壊？

テイマーズ・ケイジはグレムリン・テイマーを支援する。

それは組織。

それは団体。

団体を破壊するとは言わない。

けれどケイジは鳥かご。

ケイジを破壊する。

それなら意味が通じる。

それなら彼らが破壊しようとしているのは一般名詞。

一般名詞のテイマーの檻。

抽象的な私たちの制約。

テイマーズ・ケイジの破壊には気乗りしない。

けれどテイマーの檻の破壊であるのなら。

ああ、しかし私は不死。

あの最大の檻、誰もが閉ざされている命の檻、

死という行き止まりの檻の外に、

私はもう出ている。

これ以上どれだけの檻が私を阻むだろう。

私は不死。

私は吸血鬼。

私は今日も血を飲む。

私のFPは高い。

私のFPはでたらめ。

私は今日も死にはしない。

私たちの死への速度は遅すぎる、と、通信士がいう。

私は少し笑う。私はとても死から遠い。私は少しも死に近くない。

私は死へ落ちていくことがない。

私はそれをやめた。

私は終わりや一回性や重力に縛られるのをやめた。

私の体には私のものではないたくさんの血がある。

私は血を飲んで生きている。

私は吸血鬼。

血を絶やさない限り、私は死から遠ざかる。

私は死なない。

そのことを教えてやったら通信士はどんな顔をするだろう。

そんなにも簡単なことだったのかと思うだろうか。

でもそんなことは思わせない。言わせない。

誰でも吸血鬼になれるわけじゃない。

簡単に血を飲めるわけでもない。

だから私はコ・アラを吸血鬼にはしない。

それが人には難しいことだとわかっているから。

かわいいコ・アラ。死んでいくかわいそうなコ・アラ。

私はきっとコ・アラを看取るだろう。

誰もが私より先に死へと落ちていく。

まっさかさまに。

私は吸血鬼。私は私に流れる時間だけを引き延ばす。

そのことをどうしても厭わしく思う。

きっと多くの不死者たちと同じように。

私は死なない。

虚空の海から上がって、目に照射した赤い光の、運命への距離は9を返す。

この数はでたらめ。この数は嘘。

私はそれを知っている。

私は遠くにいる。遠くに行く。

落ちることのないその土から遠ざかる。

私のエクレシアは虚空を飛ぶ。

私のエクレシアは月のそばで夢を見る。

その私のそばにはコ・アラがいる。

私のかわいいコ・アラ。

コ・アラのグレムリンは空を飛ぶ。

それはノットベアーと主張する。

私はその響きを心地よく聞く。

コアラという動物を私はよく知らない。

むかし図鑑で写真を見たコアラは木の枝に腰掛けて眠っていた。

毒の木によりそって、毒草を食べて暮らすコアラ。

きっとそれは空を飛ぶ。

私たちのように。

死から遠く離れて。

　

冷蔵庫のパックから血液をマグに入れて湯とコーンスターチで溶いて飲む。

昔は酢やバターで味を調えなくては飲めなかった。

今はもう少しずつなら嘔吐感ごと飲み下すことができる。

操縦棺の扉を開け、死者を真似て横たわる。

私は血を干し、夜に歩くもの。

私は霧なき霧の底に止まった心臓。

私は狼。

私は蝙蝠。

私は獣。

私は吸血鬼。

私は死なない。

私は運命から切り離されている。

私はあの到達点へ落ちることがない。

私のエレクシアに私は今日も身を横たえる。

私の狩るべき生き血をもとめながら。