ENo.0114　コ・アラ

　ﾋﾟ　ｻﾞｻﾞｻﾞｻﾞ　ﾋﾟ


　……録音も久しぶりになっちゃった。
　ほんとうはもう、しないで済むならいいなって思ってたんだけど。
　どうもそんな感じじゃないから。
　……どうするのがいいのかは、まだよくわからない。
　でも、もしかしたら……このまま、オーリャに渡しておくのがいいのかも知れないな。
　聞くかどうかはオーリャの自由だし。
　持っていてもらわないと、どっかいっちゃうかも知れないしね。

　だけどとりあえず、録音するのも今日でおわり。
　オーリャに渡して……あとのことはぼくにもわからない。

　ぼくはオーリャのことが大好きだよ。
　それは言っておかなくちゃね。


　

　……もしかして、けっきょくこれが必要になるのかな。
　やだなあ……。
　――でも、オーリャは嫌そうだった。
　困ってるみたいだった。
　……。
　……ぼくは……

（レコーダーのスイッチは切られている）

（スイッチは長らく切られている）

　ﾋﾟ

　ｻﾞｻﾞｰｰｰｰｰｰｰ……………






　まさかこんなことになるなんて。
　ああ――《神さま》！！！

　
　
　オーリャは死にたくない。
　ぼくは、べつに死んでもいいと思ってる。
　もともとあんまり、自分が死ぬってことがわからないんだ。
　ぼくは動物だから……。
　死ぬってことは、いつでも、自分以外に起こることでしかわからない。
　だからぼくは、自分が死ぬことは怖くない。

　ほんとに、ぼくのFPをオーリャにあげられたらいいのにって、ずっと思ってる。
　……。
　ずっと考えてるんだ。

　ぼくは、オーリャが死んでしまうことがすごく怖いから。
　
　

　　

　オーリャ。
　ぼくのオーリャ。
　かわいい、ぼくの、……。
　……だけどこんなこと、こんな呼び方、これまで一度だってしたことがない。
　面と向かっては。
　……したことなかったでしょう？
　ぼくは動物で、オーリャは人間だから。
　自分たちじゃどうにもならないものがある。
　生まれる前から引かれていたライン。
　オーリャはそのこと、どのくらいわかってるのかな。
　ぼくが――オーリャがふだん座る椅子や、部屋に置いてあるナイロン製のしなびた植物、それこそぼくらが乗るグレムリン……あの冷たい機体なんかと、なにひとつ変わらないってこと。
　ほんとうなら、ぼくは自分の考えや気持ちさえ持つべきじゃない。
　一緒にいる間にすることはぜんぶお芝居で、ごっこ遊びじゃないと”いけない”んだってこと。

　だからぼくはオーリャの言うとおりにする。
　求められるからここにいる。
　呼ばれて、触られて、それを絶対に拒まない。
　逆もそう。　
　それはオーリャが欲しがることに、ただぼくが応えてるってことじゃなきゃ”いけない”。
　そうじゃなくちゃ”いけない”から、逆にぼくらが何をしても、ほかの人からそういうふうに見てもらえる。
　そういうことなんだってこと。
　……。
　それで、ぼくは……オーリャが、そんなことわかってなかったらいいのになって、思ってる。
　
　かわいいオーリャ。
　ぼくの……。
　”ぼくのかわいいオーリャ”。
　オーリャのFPは残り4。
　いまはもう少し増えてるかも知れない。
　そうしてこれからは……。
　……………。

　ぼくは……。
　考えなくちゃならない。
　探さなくちゃいけない。
　オーリャが……。
　……なる前に。

　

　あとはどんなことを話そうかな。
　けっきょく、ぼくができる昔話っていうのは、オーリャに会うまでなわけだから。
　そんなにたくさんあるわけじゃない。
　オーリャはどのくらい前から覚えてるんだろう？
　つまり――ぼくらが一緒に暮らすようになってから、いままでのこと。
　人間の記憶力ってのはわからない。
　さすがに、赤ん坊のころのことは覚えてないだろうけど……。
　たくさん覚えててくれるといいな。
　……。
　死ぬって、どんなものだろう？　

　

　
　かわいそうなオーリャ。
　死にたくないオーリャ。
　どうしてぼくの分のFPをオーリャにあげられないんだろう。
　そんなことができるなら、いますぐぜんぶあげるのに。
　そうすれば、オーリャはあんなことしなくて済む。
　また昔みたいに、人間に戻ってくれるかも知れないのに。
　……オーリャは人間なのにね。
　かわいそうなオーリャ。
　かわいいオーリャ。
　死ぬのが怖いオーリャ。
　ぼくはオーリャにずっと生きていてほしい。
　いまみたいに血を飲んでそれで生きられるんだったらそれでもいい。
　ただ確かな方法がほしい。
　泣かないで欲しい。
　怒らないで欲しい。
　できるならもっとずっと幸せなところにいてほしい。
　オーリャ。
　どうしたら、……

　
　
　大きくなったいまもそりゃかわいいけど、あのころのオーリャは小さくてかわいかった。
　はじめて見たときは本当にびっくりした、こんなにふわふわで頼りなくて、ぼくらみたいな耳も爪も鱗もない……。
　余分なものがない。
　人間の大人には、そんな当たり前のこと思ったことなかったのに。

　ぼくは『安全な子守り』としてオーリャと一緒に過ごした。
　ご主人たちがいない間、ぼくはオーリャが怪我しないよう見張り、控えめで穏やかな、それでいてとうの子供にはそうとわからないような遊びをいくつも探した。
　ぼくはたくさん気をつけた。
　彼女がずっとご機嫌でいられるように。
　　
　オーリャが泣くのは怖かった。
　人間の赤ん坊はほかのどんな動物より怖い声で鳴く。　
　オーリャが怒るのは悲しかった。
　もっと幸せなところにいて欲しかった。

　……オーリャはぼくをどう思ってるんだろう？
　わからない。
　ぼくは人間じゃないから。
　

　オーリャが知ってるかどうかわからないから、ちょっと昔話をしとこうかな。
　あんまり小さいときから一緒にいるから、逆にこういう話ってしたことなかったかも……。
　オーリャがご主人たちからどんなことをどれだけ聞いてるかは、ちょっとぼくにはわからないし。

　ぼくが最初に覚えてるのは《ペットショップ》の天井だった。
　とにかく真っ白。
　ぼくはまだずっと若くて……真人でいえば、あれは何歳くらいなんだろう？
　少なくとも改造はできる年だったはず。
　ぼくらは真人とは違う年の取り方をする。
　うんとはやく大きくなって、そこからはごくゆっくりとしか大きくならない。
　なんていうか……見た目が長持ちするようにできてる。
　最初はぼくのほうが、オーリャより大きかったけど。
　いまはもう、オーリャのほうが年上に見えるようになっちゃった。
　それこそ、ぼくはいま自分が何歳なのかも知らないや。
　店と、ぼくを買ったほうのご主人たちは知ってただろうけど。
　オーリャは知ってるのかな？
　かわいいオーリャ。
　そのとき、オーリャはまだぼくより小さくて、細くて頼りなくて、やわらかかった。
　店に出てるコアラはぼくだけで――特別ってことじゃなく、そういうふうになっていた。
　それぞれの動物が一種類、いつでも一匹だけ。
　そのほうがどれも魅力的に見えるから。
　ぼくはそのころ、店に置いとくにはちょっと育ちすぎていて……たぶんあのとき売れなかったら、遠からず捨てられてたんじゃないかな。

　ぼくらは恵まれてる。
　ひと昔前の動物は、生まれたときにちょっとでも瑕があったら、その場でポイだった。
　でも、いまは《ペットショップ》がある。
　オーダーに沿わない不良品は、店で売ってもらえるようになってる。
　だから、注文に沿わなかったぼくは、オーリャのところに行くことができた。
　この猶予はとても大きい。
　ありがたいことだと思う。
　とにかく、ぼくはご主人たちに買われて、オーリャと暮らすことになった。
　……。

　アー、アー。
　テストに落ちちゃった。
　だからこういうのも録っといたほうがいいかと思って、ちょっと話しておこうと思う。
　誰に向かって？
　わからない。
　わからないけど、とりあえず録っておけば、あとで再生することができる。
　それでオーリャが助かることもあるかも知れない。
　…………うーーーん。
　どうかな。
　オーリャはご主人たちの記録をぜんぶ、もう見ないってぼくに預けちゃってるし、やっぱりそんなことはないのかも。
　単にぼくがそうして欲しいってだけかも知れないな。
　ぼくはいつか、オーリャがこれを聞いてくれるんならいいな、って思ってる。
　それとも、聞きたいと思ってくれるなら、かな？
　ぼくがいなくなったあと、そのうちでいいから、オーリャがぼくを懐かしがってくれたら嬉しいなあ。
　そんな気持ち。
　だからこれは、内容がどうってよりぼくの声とか、何か、そういうものを残すためにやろうと思う。