ENo.0040　闇

【記録】
[雑記]
　千切れて視えた、糸の先。
　此処まで、よく持った方ではあるまいか。
　斯様な念が、無感動に過る。
　繰り返す先に、糸はまた繰られるのだろうか。

[追記]
　でかい甲殻類が大人しかった。
　珍しい事もあると思い、なんとなく観察していたら挟まれた。何故だ。

【記録】
[雑記]
　死神とは、よくよくに縁があるらしい。
　糸の先には、何があるのだろう。

[追記]
　何故かでかい甲殻類に後ろから押される。
　意図が全く分からん。

【記録】
[雑記]
　死神と、俺だけの海。
　糸繰りの女神というものが居るのならば。
　随分と、意地が悪いらしい。

[追記]
　でかい甲殻類が勝手に機材を弄ってきて困る。
　どうにか引き離そうとしたら挟まれた。

【記録】
[雑記]
　死神が居る。
　……途切れた糸の先は、そこに在るらしい。

[追記]
　でかい甲殻類が無暗に纏わりついてくる。
　退けようとしたら挟まれた。

【記録】
[雑記]
　今迄、出来ていたことが、出来なくなる。
　即時であった物品の往来が、そうではなくなったという。
　何かにつけ、斯様な瞬間というものは起き得るにせよ……
　これに限っては、かつての世界の仕組み自体が、崩壊しているのだと。
　今更ながらに、想い過る。

　……我々は、放り出された、と電報の主は云った。
　まともなつもりで、こうしているが。
　俺自身が崩壊していないと、本当に言えるのだろうか。

[追記]
　でかい甲殻類の落ち着きが無くなった。
　ただでさえでかいのに、余り動かれると邪魔だし、興奮ついでに挟んできて困る。

【記録】
[雑記]
　データが、送られてきた。

　……疑似的に、受け取る事のできる情報。
　本体はないというのに。

　ここは、何だというのだろう。

[追記]
　でかい甲殻類の動きが読めない。
　気が向くと挟んでくるように見える。何故だ。

【記録】
[雑記]
　正史であるか、否か。
　電報の主には、何故、それが解るのだろうか。
　……何某かの欠片を隠したという、件の人物も。

　此れは、此の記憶は。
　今、居る、俺は。
　何だというのだろう。

[追記]
　相変わらず、でかい甲殻類が無暗に挟んでくる。
　無駄に元気そうだが、何故なのか。

【記録】
[雑記]
　途絶えたのは、糸の先でなく。
　世界という、構造そのものなのやも知れぬ。

　見知っているのに、見知らぬ場所。
　滅びた世に投げ出された、と電報の主は云う。
　さりとて、此れが若し、本来辿る先であったなら。
　或いは、糸の途絶えた先は──

　詮無き思索の正誤に応える者は。
　此処には居ない。

[追記]
　でかい甲殻類が無暗に挟んでくる。
　というか、こいつも一緒に来てたのか。
　どうしてこうなった。

【記録】
[雑記]
　行方知れずの、糸の先。
　世の果て、粉塵の向こうの。
　俺は、何処を見ているのだろう。

　“古い遺産”に遺された。
　正誤の知れぬ、朧げな記録に。
　今更になって、惹かれているのか。

　今の世にも。
　張り巡らされた電脳が在るという。
　其処に、或いは。
　遺産と同じ答えが、在るのだろうか。


[追記]
　でかい甲殻類が無暗に後ろをついて来る。
　回り込んでは来ないので放っておいたが、振り向いたら挟まれた。

【記録】
[雑記]
　惑い。

　糸の端と同じく。
　己の思索もまた。
　行く末は、杳として知れず。

　無限の青。粉塵の下を満たす海。
　時折に、星が浮かび、流れていく。
　星は、かつて空にあったと、あれは誰の言葉だったろうか。

　地が不動で、空が動いていたとき。
　彷徨うように動くものを、惑う星……惑星と呼んだのだと。
　遠く遠く、褪せてぼやけた“旧い遺産”の。
　正誤も定かでない、古い記憶の中に、残っていた。

　ならば、常に、海を惑う星は。
　粉塵の中を惑い飛ぶ、使役者は。
　何をよすがに、漂っているのか。

　飛べば落ちる、深海の青の。
　その高空に、墜ちずある在る何者かは。
　かつてに語られる、本物の星を。
　知っているのだろうか。


[追記]
　補給をしようとしたら、でかい甲殻類にカロリーブロックを盗られた。

【記録】
[雑記]
　今暫しに、先を眩ます、運命の糸。

　……因果は、定かでないが。
　不意の心変わりに、兵装の換装。
　削ぎ落とすだけだったみてくれに。
　とってつけたように、纏わせる。

　墜とすばかりだった、記憶の片鱗が、そうさせているのだろうか。
　それは……削れるばかりだった、命の糸の長さに。
　作用しているのや、否や。
　俺自身にすら、解りはしない。


[追記]
　今日もでかい甲殻類が無暗に周囲を回って来る。
　回るだけかと油断していたら挟まれた。

【記録】
[雑記]
　千切れた、運命の糸の先。
　削れ、縮れていく。

　あと、三度。
　飛んで、墜ちて。

　その、あとは。

[追記]
　でかい甲殻類が、邪魔をしてくる。
　……行くなということだろうか。

【記録】
[雑記]
　糸の端。

　運命は、順当に削れていた。
　墜ちる度、失っていく身体と。
　消えていく記憶と共に。

　あと、四度、飛んで。
　堕ちて、潰えたとき。
　俺は、何に成っているのだろう。


[追記]
　でかい甲殻類が周囲を無暗に回っている。
　未だに意味が判らん。

【記録】
[雑記]
　削ぎ落としたまま、粉塵の中へ赴く。
　此れでいい訳がない。
　確かな焦燥が、燻っているというのに。
　この選択を譲る気が起きないのは、何故か。

　既に、真っ当な思考は削げ落ちて。
　遺された残滓が、足掻いているのか。

　いつまで、続けるのだろう。
　あと、どれだけ。
　俺の中には、落とせるものが、残っているのだろう。

[追記]
　でかい甲殻類に背面からつつかれた。
　全く意図が読めん。

【記録】
[雑記]
　何もかもを削ぎ落とした、機体構成。
　何故、これを選んだのか。
　己の意思の根底が、判らない。

　だが、墜ちる度、削れていく体躯と。
　在り合わせだけで組み上げた、貧相なフレームに。
　己自身を、髣髴とする。

[追記]
　でかい甲殻類が後ろから乗り上げて来た。
　何がしたいのかさっぱりわからん。

【記録】
[雑記]
　グレムリンには、意思がある。
　乗機の起動音声に、毎度、過る。

　……“遺跡”の記録を辿る事は、最早、叶わないが。
　意図も動作も、誰一人知らず、尚、ひとりでに動き続けているのであれば。
　あれにもまた、不可視の意思が存在しているのだろうか。

　俺の糸の長さは、今日もまだ、視えない。


[追記]
　でかい甲殻類が今日も無暗に挟んでくる。
　何を主張しているのか何も分からん。

【記録】
[雑記]
　俺の糸は、何処かに繋がっているのだろうか。

　“遺産”に拾われ、幾らか経つ。
　可視化されて久しい、『運命』は、まだ視えない。
　俺の命には、まだいくらか“残り”があるようだ。
　少なくとも……ひとつ前と、次の撃墜では、まだ死なずに済むらしい。

　尤も。
　死なず済む事と、心身が健全である事は、同義ではないが。
　墜ちる度、欠けていく。
　何が欠けたのか、それすらも。
　次第、想い出せなくなっていく。

　何もかも、欠け。
　俺が俺で無くなるのと。
　俺の“運命”が尽きるのは。
　果たして、どちらが早いのだろうか。

　……俺の糸は。
　何処かに繋がって、粉塵に見えぬだけか。
　それとも。
　遠の昔に、端は千切れて、何もないのか。


[追記]
　あのでかい甲殻類は、一体何なんだ。
　矢鱈と挟んでくる。困る。