ENo.0098　リム

「いや……この世界には……いないよな……」

「とりあえず餅でも食うか」

「急に世界が大変貌した。」

上でやっていけるほどの人間じゃないんだよな、俺は。

「うわ～上層はワケわかんないやつばかりいるな。
俺は下でぬくぬくしていたんだが……ちょっと暴れすぎたな。」

「…………」
FPが増えてしまった。これじゃあここから出られないんじゃないか。
いつまでたっても、会いにいけないんじゃ、見つけてもらえないんじゃないか？
このペースで増えられてしまっては、……おれが行くしかない。
こっちからダスト・グレムリンに……会いに行くしかない。

もし戦場でダスト・グレムリンに会えたなら。その時こそ、その時こそ……

ある整備士の日記

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リムさんがすごい戦果を上げました！
俺の整備が役に立って本当によかった……
けどFPが減ってて、ああどうしよう、ライダーは無敵の存在じゃない

リムさんはいつも笑ってて、FPの事も笑って話してくれたけど
でもリムさんだって怖いはずだ、多分
でも、嬉しそうだった。
いつもと同じ笑顔
少しだけ、怖い。

ハンガーの2階渡り廊下から俺の機体の整備くん――名前は覚えていない――の背中をぼんやりと見る。
仕様書と購入アドレスに従って忙しなく急ぐ様子は前回に比べれば楽しそうであった。
前回はまあ、TsCの目を掻い潜って強度共有のために動いた。戦場で動くためではないセットアップをさせたからテンションも上がらないだろうよ。




細く頼りない、背ばかり多きな身体。
ピンピンと跳ねた褪せた茶髪は子犬を思わせる。

グレムリンに乗る才能のない青年だった。
ただ憧れだけがあって、きらきらと輝くものを見ている時だけ、そのガラス玉のようなぼんくらの目が光を映す。


炎に惹かれて飛び込んで死ぬ虫が……ただの虫がなんのために生きているかを考えた事がある。
そう、最近の事なんだけれど。
（きっとそれは、生存のためではない）
（その命はただ美しいものに近づいて劇的に死ぬためだけにある）


煙草の煙を口の端から零す。
対して美味くはないが慣れた味だ――整備くんが俺の視線に気づき、何が面白いのか笑顔で手を振った。
おれは少しだけ微笑んでみせて手を振り返してやる。昔のように。

TsCからの通信にフィルターを掛けてヒヨコのような音に加工――つまり手慰みをしながら、げんなりとした表情でデミバルナスのメッセージを聞いていた。
「人に出産プレイの状況を実況しないでくれないかな。」


リミックスに飽きると新しい煙草を一本取り出して火を付ける。
傭兵の断末魔を聞き流しながら立ち上がり、足先で床に転がるモノを退けながら、
かように散らかった男の部屋には不釣り合いな姿見の前に立ち両手を広げた。
「改造かぁ。」
外科医からのメッセージを反芻しつつ、目を細めて姿見に映る誰かを見た。
ぼんやりとした視界と思い出に重なる誰かの姿を。

「身長をあと、……3cmぐらい伸ばしてみる？」
ここに居ない誰かの姿。
無為に流したメッセージが終わり、コンデンサの羽音めいたノイズが部屋を満たす。
襟から髪の毛がさらりとこぼれ落ちたのをきっかけとしてリムは伏し目がちだった目を開ける。噛みしめるようなため息を漏らしながら整備の男にメッセージを打つ――


「よぉ整備君！今送ったここから火炎放射器を副兵装に――そう、それからそれ以外は全部外してくれ。
うん、うん。全部。はいはい、もちろ～ん脚も。いや、怒んないで～マジで必要なんだって。はいはい。うん、ね、うん。わかるよ～気持ちはね、うん。そうなんだよ……だから、よろしくね～」

「というわけで今回の戦場は全力でサボるぞ。」

今回の戦闘は間抜けなことに電磁柵に引っかかっておしまい。
ランキングの端っこにちいさく名前が乗るだけだった。

「おれらしい結果だなぁ。」
「まあタバコを買う金になりゃそれでいいや。」


潰れきっていない煙草の箱を指で弾き、残りの本数を確かめていると、ふいに一行のログを思い出した。
――『貴様らは永遠に引き延ばされた時空の中を、無限に戦い続ける運命にあるのだからな』

（……この永遠は、外から見てどのようになっているのだろうか。
この永遠の中にあいつがいなければ、ひょっとしておれは見つけてもらえないんじゃないか。
そうなればおれは、ずっと一人ジタバタもがいてるタダの間抜けということになる）


「…………」
「まぁ……ダメだったら死ぬだけだ。どこでも、そうさ。」

「いや～ボコボコにされちゃったな。やっぱり才能ないんだなぁおれは。」
「ボコボコにされてランキングに乗るってのは、晒し者だよなあ。」
「もっともおれみたいな奴は、そうでもしないと見つけて貰えないんだ……」

おれはさぁ。日記書くの苦手なんだ。

それにそのうちゴミのように野垂れ死ぬ男の日記なんて、だ～れも楽しくないだろ？

書き残すような事、おれの人生にはな～んにも……
……他人に見せる物は、なんにもない。