ENo.0036　ジュネリア＝ハーヴェスト・アンタレス

激しい砲火と艦隊。
偵察機と謎の愉快なハイドラだけではなく、戦場は敵も味方もにぎやかだった。
この混沌とした戦場と世界が夢でなくてなんであろう。
いよいよオープンチャンネルの通信内容は意味不明な、それでいて温かいようなものが流れている。

「アリ……？何か今変な通信が入り込んだ気がしましたが」

タワーから北上しつつ、残骸が点々とする戦場を尻目に口を開いた。
オープン回線に接続たままに話すことなどほとんどなかったがこの世界で気にすることでもない。
相変わらずオープン回線もクローズド回線も見知った声と名前でひしめき合っている。

「しかしまぁ、結婚とは。……残像領域だったころからすると考えられない話ですね」

実際はそうでもないのかもしれない。
ハイドラライダーとして、自分に関係のないこととして気にしていなかっただけで残像領域でも、それこそハイドラライダー同士でも結婚をしていたのかもしれない。

婚姻。
本来、アンタレス家においては自分には絶対に縁のないものだった。
名目としては息子として育てられてはいたが物心がついた時から戦闘とハイドラの訓練ばかりしていた。
他の兄姉とはほとんど顔も合わさずただ家を護るものとしての研鑽を求められた。
父はそれでも、それこそ他の家とは明らかに違うほどには人間扱いを、家族扱いをしていた。
食事を同じ場所で取ることは許されなくても、食事も衣服も部屋もきちんとした家族の一員として扱われていた。
指導役の男からもうらやましがられたのをぼんやりと覚えている。

なんとなしにいつも申し訳なさそうだったようにも思うが、本当に遠い昔の話だ。
何より自分はその立場に誇りを持っていた。
顔を隠すための仮面をつけ、貴族としての振る舞いも教養も戦うことも教え込まれる日々であっても。
そういう育て方をされてきたからではない。
自分として自分なりに、その立場と役目に誇りを持っていた。
誰に言うでもなく、もう亡んだ家のことをただ時々思い出す。
腰に下がっている装飾ナイフの重み。
私にとっての始まりであり、そしてライダーとしての私が終わるときに置いてきた重み。

「そう、だから……祝い方をあまりよく知りませんね。そういえば」

思考しつつ言葉を紡ぐ。
いつもは隣で嬉しそうに心地よさそうに話を聞くファティマが愛おしくて考えていることを口にすることが増えた。
結婚をする前に娘ができることになるとは、流石に思ってもみなかったとぼんやりと考える。
アクアネシアをただひたすらに―――北方の海にはペンギンという生き物がいる―――誰かが回線で言っていた。
一目その姿を見て。

「そうだ、ファティマさんのお土産に写真を撮りましょう。何故か気に入るような気がしますね」

《結婚領域》の《ブライド・ドライブ》がそうしないうちに発生するのだろう。
時空震という、また少し懐かしい言葉が聞こえてきた。つまりあれと同じであれば、メルサリアの起こしたあれならば。
もしかするときっと、何かをもって戻れるだろうか？
夢だとは思っていても元の世界に戻れるのか、という考えをばかばかしいと蓋をした。
自分の人生すらままならなかったのに、ハイドラだの時空震だのというところまで考えたところでどうにもならない。

回線の、おおよそトンチキなことを言い続ける小娘が声をあげる。
何度目かの、おそらく多重的に拾い上げている通信は不定期に何度も同じ言葉をうたう。


「さぁ、皆さん、結婚するなら今のうちですよ！　時空震によって、元の世界とか、新たな世界とか……弾き飛ばされます」
「その力を制するのが、結婚の力、《ブライド・ドライブ》！！！」
「いま、ここに集ったひとでも、祝福は始まるんです！！」
「さぁ、始めましょう！　結婚式を！！」


「披露宴の様子を見に行ってみようか？おいしいものもたくさん―――」

さっきまでの独り言ではなく、隣に居る誰かに話しかけるような言葉。
今までの、この仮面の男のことをよく知る者も、知らない者もきいたことのないような話し方。
唯一その話し方を知る愛娘は今隣に居ないことをすっかり忘れていた。

――――そろそろ目を覚まさないといけませんね。

それでも一度足を止め、周囲を確認するとアクラネシアの砲門を空へと向ける。

掃射。一斉掃射。
祝砲というにはあまりに荒く多く騒々しい打ち上げ花火。

しばらくの間周囲に絶え間ない射撃音が響き射線の先はその空の向こう。

「ご結婚、おめでとうございます。この《結婚領域》に則り……祝砲としましょう」

結婚だけではなく、おそらくもう覚めるであろう夢に向けて。
この不思議で懐かしく、どこか幸せな空間へ向けて。

そしてアクラネシアは走り去る。
その向こう側へ。

下記URLは、この日記に加筆したり修正したりなんか追加で書きたくなった時のために用意しております。
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ただ祝砲を行う