ENo.0109　フラクタル

　
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※以下の文章には一部グロテスクな表現があります。ご注意ください。※

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初めて自分の眼球の裏側を見たのはいつだっただろう。
義眼ではあったが。
俺の、左の目玉だったもの。
つるりした球体と、その球体から伸びた何本もの線の対比。

視神経を模したケーブルの束がぶちぶちと引きちぎられる不快感。『痛み』という信号。
ちぎられて垂れ下がったケーブルの残滓。半分になった視界。
持ち去られてゆく先ほどまで己の一部だった部品。小さく光るシルエット。
循環液に濡れた顔。持ち去られる物体からも同じ雫が滴っていた。

（いつだったか。忘れちまったなあ。……内蔵データを検索すれば出てくるけどさ）

金になると知ったのはその時だ。
「ああ、これ、売れんだな」と特に何の感慨もなく考えたことを覚えている。
それ以来フラクタルはジャンクまがいの義眼パーツを入手しては適度な改造を施し売却する、という小遣い稼ぎを始めた。
眼窩に装着している間に体内のナノマシンを操作し、買った時より少しばかり具合のいいものに仕上げて売るのだ。

だからフラクタルの左の眼窩は、空いていたり、埋まっていたりする。

今日は三日前から嵌めていた美しい青色の義眼の完成日だった。
無論、引きちぎるようなまねはしない。ナノマシンの接続もケーブルの接続も全て切ってから丁寧に外し、専用のケースにしまうと、フラクタルの左眼窩は空洞に戻った。
仄暗い眼窩の底には、うっすらとした緑色の光が回路の模様を描いている。


そういえばあの時。
ついでのように、初めて自分の眼窩をとっくりと見た。
引きちぎられてあれやこれやが露出した部分をなんとか取り除き、修理した後、確認のために改めて鏡を覗いたのだ。
眼窩に広がる緑色の光。それを目で……ひとつ残った右目で無意識に追った。
この回路の光が巡り巡って最後に到達するところに『あれ』があるのかと、考えてしまうことを止められなかった。

（……本当に『止められない』だなんて思ってるのか？　お笑い種だな、フラクタル）


止めろと命令されれば、きっと自分は止める……いや、止まるのだろう。

ただ、今は命令するものがいないという、それだけだ。



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「お前さん……。慣れたけど、それでもビビるだろうが。ドア開けたらいきなりそれって」
「ごめんごめん、これが終わったら『バブル・ネスト』の方に顔出そうと思ってたんだけどさ、ちょっと手間取ってて」
「そのうちマジで顔『だけ』出しそうな格好だな」
「あっはは、面目無い」

ベタ・クォルツァという男は派手だが小柄だ。（小柄だが派手だ、と言うべきか）
その小柄な……自分より小柄な男の顔を、フラクタルは見上げた。
脚部を換装中で立てなかったからだ。
床にぺたりと座り込んだ片足のフラクタルを、ベタは呆れ半分、様子見半分と言った視線で見下ろしていた。

「ぽこぽこぽこぽこ、よくもまあ、あちこちもげるもんだ」
「前のより関節可動域がイイ感じのが、格安で出てたんだよ。つーか、もげてんじゃなくて換装！ 付け換え！」
「手足いっぺんに外すのはやめたのか？」
「あれは体幹のシステムメンテと換装を一気に片付けてただけだって」
「手も足も四本ずつ並べてあって、タコにでもなんのかと……」
「俺が多脚になっても面白くねえだろ」
「笑う準備はしてるぜ」
「えっ、俺も笑う予定なんだけど」

くだらないことを喋りながら、股関節部分の接続を手早く終える。チェックしたリンクは正常。同期が終わればすぐに立てるだろう。
ベタはバラバラになったフラクタルを見ても大して気にしないが、世間一般的に『人型のものがバラバラになっている光景は不快感や不安感を与えるもの』だと知っている。
ただ、知識として知っているということと、フラクタル本人が気にするかどうかは別だ。
そしてフラクタルは、全く気にしないタイプだった。

（だから、ベタといるのは楽だな）

フラクタルの手足がもげていようが、目玉がなくて眼窩が見えていようが、ベタは気にしない。
苦痛があるのか、活動に支障があるのか、危険はあるのかという点は尋ねられるが、そういったものがないとなれば、あとはあっさりしたものだ。
だからフラクタルも気兼ねなく様々な作業を行うことができる。
それがとても楽で、フラクタルは良い僚機を得たと常々思っていた。
それは今この時も、床で作業するフラクタルを見つめるベタの視線によって、証明され続けている。


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夢の中の光景をうまく説明する事ができない。
覚えていないんじゃなくて、俺には『それができない』。

俺の中には『あれ』があるのに。

自分で見聞きした事と自分が人から教えてもらった事以外は、
どんなに美しい夢を見ても、どんなに役に立つ夢を見ても、
うまく言えない。
俺はやっぱりポンコツだな。

でも。
せっかく抱えた真珠だ。
俺がどうあれ、せめて……守るくらいは。