ENo.0056　サフリィ・セッツ

初めて空を飛んだ時、見えた光景は光しかなかった。

空気中の水分を全て吸い取り、乾燥させる粒子が、太陽光を乱射させ視界を塞ぐ。

計器とレーダーを頼りに、真っ白い暗闇を飛ぶ。

訓練は受けたとは言え、視界を失った状態で飛ぶのは、憧れがいくらあったとしても怖い物だ。

それが初陣ともなれば、尚更だ。実践と訓練は違う。


両親が綺麗だと言ったのは、夕暮れ時。

太陽の光が弱まり、粒子が反射する光が薄れる頃。

その時になってようやく、綺麗な景色が見えるようになるのだ。

だから、その時まで飛び続けなければならない。


計器を頼りに空を飛び、味方へ情報を送り続ける。

補足した敵機へ弾丸をバラ撒き、戦力を削り続けていく。


よくやっている。やれている。

これならば。




――――そこで、記憶が途切れた。


気がつけば、私は収容され、ベッドの上に横たわっていた。

私は、夕焼けを見れなかったのだ。

物心ついた頃から、私はここにいた。
ちょっと狭いけれど清浄な空気が循環する部屋で、灰色の服を着て、お腹いっぱいご飯を食べて、教育を受けて、制限はあったけれど、特に不満も無く生きていた。
否、不満が無かったといえば、嘘になる。

ご飯は、両親の分を削られて私に与えられていたことを知っていたし、私が成長するにつれて部屋は狭くなり、食べ物も足りなくなってきた。
更に、時折、両親が昔を懐かしむように話す、「外」の出来事が、私の心を内側から急き立てるのだ。

ただ、それは、いつも枕元で話すおとぎ話の一つとして聞いていたけれど、大きくなった今になって分かったのは、それが両親が体験してきた事だということ。
そして、何故それを捨ててここで暮らしているのかと考えた時、両親は私のためにここにいる事を選んだのだ、という事に気がついた。


両親は、いつも楽しそうに外の話をしていた。

粉塵で汚染された外界を、粉塵が火花の様に光る空が、海が、夕暮れ時や明け方に一瞬見せる夕暮れが、暁が、とても綺麗だったと。
食べ物も、本当はいっぱい種類があるのだと。それは、とても高価なものだったけど、味は比べ物にならないほど多様だったと。
服も、いっぱいあった。灰色以外の色彩の服を、自由に着ても良いのだと。母は、夕暮れのような黄色と橙色が好きだったと。
グレムリンを駆る傭兵としての日々は――勿論、今でもそうだが――非常にスリリングであったと。


ずるい、と思った。


画一的でない食物、服装を知っている両親が。
自由に海を駆け、空を飛べた両親が。


両親が、肺にわずかに残っていた粉塵によって、若くしてこの世を去った時、周りの人たちは恐れた。
曰く、傭兵の末路であると。外にいたから早死したのだと。
まるで自分を縛るかのように、戒めるかのように呟いていた。

だけれど、私は何と羨ましいことかと、憧れに心を焦げ付かされていた。
もう、我慢することはできなかった。


身体を少し売った。当座の資金が必要だったから。
要求金額をふっかけた所、快い返事が帰ってきたから、本当は相場がもっと上だったのかも、と思ったが、十分だ。
どうせ、生きるのに半分以上あれば良い臓器だし、身体の丈夫さには自信があった。


傭兵となる道を選び、機体を選んだ。
空を飛びたかった。海を駆けたかった。
それに勝る欲求は、他に無かった。

だから私はこれに乗る。

シルフ・クレスト

空を駆ける翼。粉塵の雲を戴き、冠とする風の精霊。

願いはこうして叶い、そして今日も、私はシルフに乗って、空にいる。