ENo.0161　ジェリィ

最終決戦の空気に引かれ、
人が、グレムリンが、タワーに集結する。
延々と”運送業者”をやっていた私も、
さすがにこの決戦には参加せにゃならぬだろうと、
タワーへと歩を進めた。

到着したタワー下層部は閑散としていた。
いや、人自体はいるのだが、
常に最前線を張っているような、
しっかりと重武装されたグレムリンの姿を見かけない、と言うか――

操縦棺のコンソールを弄り、今一度、
メールボックスやメッセージのログを確認する。
向かうべきは、

『タワー中層区
【ヒヨコ立像領域】』

中層部だ。

今、私がいるのは、

『タワー港湾区
【カラビネル区画】』

低層部。



「……………………」



「馬鹿がよ」


最後の最後でやらかした。このマジモンの馬鹿たれが。
どうしたもんかな。


「おっ、そうだ、いいこと考えた」

タワーに背を向け、グレムリンの視線を海へ。
拡散火球砲を構え、


「しんがりは引き受けたぜ。
　この先で戦ってる勇士達の元には行かせねえ。
　私の役割は敵増援の遮断と退路の確保……
　私が踏ん張ってる間に、お前等、上手くやれよ……」



「よっしゃ、カッコついたな」


せやろか。


Boot OS……未来・傷跡・希望・祝福

トライデント船団――
いつか、どこかの世界に存在していたサルベージ船団だ。
3つの巨大船を横に繋げた三胴船。ゆえに1隻でトライデント”船団”。

その船が海底から引き上げた古代の培養装置から吐き出されたのが、私だ。
プリンターで言えば、印刷ジョブを入力したはいいが、その直後にPCや電源が破壊され、
電源を入れ直すと同時にメモリーに残っていたジョブが実行されたような状態。

そうして世に生を受けた”人型バイオ兵器”たる私は、
引き上げられた培養装置に無数のクラゲがべっとりひっついていたことから
「ジェリィ」などと名付けられ、トライデント船団で働いていた。
■■■■に乗るため設計されていた私にとって、
グレムリンという兵器はどうにもしっくりこないものだったが、
それでも操縦適性が無い乗員に比べればマシだったのだろう、
”悪くない”程度の腕前で重宝がられていた。
サルベージ員であり、戦闘員。用心棒としての役目だ。
時折襲撃してくるグレムリンや通常兵器と戦い、そして――


やがて、その時が来る。
私が起動して何十日後だったか、何年後だったか。
”敵”の攻撃は激しく、三胴のうち”右船”は激しく爆発炎上し、
吹き上がる黒煙が空を染めて昼夜すら分からなくなるほどの光景が眼前に広がる。

僚機のイーベンリートとデルトグロッソは退避した乗員の護衛をしていた。
私はというとトライデントの”主船”甲板で敵を迎え撃っている。
味方から通信が入る。無事か、と。
黒煙のせいで、艦橋から甲板の様子すらもロクに確認できないのだろう。
私の乗機は頭と右腕と両足と背面武装と機動補助以外は動く状態だったため、
無事だと答える。全然無事じゃねえよそれは早く退避しろと怒号が飛んだ。

知ったことか。ここで踏ん張らなければ何が兵器か。
サルベージ用クレーンの基部にワイヤーで機体を無理矢理固定し
――艦の傾斜が激しくなっていたため、そうしないと転げ落ちる――、
操縦棺のハッチを開けて肉眼で視認しながら
ほとんど銃座のように機体を使う。
小銃弾や機関砲の弾ぐらいなら操縦棺内に飛び込んできてもなんとか平気だろうが、
単装砲や速射砲の弾なら多分無事では済むまい。

通信機からは、トライデント船団の通信だけでなく、
混線して他所の船団からの通信も流れてきていた。
悲鳴、怒号、諦念、気合、根性、狂気。
時々吹きすさぶ強風で僅かに黒煙が晴れれば、
遠方にも煙が上がっているのが見える。

「トライデント」の船体が一際、大きく揺れた。
艦尾がめくれ上がるような爆発。
乗員の大半は脱出できたと通信で聞いてはいたが、
私自身は――

「駄目か」

傾斜、などと生易しい言葉ではない。
艦尾が沈み、甲板が「立つ」。
クレーンに固定している私の機体は宙吊りのような格好になったが、
ハッチを開いていたことが災いし、私自身は宙に投げ出されてしまった。
海面には油が浮き、その油が激しく炎上している。
文字通り、炎の海。
さしもの私もここまでだ。
でもまあ、仲間を逃して踏み留まるなんて、
割と兵器冥利に尽きる最期だったと思――



『……さぁ、時が廻るよ』






「20日目、日誌。
　なんか、”昔のこと”の夢を見た気がすっけど、
　内容は完璧に忘れた。愉快な内容じゃなかったよーな気はする。
　最近の最終決戦みたいな終末の雰囲気に当てられたか？
　なーんか、覚えがある気がするんだよな。こういう空気」



Boot OS……未来・傷跡・希望・祝福

Boot OS……未来・傷跡・希望・祝福

Boot OS……未来・傷跡・希望・祝福

未来傷跡希望祝福

Boot OS……未来・傷跡・希望・祝福

未来傷跡希望祝福

Boot OS……未来・傷跡・希望・祝福

乗換申請書を持って、工廠に向かう。
正確には、私のフレームに関しては
乗換と言うよりは「改装」であるので、作業する側にとっては余計大変だろう。
幾度か経験した手続きではあるものの、未だ慣れない。
出来上がった機体を見て「ワァオこれ頼んでたやつと違うぞ」みたいなことにならないか、
毎回不安になって夜しか眠れない。

世界は相変わらず不穏だ。
世界中に対して喧嘩を売ったジャンク財団。
コンテナ運送屋の私からしたらあまり関係の無い話だ。
誰か、私に対しての命令権がある”上位者”から
戦えと命令でもされない限りはのらりくらりと生きていくことにする。
どうせいつ停まるか分かんねえ身だし、
あんま必死になってもしゃーないべ。

……自分の正体が判明してから怠惰度は増した気がするな。
これが5月病か。


Boot OS……未来・傷跡・希望・祝福

私の記憶の奥底にある何かが叫ぶ。
「今週は　お休みだ」と。

だから日誌も休む。よし。


Boot　OS……未来傷跡希望祝福

さて、自分がバイオ兵器だと判明したわけだが、
それで意識に変化でも生じたのか、それとも今の機体にただ飽きたのか、
ふと機体の大改装を思いつくなどした。

バイオ兵器の武器と言えば、肉弾戦――格闘戦、
ということになっている。

だけどなんだか、私にとってはそれが妙にしっくり来ない。
バイオ兵器ってもっとなんか、不思議パワーで戦うもんじゃなかったか？

そんなわけで、高速射撃機体はバッサリ諦めた。
人の多いタワー地区まで来たわけだし、
ここで人を雇って大改修計画だ。
細身の軽量型にしか見えないフレームに重量級パーツを載せたいと言った時は
「正気かコイツ」という表情をされ――ることもなく、
割とあっさりと改修は終わった。
今更ながら、グレムリンの拡張性スゲェな。
ちょっと気になることもあったんで、
南西へのコンテナ配送は悪いが後回しにして、
先に青花工廠に寄り道して哨戒仕様のフレームにでも組み替えてもらうとしよう。

――この新仕様の機体で戦ってみて、
まず驚くほどしっくり来たのが希望の制御識だ。
意力撃滅、意力圧壊。
この見えざる不思議なパワーを、私は妙に「バイオ兵器っぽい」と感じるのだ。

グレムリンを降りて同じように「破ァー」してみたが、
やっぱりなんも出ない。
となるとこの不思議パワーの源はやっぱりグレムリン由来なんだろうが、
その中でもどのパーツから来たものなんだろうな？

――グレムリンのパーツの中で、一つだけ、
ずっと「なんでそんな名前やねん」と思い続けているものがある。
ミストエンジンだ。
他のパーツは由来や意味が割とはっきりしている中、
ミストエンジンだけが「何故、霧なのか」ということを
具体的に解説されていない気がする。
今や、おとぎ話に残るだけとなった「霧」の伝説。
だけど私は、海に朝靄が出ていたりすると、
その風景を妙に懐かしく感じるのだ。
不可視の不思議パワーと、霧。
なんか関係ある気がすんだよなー。



Boot OS……未来・傷跡・希望・祝福

ヒルコ・トリフネに到着すると、写しの巫女から菓子を食わないかと言われた。
ふむ、どうやらここの主もいい奴のようだ。
そのくらいでちょろい、などと言われそうだが、
このご時世に「表立って敵対してこない」というのはそれだけでプラスポイントだ。
そこに更に嗜好品までついてくるのだから、何をか言わんやってところである。

さて、そうして菓子――謎の甘い焼き菓子だ――をつまみつつ、
ここのハンガーを借りて、軽く補給作業を行う。
本格的な整備は【ベルーガ】か各勢力の工廠に戻ってからだが、
武器への装弾や損耗した装甲の交換ぐらいは出先で行っている。
そうして操縦棺内でコンソールやキーボードをぺちぺち叩いていると、メッセージを受信した。

「……お、バイオ研究所から？」

そういえば、最初に立ち寄った時、
研究所に私の血液の調査を依頼していたのを今まで忘れていた。
私が何者かを理解するためには多分、バイオ技術に詳しいあそこに依頼するのが
一番だろうと思ったのだ。

「でも正直、個人の依頼なんて聞いてくれると思ってなかったな。
　このご時世だし、絶対兵器研究にリソース全振りしてると思ったぞ」

正直ダメ元だったが、何かしらの結果が出たのであれば重畳。
まあ、デカい研究所だし、どこか暇な部門や研究室でもあったんだろう。
もしくは冷や飯を食わされてるチームか。
そこが引き受けてくれたに違いない。

『この度は、当研究所へのご依頼、ありがとうございます。
　結論から申し上げます。依頼者様はバイオ兵器の一種だと推測されます』


なかなか血と情の通っていない文章だ。
フツーの人間がこういうこと言われたら多分
「そんな……私は作られた存在だとでも……？」
とか哲学フェイズに入って悲しみに沈むぞ。

しかし私はと言うと、

「やはりか……」

顎の下で指を組み、「なんかの予想が正しかった黒幕」みたいなムーブをするなどした。
そう、むしろ納得がいったというものだ。
目が覚めてからというもの、
自分のことをただの人間だと思ったことは一度たりとも無い。
常に”何かしらの戦闘用コンポーネント”であると自覚していたし、
その自覚が正しいことの裏付けとなった。

メッセージを読み進める。


『古今東西、あらゆる兵器には進化の系譜というものがございます。
　刃物、銃、車両、船舶、航空機、グレムリン。
　どのような兵器であれ、黎明期や過渡期というものが存在し、
　その中で無駄なもの・意味の無いもの・効果の薄いものが削ぎ落とされ、
　現在の形に収斂したと言ってもよいでしょう。

　バイオ兵器とて例外ではありません。
　現在流通しているバイオ兵器に至るまでに、
　無数の試行錯誤と失敗がありました。

　あなたはそうした進化の系譜の中で主流にならなかった
　なんらかのプロジェクトの産物と推測されます。

　人間と同じ大きさの”対人用バイオ兵器”？
　何かしらの兵器の中央処理装置として開発された”生体ユニット”？
　あるいは、高い生命力と環境適応力を活かし、
　撃破されても即座に再出撃を行う”バイオパイロット”？
　はたまた、戦場の兵士達のストレスを緩和するための――

　目的は定かではありませんが、
　あなたは”人型”としてデザインされた
　イレギュラーなバイオ兵器であることに、
　ほぼ相違はございません。
　いただいた生体サンプルを解析した結果、
　非情に高い耐久力と再生力をお持ちであり、
　人間が生身で太刀打ちするには
　自動小銃をもってしても困難であると予測致しました』


――バイオ兵器であれば、人間なら即死するような
劣悪な環境下でも生きていられるのにも納得がいく。
粉塵に晒されただけで死ぬバイオ兵器など、使い物にならない。


『ただ、あなたの”形式”は、
　かなり古いもののように見受けられます。
　その正確な出自は、当研究所の技術力をもってしても
　そう簡単には解き明かすことはできないでしょう。
　数十年か数百年か。
　遥か昔に設計された兵器である可能性がございます。
　こうしたバイオ兵器は時折、
　海の底からサルベージされた古い培養装置から排出されることがあり、
　依頼者様もそのようにして稼働を開始したのではないか、と
　推測致します』


要は骨董品ってことだ。
記憶に障害があるのも、
グレムリンがしっくり来ないのもそのせいか？
人が乗る兵器なんざ、十年や二十年もあれば
アップデートされまくって”以前の知識”なんか通用しなくなるだろう。


『最後に、バイオ兵器はその特性上、
　寿命が短く設定されている場合もございます。
　依頼者様が稼働を開始してからどの程度の時間が経つかは存じませんが、
　いつ機能停止に見舞われるかは我々にも予測できません。

　そこでもし依頼者様の機能が停止した際には、
　その遺骸を我々に引き取らせてはいただけないでしょうか？
　研究し、必ずや人類の将来のためにお役に立てることをお約束します。
　無論、稼働している間の生体研究も歓迎しております。
　もしいずれかにご同意いただける場合、以下の該当する書類にサインを――』

「研究者マジで人の心ねえのな」

Boot OS……未来・傷跡・希望・祝福

なんかまたウエメセで「なんでも知ってる」感のある
わけのわからん勢力が出てきた。
航空機か。高射砲とか無かったっけ？


今回は特に変わったことは無し。
コンテナの配送業者を続ける。

Boot OS……連環・祝福・未来

悪鬼巡洋艦【ベルーガ】。
ジェリィが所属しているその艦のハンガーに、
ジェリィの乗機、イーベングロッソが佇んでいる。
搭乗者は別の場所にいるのだろう、機体には誰も乗っていない。
無人のハンガー、無人の機体。

……イーベングロッソは、複数のグレムリンを継ぎ接ぎにした、
不安定な機体だ。
だからたまに、致命的なものではないにしろ誤動作を起こす。
今もまた、誰もいない操縦棺の内部で――

『原罪、という言葉を知っているか』

操縦棺のディスプレイの一つに光が灯り、音声ログが再生される。
継ぎ接ぎの機体に組み込まれていた、出処も不明な幾つかのメモリーユニット。
その中には幾つもの「ゴミデータ」が蓄積されており、
そこそこ役に立つ情報から全く役に立たない情報、
更には読み込むことすらできない破損した情報も入っていた。

今再生されているのはおそらく、
誰かの通信を記録したものか、あるいは、
メモリーユニットの持ち主が音声記録として残したものか。
ともあれ、いつのものかは分からないが過去の情報だろう。知らない男性の声だ。

『原罪。幾つかの解釈がある言葉だが』
『太古の昔、信仰されていた宗教の考え方だとされている』
『曰く、ヒトは生まれながらにして罪を背負っているものだという』

『我々が背負った罪。それは――』
『間違った世界に生まれ落ちたこと』

『あるいは、間違った歴史の流れの中に生まれ落ちたこと』

『ゆえに、”なかったこと”にされようとしている』

『その原罪ゆえに。”ここ”に生まれついたことそのものが間違いであると』
『しかし――』

『その罪は、我々の代だけで、終わるものなのか』

『終わるまい』
『神や管理者を気取った者が、世界の上にある限り』
『奴らは、決して赦しはすまい』

『であれば、どうするか』
『これを罪と定めた者、断罪者の側を殺せばいいだけだ』
『親を選べないように、生まれる世界など選べようはずもない』
『だが、生まれた。生まれてしまった』
『たったそれだけの理由で、お前は間違っている、と？』
『この先も。消え続けろ、と？』

『……許容できるものか』
『少なくとも俺個人は、そう判断した』



音声の再生が終わり、操縦棺の内部が静寂に満たされる。


Boot OS……連環祝福

妙な夢を見た。世界は終わるだのなんだの。
”滅びる”じゃなくて”終わる”ってあたりがミソか。
世界なんざ、観測主体次第でいくらでも終わる。
例えば私が死ねば、私にとってのこの世界は終わる。
我思う、故に我あり。私が観測しているからこの世界は存在している。
世界を終わらせたければ、自分を終わらせればそれで済む。
だから、夢の中で賢しげに「私は世界のこと全部分かってるんですよ～」
みたいな軽い態度でいる奴には適当に中指を立てておいた。
勝手にテメーを終わらせてればいい。
なんか世界終わる系の奴って類型みたいなのあるよな。
軽い奴と重い奴と淡々としてる奴の3つ。
私は淡々と事実だけ告げてくる奴が一番好きで、
軽いやつが一番嫌いであることをここに明記しておく。

それより目下の問題だ。
コンテナを届けた、と思ったそばからまたひとつ増えた。
都合、私の手元にはほぼ常にコンテナが2つあることになる。
はて、ヴォイドテイマーとは配送業者のことだっただろうか。
世間では巨大融合兵器だのなんだのと騒ぎになっているが、
私にはほとんど関係無いことだ。
世界の危機とかそういうのは眼中に無く、
ただ輸送任務だけをだらだらとこなしている。

……。
最近思ったのだが、私には基本的に「やる気」というものが無い。
正確に言えば、主体性というものだろうか。
「自分からどうこうしよう」という気持ちに欠けているきらいがある。
依頼を受ければ無茶じゃないものは引き受けるし、
要請があれば可能な範囲で応じる。
だが、それらはどうも動機としては「弱い」。

私を全力で、本気で動かせるものは何か。
多分だけど、誰かからの「命令」だと思う。
あれをやれこれをやれと、強い言葉と態度で命令されることを
内心では望んでいるように思う。
なんとも倒錯した思考にも思えるが、
おそらくきっと、私の”出自”に関連しているんじゃなかろうか。
人間は本能的に自由とかを求める生き物らしい。
それに対して、私は本能的に束縛や――あるいは、
無責任を求めているのだろう。

私は何らかの戦闘用コンポーネントのはずだ。
言ってみれば、銃やグレムリンと同じ。
それらは自発的に撃つ相手を選ばないし、選んではいけない。
「あの人悪い人っぽいから勝手に撃ちまーす」とか
「あの人根は良い人っぽいからまず様子見ましょうよ」とか、
そんなことを言って所有者の操作を拒む兵器は、
あっちゃいかんとまでは言わないけどあってほしくない。
兵器は使用者からの操作や命令があって、はじめて動く。

では私はどうか。使用者も所有者もいない、宙ぶらりんの兵器。
”あるべき者から、命令が無い”というこの無気力感と、
果たしてどれだけ付き合うことになるのやら。


Boot OS……連環祝福

健康温泉。
温泉だ。
このマッポーの世において、こんな文化的で文明的な施設が
まだ残っていたなんて。
下手をすればこの世界で最高の娯楽施設なのでは？？？


「あぁ～～～……ぎんもぢえぇ……」

おっさんくさい声も出ようってもんだ。
こうして温泉に浸かっていると、
なんかもうほとんどあらゆることがどうでもよくなってくる。
世界の命運とかなんかそういう難しいことなんて、
他の誰かに任せときゃいいんだ。
ランキング見たって、私より強いテイマーは星の数ほどいる。
そういう人達に面倒事を押し付けて、私はもうここに住みてえ。


「あ”～～～～……」

出たくねえ。
人間ってこうやって堕落するんだな。
私は人間じゃないけど。

Boot OS……連環祝福

青花工廠[アネモネ]は、ただ通り過ぎるだけの予定だった。
だったのだが、せっかくの工廠ってことで、
少し整備設備を借りることにした。
ベルーガには悪いが、やっぱ本格的な工廠のハンガーはひと味もふた味も違う。
クレーン一つ取っても動きと可動域と馬力が段違いだ。
購入できるネジやボルトの類も質が良い。
使い回しの中古品じゃなく出来たてホヤホヤの新品を買えるのだ。すげえ。


「せっかくだ。ちとオーバーホールしてくか」

そうして機体から装甲を外していると、お声がかかったわけだ。

「おや……あなたは、テイマーのジェリィさんでは？」
「そだけど。あんたは誰？」
「ああ、これは失礼を。私は青花師団に所属する
　しがないメカニックの一人です。
　……最近、グレムリンテイマーの中に、少年兵の中でも
　ダントツに”小さい”人がいると聞いて、それでよく記憶していて……
　そんな折、本人を見かけてしまったので思わず声を……」
「なるほど。事案か」
「事案ではないです」
「んで？　話しかけて、その次は？
　やっぱ事案的なことを？」
「事案的なことではないです。
　いえ、見たところ、その機体のフレームは……
　錆びてて整備不良だなぁ、と思いまして……」
「錆びてて整備不良だなぁ」

なんとなくオウム返し的な会話だった。

「つっても、並の整備機械じゃ歯が立たん。
　なんせフレームだからな。
　もしかして、なんとかしてくれたり？」
「――ライフスチールをいただければ、あるいは」

ライフスチール。なんかよく知らんが貴重品だ。
貴重品だが、ちょうど手元に一つ所有していた。
敵にグレムリンが登場するようになって、
このままじゃあチョイと厳しいかもしれない、
などと思っていたところだ。
提案的には渡りに船ではある。

「そか。そんじゃ渡すからよきにはからえ」
「……随分とあっさりお決めになりますね。
　いいんですか、我々の手に任せて？」
「今は射撃武器使ってっから、
　それに合う感じに仕上げてくれりゃあ文句無いよ」
「――そうですか。では、そのように」
「どうせこいつがグレムリンである限り、どう弄られてもしっくり来ないし。
　■イ■■でも用意してくれんなら別だけどさ」
「今、なんと？」
「え？　今なんつった私？」
「いえ、それを聞いているんですが」
「よく分からん。
　自分でも何言ってんのか、何思ってんのか、
　よくわかんねーことがたまにあるんだ。気にすんな」
「医者でも紹介しましょうか？　脳の」
「純粋に心配してくれてるんだろうけどなんかすげえ腹立つ言い方だなそれ」

かくして、「乗り換え」ではなく、
「改装」というカタチで私のグレムリンは生まれ変わった。
とは言え、見た目はほぼ変わっていない。
ショックアブソーバーやスタビライザー、センサー類を
より射撃に向いた仕様に調整してもらったのだ。
私の体格に合うシートと操縦系統も特注で取り付け、
新生イーベングロッソ、あるいはMk-2とか改とか出発だ。


「でも相変わらず純正パーツじゃねェって警告は
　メタメタに出やがるのな。
　お前、ホント元は何フレームだったんだよ」

警告を黙らせた。


Boot OS……連環祝福

「おーおーおー、蜂の巣をつついたような騒ぎになってら」

グレイヴネットに接続すると、一つの話題でもちきりになっていた。
曰く、死人が出た。
しかも、それが敵対して襲ってきた。


「霧の中ではよくあることじゃん。残像だろアレ。
　なんで今更騒いでんの、この人達？」

”今の世”では珍しいことなんだろうか？
いやそういえば、見かけない気がするなぁ、霧。
なんで自分は霧が立ち込めてる世界を
デフォだと思っているんだろう？


「チックショー記憶が半端に残ってるってうぜえな～～。
　いっそ全部忘れちまってろってんだ。
　まーでも今一番ウザいのは」

イーベングロッソの脚が、
地面に転がったグレムリンの腕部を踏み潰す。
「コンテナをよこせ」などと言って襲ってきた
クソ野良グレムリンのものだ。
当のグレムリンは充填重粒子の直撃を受けて四散した。


「これな。
　野良だと思うけど雇われかもしんねーな。
　ナルホド、お行儀よく到着を待つのかと思いきや
　こういう形で妨害も入るか」


「ちょいと気ィ引き締めてかからねェとな～。
　っておいこら、ふざけんな追いコンテナ」

2つ目のコンテナは、1つ目とは真逆の方向に届けろと
連絡があった。
いや、間に合うかこれ……？
届ける前に人類勝利しちまうんじゃねーの？




「……お、そうだ。
　このクソ野良グレムリンの残骸、
　ベルーガに売りつけたろ。
　グレムリンならいいカネになんじゃねーの」

Boot OS……連環・祝福

「コンテナ……実在していたのか。
　てっきり都市伝説かと思ってたぜい」

目の前に投下されてきたコンテナ。
明確に私宛の荷物だと決まったわけではないが、
逆に言えば誰のものでもないのなら貰ってしまっても良いだろう。
ポストアポカリプスの世界とはそういうものだ。
所有権を主張していないほうが悪い。

が、それでも欲しがる奴というのはいるようだ。
私に対してコンテナが投下されたところを見たのだろうか、
辺境海域【北東柱】まで運んでほしいと通信が入る。

まあよかろう。強奪とかに来ないってんなら運んでやってもいい。
って言うかこういう世界観で強奪に来ないとか、
結構お行儀の良い組織が多いのか？


「まー、そういうことしたら
　一瞬で情報拡散されて炎上しそうだもんな。
　情報こわ、戸締まりしとこ」

とは言え、コンテナは大きい。
グレムリンの背面に直接装着するとか、
そういう嵐の中で輝けそうな輸送はできそうにない。

仕方なく橇に乗せ、引きずって運ぶことにする。


「どっかで輸送船の運ちゃん雇うか～～～？？？」

それもいいかもしれない。
とりあえず、進路を西に取っていたのを変更し、
北部経由で東に向かうことにした。


「……おっと。レーダーに反応。次の敵か。
　また大群で――いや、違うな」


「グレムリンか」

初めての対グレムリンの実戦だ。
ちょいとばかし気を引き締めてかかろう。


Boot　OS……連環・祝福

連装粒子剣が敵の装甲を穿ち、切り裂く。
剣の軌跡がミミズ腫れのように赤くなる。溶断。
もし敵機の足元に歩兵がいれば、溶けた金属の飛沫を浴びて
それが貫通して死んでいただろう。

速射砲の砲口が白い煙を上げ、弾頭が敵めがけて飛翔する。
射撃1～2サイクルではほぼ倒し切れない。逆に言えば3サイクル叩き込めば大体確実。

もし倒せなくても、思念制御識による
「連鎖崩壊」の追撃で敵の機体がぐずぐずに崩れ落ちてゆく。
なんか霊障攻撃みたいだなコレ。面白い。

――敵は脆い。だがまあおそらく、こっちも似たようなものなのだろう。
火力を集中させられればきっと、あっさり落ちる。
■■■■■システムが欲しい。
防衛設備ニキ、ヘイトを引き受けてくれてありがとう。


「同型機が相手になった時が真価の発揮し時だって
　それ一番言われてっからな～～」

しかし同型機が現れないために無双状態。
現状、グレムリンの性能は大したものだ。
さほど何も考えず暴れ回っていても、まあそう負けないような感覚だ。
しかしそれでも、何か物足りない。何か足りない気がする。
私が本来乗るべきだった……ようなものは、やっぱりこれとは違うという確信ばかりが強くなる。


「はい、というわけでね、遺産知識。
　ここに来れば過去の情報が得られるかもしれないと聞いて
　コロッセオ・レガシィは大温室にやって参りました。
　嘘です適当に進んだら偶然なんかいい感じの場所でした。
　どこに何があるかの世界情勢なんて知らね～～～～。

　はい、でね、結論から言おう。今んところは空振り」

一応、グレムリンの電子頭脳に
ありったけのデータはダウンロードしておいた。
すると、よくあるやつだ。
”それが必要になった時に、真の情報が開示されるだろう”みたいな。


「ただまあ、気になることは聞いた。
　”バイオ兵器みたいな色してんなお前”って言われた。
　はい、と言うわけでね、次の目標は西ー。
　バイオ研究所ー」

まあ、部外者を入れてもらえるとも思えないが。
元々当ての無い旅だ。
当てができるまでは適当にぶらつくのだ。


Boot OS……連環・祝福

状況終了。
グレムリンのセンサー、およびレーダーに反応が無くなり、
戦場がクリアであると機体が告げる。

私に求ム救援の通信を入れてきた者達も、
防衛設備を操作していた者達も、歓声を上げていた。勝利だ。


「けど機体の状況……真っ赤！！！！！！！」

機体のステータスを確認すると、
ほとんどもれなくあらゆる箇所が真っ赤になっていた。
あれー？　こんなに被弾したかァ～？

とりあえず動きはするので、グレムリンを再び廃工場に向かわせる。
ホコリこそ被っていたが、整備用の設備があったからだ。
そこに機体を立たせ、再チェック。
戦闘中は使わないキーボードの類を展開し、指を走らせる。



!!!ERROR!!!
!!!Illegality Unit attached!!!



「不正なユニットが接続されています……。
　……。
　あ、装甲と装備全部かコレ。
　フレームと電脳以外に純正品無いんかい。ウケる」

おそらくは、戦場で撃破されたグレムリンを回収し、
修復したものなのだろう。道理で装甲だけやけにローテクだと思った。
元々の純正の装甲はすべて吹き飛び、武器はロストし、
動力炉は撃ち抜かれでもしていたのだろう。
下手したらフレームの時点でニコイチサンコイチされていてもおかしくない。
とんだポンコツ野郎だぜ。

――と、そこまでチェックを済ませたところで、
数人の男が廃工場になだれこんでくるのが見えた。


男達は、私に出撃の要請をし、そのへんで応戦していた者らしかった。

「あなたのおかげでほとんど被害を出すことなく
　未確認機に対応できました！」

と感謝を述べられたので、



「オウ、そんじゃちょっくら誠意も見せてくれや。
　世界情勢教えて。そんで機体の整備も手伝って」



――結論から言うと、彼らはこの要求にすんなり応えてくれた。
ヴォイドテイマーとしては、報酬や見返りを求めてきたほうが
健全で「わかりやすい」とのことである。

彼らは懇切丁寧にこの虚空領域の情報を教えてくれたし、
ファブリケーターも貸してくれた。
パーツの設計データをダウンロードして、このファブリケーターで
3Dプリンタのように出力できるらしい。
フラグメンツという素材が必要なようだが、



「なんか……昔と比べて便利になったな」

おぼろげな記憶だが、なんとなくそう思った。

パーツの出力から機体への組み込みまで、
全てこの男達がしてくれた。
幸い廃工場の設備はまだきちんと動作したので、
時間こそかかるがそこまで大変な作業でもないという。
さて、そのかかった時間の間に、世界情勢を聞いたわけだけど。



「なんか……昔と比べて状況悪くなったな」

おぼろげな記憶だが、なんとなくそう思った。
昔のことなんてほとんど覚えてないし、
今のことだってほとんど初耳の情報ばかりだったのだけど、はて。


話を聞き終わる頃には、機体の換装は済んでいた。
表向き見た感じ、そこそこピカピカ。
最初のクソサビたポンコツジャンクという印象は無くなった。
装甲の形状だけは相変わらず量産機みたいな安っぽさだが、
メンテナンスが簡便で済むのは私にとっても願ったり叶ったりだ。

機体は相変わらず「純正パーツではありません」
とエラーを垂れ流していたが、これにオーバーライドをかけて黙らせる。
機体状況の表示が緑に戻り、以降はこの状態が基準になるはずだ。

「すみません、フレームの錆だけはどうにもなりませんでした。
　何せ、錆だけでも並の工具よりよっぽど強度が上で……」

とは手伝ってくれたうちの一人の言。



「あー、気にするこたないよ。
　■■■■もそうだったし」


男が「？」という表情を浮かべるが、ひとまず放置。
私も自分で何を言ったのかよくわからん。

その後は、橇型の物資輸送パレットと
いくらかの物資を譲り受けた。
さて、これからどうしたもんか。
特に目的も当ても無いが、それならば自分の目で
世界を見て回ってみようかな？
そのうちなんか目的も見つかるだろう。

廃工場の床に、そのへんに転がっていた鉄筋を立てた。
からーん、と音を立てて鉄筋が倒れた方向は、北。



「っしゃ。北へゆこう」


グレムリン、イーベングロッソを起動させる。
物資が満載された橇を引きながら、私は北へ向かった。

――そこですぐさま、敵性機の大群に捕捉されてしまうのだが――。

Boot OS……祝福・連環