ENo.0100　ミト・クローダインス

ミトがハッと目を覚ますと、見慣れた天井が視界に広がっていた。
横を見ると椅子に座るリコンキトゥンの等身大ぬいぐるみと目が合う。
どうやら自分のベッドに寝ているようだった。
個室には窓がなく、今が果たして朝なのか夜なのかも分からない。

枕の横に置いてあるラジオが淡々とニュースを流している。

本日のニュースです
ジャンク財団の新型について続報です
新型ジャンクには進化機能が備わっているとされています
一部の傭兵グレムリンしか必殺、覚醒を行うことは不可能でした
敵は同じような必殺、進化を行うきわめて珍しいグレムリンです
我々の未来は、動き出したばかりです
戦いましょう、生き残りをかけて……

本日のニュースです
グレイヴネット上でゲームの祭典が行われ
様々なゲームのチャンピオンが決まりました
毎年恒例行事を何とか行えたことに、関係者は胸を撫でおろしています
戦う人々に祝福を……我々は、生き続けるのです

本日のニュースです
バイオ研究所は新しき理論を提唱し
バイオ兵器と人間の融合が可能である論文を発表しました
ヴォイド・エレベータから得た知識をもとに
バイオ臓器移植技術を発展させ、バイオ生命体へと融合するということです
希望がある限り……私たちは、生き残れるのです

なんだか悪い夢を見ていた気がする……とても恐ろしくて、身の毛のよだつような…悪い夢を…。
起き上がろうとしてようやく気が付いた、自分がバニーガールの衣装を着ていることを。

（あれは……夢じゃなかったんだ…！）

その時人の足音が近づいてくるのが聞こえ、ミトはシーツを頭から被った。

（怖い……！ヒルコ様…ニワトリ様……！！）

翡翠経典の神様の名前を繰り返しながら丸まって震えていると、

「ああ、起きたんだ。ミト」

僚機の、マオの声。
シーツの隙間から恐る恐る覗くと、マオがこちらを見下ろしていた。
心底ホッとして、ミトはシーツをはねのけてマオに思わず抱きつく。

「マ、マオ！私…！」

マオはびっくりして「やめろって、重い！」など言いながら、ミトに笑いかける。

「ミト、あんたさ……」

ミトも笑い返す。

「はい」



「その無駄に重いせいでどんだけ私が苦労したと思ってんだ！！　せめて歩いてくれりゃいいのに気絶なんかしやがって！！　
ガキおぶってるんじゃねーんだぞ！？　あのクッッッッッッッソ長い階段をえっちらおっちら自分よりデカくて重いヤツを背負って運ぶ人間の気にもなってみろってんだ！！」

「ええっ？！運んだって、私をですか？？」

「しっかもあんな怪しげなメールを考えもなく相談もせずにノコノコ行きやがってこの単細胞！！　ガキだってもうちょっと怪しむだろーがバーカ！！！　私が散々注意しろとかもうちょっと考えろとか少しは怪しめって言っておいてその結果がウサギさんごっことは笑わせんね！　このバカ、バーカ！　バーカ！！！！」

「あ、うう……ご、ごめんなさい。アマナのことを考えていたら……居ても立っても居られなくて……」

がっくりと肩を落とすミトを見て、マオはため息をつく。

「……これでいくら底なしのバカでもさすがに理解できただろ？あんたには向いてないよ。ジャンク狩りなんてのはね。
わかったら、さっさと諦めて実家に尻尾を巻いて……」

「諦めません」

「はあ？！」


「……私、絶対に諦めません。ジャンクテイマーに捕まって……余計に決意が固まりました。
アマナをあんな人達に預けてなんておけないって」

「はぁ～～～～？！バカじゃねーの、がたがたびびりながらかっこつけてんじゃねーよ」

ミトは震える手でシーツをぎゅっとつかみ、

「怖いです……怖くてたまらないです。でもそれ以上に、悔しかったし……情けなかったです。
今逃げ出したら、ずっとこの先も怯えたまま、後悔したままになってしまうと思うんです」

「あっきれた……バカも度が過ぎるとちょっと笑えてくるね」

「私ひとりだったら、逃げていたかもしれません……でもマオがいるから……私、まだ戦えます。
もう二度と勝手なことはしません。だから…」

「全然わかってねーな、ひとりだったら逃げ出せてないっての！このバカ！間抜け！分からず屋！

……まったく、つきあってらんないよ。次ヘマしたら絶対放っておくからな！バーカ！バーカ！」

吐き捨てて部屋から出ていこうとするマオをミトが呼び止める、

「マオ！」


「マオが助けてくれたんですね……ありがとう」

けっ、と悪態をついてマオは去って行った。



ミトはリコンキトゥンのぬいぐるみを抱えて、ぼふんっとベッドに倒れこむ。

反省しなければいけない。
ここのところ戦闘がうまく行きすぎていて、正直ジャンクテイマーを甘くみていたのだと思う。
ミトが彼らと戦えるのはグレムリンがあるからで、生身で相対したら力でも狡猾さでもとてもかなわない相手なのだ。

そして、例え妹のことがなかったとしても、ジャンクテイマーは倒さなければならない相手だということも痛感した。

さらわれて奴隷として売られる子どものおびえた姿や、
捕まったミトを値踏みするジャンクテイマーの下卑た笑いや目つきを思い出して、ゾクリと背筋に悪寒が走る。
リコンキトゥンのぬいぐるみをより強く抱きしめた。

（あんな恐ろしい人達だったなんて……。
でも、マオは同じジャンクテイマーでもやっぱりあの人達とは全然違うわ……。口はものすごく悪いけど……やさしいし……
起きたらもっとちゃんとお礼を……しなきゃ……）

ミトは再び深い眠りに落ちていった……

……
…

本日のニュースです
ジャンク財団の攻勢は日々激しさを増しています
彼らはコンテナを抱える傭兵や集落に執拗な攻撃を行います
多くの街が焼かれ、物資が奪われています
戦火の傷跡は大きく、我々はいま試されています

本日のニュースです
巨人の島にて、巨大ひよこレースが始まりました
巨人の島名物巨大ひよこを使ったレースです
優勝した巨大ひよこは、お腹いっぱいおやつを食べられます！！
戦火の世にも、人々の連環を。我々はまだ、戦えます

「次のニュースです。○○区の非合法カジノと思われる建物で起きた火災による死者は既に30名を超え、
その中には人身売買の被害者とみられる子どもも含まれており現在身元の確認を……」

「おら、行くんだよっ」

ジャンクテイマーの男に背中を押されて、ミトは暗がりからステージの中央によろめきながら出ていく。
両手を後ろ手に拘束されているのでバランスが取れず、危うく転ぶところだったがなんとかこらえた。
スポットライトが眩しくて顔を伏せていると、さっきの男に髪をつかまれ、無理やり前を向けさせられた。

「ッ…！」

「お客様方にちゃんと挨拶しないとダメじゃねえか」

光に目が少しづつ慣れてくると、暗闇の中に真っ白な顔が何十と浮かんでいて、その全てがミトに熱っぽい視線を向けていた。
その異様な光景にミトは背筋がゾっとする。

「本日のサプライズ商品です！こちらは我々が先ほど捕まえたばかりの新鮮なジャンク狩りのネズミ……もとい、ウサギです」

「ジャンク狩りのウサギと言えば、ピンとくる方もおられるでしょう……そう、なんとあのウサザキを捕まえることに成功しました！」

おおお、と歓声が挙がる。

「んんっ！」

猿ぐつわで声が出せないため、ミトは首をブンブン振って否定するも気に留めるものは誰もいない。

「このウサザキには本当は何度も煮え湯を飲まされてきた恨みを晴らしたかったのですが……
特別に皆様にご提供するため、一切手をつけてません。品質は保証しますよ！」

会場は異様な熱気に包まれた。
白い顔同士が顔を近づけて何か熱心に話していたり、ミトを指さしたり、値踏みするような視線を送ったりしている。

そう、ここは奴隷オークションの会場で、白い顔は個人の特定を避けるために仮面を身につけた客たちなのだった。


ミトは……今まさに商品として売られようとしていた。


***

妹の手がかりをつかむための潜入調査は、当初はミトの考えていた通りにうまく進んだ。
事前に下調べしておいた、当日出勤するカジノのバニーガールに大金を渡して代わりに潜り込み、あやしい動きがないかをチェックする。
そのうちに黒服がカジノの客何人かに声をかけて裏手に案内しているのを見つけ、こっそり後をつけてゆき、このオークション会場に通じるエレベータにたどり着いたのだ。

実にうまく行った。「うまく行きすぎ」ていた。

エレベーターを出た瞬間に、待ち構えていたジャンクテイマーに電磁ロッドのようなもので気絶させられ、目が覚めたら拘束されていた。


「バニースーツのジャンク狩り……こいつウサザキか？！」

「そんな大物が釣れるわけないだろ。こいつは一度放流して、もっと大物を釣るための餌……のつもりだったんだが」

「へへへ、高く売れそうじゃねえか」

「ああ、ウサザキとして変態共に売ったほうが面白そうだ。資金も必要だしな」

運ばれている最中にぼんやり聞こえてきたジャンクテイマー達の会話からすると、最初から泳がされていたのだ。
そもそも最初のメールがミトを誘い出す為の罠だったのだろう。

（なんてバカなんだ、私は）

（ハァ～……だーから言っただろ、このド素人！バーカ！）

想像の中のマオがミトを罵倒する。
何も言い返す言葉がない。

（……でも、気付かないでジャンクテイマーに尾けられて、マオやウサザキさんを危険に晒すことにならなくてよかったわ……）



***

「では、100から開始します！」

司会がそう宣言すると、「110！」「125！」等と仮面の客たちがミトに勝手に値段をつけてゆく。

「よかったな、この分だといい値で売れそうだ。かわいがってもらえよ」

ジャンクテイマーがニヤニヤしながら耳元でささやく。

屈辱、あるいは絶望の為か、ミトの目から大粒の涙がこぼれ落ちた。

本日のニュースです
犠牲は大きく、多くの都市や船が焼かれました
その損害は計り知れません
復興には100年とも1000年とも言われています
戦火の傷跡は大きく、我々はいま試されています

本日のニュースです
ジャンク財団について続報です
財団は各25領域全てに影響力を持っています
それゆえに、拠点の場所を割り出すことが難しいのです
我々の未来は、動き出したばかりです
戦いましょう、生き残りをかけて……

本日のニュースです
バイオ研究所の協力で、失われた人命の補填が計画されています
高知性バイオ兵器による労働力の強化です
バイオ・ワーカーはこれからの新しい常識になるかもしれません
希望がある限り……私たちは、生き残れるのです

コンテナを狙ってきたジャンクテイマーと数度の交戦を経ても、さらわれたアマナの行方は杳として知れなかった。
焦る気持ちをなんとか抑えて地道に戦いを続けていられるのは、ミトには妹が生きている確信があるからだ。

+連環+の制御識により、双子がお互いの存在を認識するように、目をつぶってもまぶたの裏で光を感じるように、ミトにはアマナの存在が「わかる」。
これはミトよりも妹の力によるところが大きい。
彼女は足が悪くて自分で動けないからか、その分強い制御識を有していて、それはにわとり様のお祭りで代理の巫女として名前があがるほどだった。
このリンクは一方通行なのだ。アマナの発する振動を、ミトが受け取る形の。

方位や距離まではわからない。
けれど、アマナは確かに生きている。生きていれば、助け出す望みはあるのだ。


そう思っていた。それだけを考えていた。
彼女が今どんな境遇にあるのかはあえて考えないようにしていた。

それなのに、この前喧嘩して言い合いになった時のマオの台詞がずっと頭から振り払えない。

「妹さんが連れ去られた？　あらまあ、それはお気の毒様。アンタの妹は知らないけど、似たようなヤツなら『ベッドルーム』で何人か見たよ～。
やりたい放題やっておいて『ゴミ』になったら棄てるのはあたしの役目でさー。ヤになっちゃうよ、まったくさ」

世間知らずのお嬢様とマオに揶揄されるミトにも、それの意味することはさすがに想像できる。
私を怒らせるための、ただの挑発だったかもしれない。それにアマナはまだ10代前半で幼いのだから、そういうことは関係ないハズ……

そうやって自分に何度も言い聞かせるが、悪い想像をするのが止められない。
悪夢を見て汗だくで目覚める夜が日に日に増えている。

マオに詳しく真偽を問いただす勇気もなく、夜遅くまでグレイブネットで色々調べたりしていくうちに、ミトは気付かないうちに自分の信じたいものを信じるようになっていた。
ジャンクテイマーに捕まった女の子は、奴隷オークションに出品するためにそれまでは丁寧に扱われるとか、そういうものだ。

そう、だからそういう人身売買のルートをたどっていけば、手がかかりが見つかるハズ……。
その発想自体はそれほど突飛なものではないだろう。
問題は、そんなルートがひよっこに毛が生えた程度のジャンク狩りであるミトには調べようがないことだ。


なにも進展がないまま、まんじりともせず日々を過ごすしかなかった。
そんな折、ミトの端末に一通のメールが届いた。

送信元は不明だが、開いてみてミトは目を見張る。

『近々、違法カジノの地下で大規模な【オークション】が開催される』という内容だったからだ。

何故こんなものが自分に送られてきたのかも考えてみたが、
一度ジャンクテイマーから直接通信を受けたことがあったので、その時登録されていた連絡先に間違って送られてきたのだろうとミトは結論づけた。


こんなチャンスは二度とないかもしれない。
もしかしたら、そのオークションにアマナが出品される可能性だってある。
ミトはその違法カジノに潜入する決意を固めた。


――今思えば、この時、ウサザキさんかマオか、誰かに相談しておくべきだったのだ。

本日のニュースです
巨大未識別融合グレムリンの迎撃が完了しました
三大勢力は大きく兵力を失い、再編は容易ではないでしょう
弔いの鐘が各地で響いています
戦火の傷跡は大きく、我々はいま試されています

本日のニュースです
強化研究所による未識別融合体の解析が本格化しています
これによって、グレムリンのさらなる強化が見込めるとのことです
索敵による機体の練度強化などが示唆されています
希望がある限り……私たちは、生き残れるのです

傷跡希望+連環+未来

元ジャンクテイマーだということを隠していたマオとの僚機契約は即解消……
ということにはならず、お互いの目的を果たす為に共闘を続けていた。

マオが戦闘前に敵ジャンクテイマーに送ったミトの機体データなどはでたらめであり、
ジャンクテイマーを油断させてミトが戦いやすいような作戦になっていたことは通信記録を見てすぐ分かったし、
にも関わらず攻撃をミスしたミトを助けてくれたことから、マオが元から裏切るつもりはなかったのは明白だった。

それに小さくて華奢なマオと血も涙もない凶悪なジャンクテイマーのイメージが、ミトにはどうしても一致しなかったのだ。
マオがまだ自分の身の上を偽っていた頃、おやつや豆の缶詰などをおすそ分けした時などに目を丸くして本当に喜んでいたのをミトは思い出す。
なんとなく、もうひとり妹ができたような気分にもなっていた。
（年齢は聞いたことがないので、もしかしたらマオの方が自分より年上だったりするかもしれないが）


けれど、元ジャンクテイマーだったことは本人も認めた事実だ。
ミトはそれを知った直後、感情がなかなか整理できずに「あなたなんて大嫌い」と言ってしまった。
あれから、マオとはかなり険悪なムードになっていて、必要なことはなるべくメールで連絡して顔を合わせないようにしていた。
顔を合わせればすぐ言い合いになってしまうからだ。

（……マオがすぐつっかかってくるからいけないのよ）

猫を被ることをやめたマオはびっくりするくらい口が悪く、そして、ミトの口調や仕草など「真面目」なのがなにもかも全部気にくわないと思ってるような感じだった。
いつだったかあまりに「むかつく」と連呼するので、皮肉のつもりで胃薬を渡したら腹を抱えて笑っていた。
ミトのことだから大真面目にマオの胃の心配をしている……そんな風に思われている気がする。

（はぁ……私、あの子とうまくやっていけるのかな……）

テーブルに突っ伏して、ミトは大きくため息をつくのだった。



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それからしばらく経ったある日――

ミトはひとりで街を歩いていて、なんだかやけに建物がライトアップされていたり、ニワトリさまのぬいぐるみがぶら下がっているのに気づいた。
そのあたりは商業施設が集中している区画で、耳を澄ませばどの店頭も楽し気な音楽を流している。

（そうか、もうすぐクリスマスなんだっけ……）

近々大規模な作戦が控えているので、資金などの援助要請に定時報告も兼ねて実家に寄った、その帰りだった。

クリスマスの楽しい雰囲気は、父に良い報告もできず、僚機ともぎくしゃくしてしまい落ち込んでるミトの心を、少しだけ明るくしてくれるような気がした。
去年は妹とプレゼントを交換したりしたっけ。

妹のことを考えるのは身を裂かれるような痛みを伴うが、それでも楽しかった記憶はそのまま残っている。
ふたりとも手袋を物々交換した感じになってしまって笑いあったのが、もう何年も前のことのようだ……。

（手袋と言えば……そういえばマオはいつも素手で、寒そうに手に息を吐きかけていたわね……）

ミトは、首をすくめて寒さにひどい悪態をつくマオの背中を思い出した。

（……そうだわ…！）



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クリスマス当日。

ミトが探していると、マオはミーティング室のテーブルに足を乗せてテレビを見ていた。

「おはよう、マオ。それ、行儀が悪いですよ」

マオはこっちをチラとも見ず、鼻を「ふん」と鳴らす。

本日のニュースです
小群島では白い鳥の群れが見つかったと話題になっています
鳥類は粉塵によってほぼ絶滅しましたが、
一部の種は生きながらえ、粉塵に適応しました
戦火の世にも、人々の連環を。我々はまだ、戦えます

本日のニュースです
昨日、巨人の島でラジオの収録が行われました
巨大粉塵獣を追う企画で、何かの死体を見つけたようです
持ち帰るには大きすぎ、探検隊は粉塵獣の卵を手にタワーへ帰還しました
戦う人々に祝福を……我々は、生き続けるのです

テレビがニュースを流している。
ミトがぼんやりそれを見ながら突っ立っていると、「なに？」とマオがやってきてミトを見上げる。
気まずい空気。
はやく用事を済ませてしまおう。

「あの、ええと、マオ、知っていました？今日はクリスマスなんですよ」

「あ～～～。そっか～～～、ミトちゃんはいいとこのお嬢ちゃまだからね～～～。
プレゼントとかケーキとかもらえるんだもんね～～～。パパとママのところに帰ったらどうでちゅか～～～？」

バカがバカ騒ぎしててバカじゃないの？という気持ちが全身からにじみ出しているマオだが、
ここで反応してては話が進まないのでミトはスルーする。

「そうなんです、だから……はいっ、マオ、メリークリスマス」

お祝いの言葉とともに、ミトは後ろ手に隠していたプレゼントの箱をマオの手に乗せる。

「ケーキの方はないんですけどね………って、マオ？」

マオは箱をじっと見つめたまま、ぴくりとも動かない。

（あれ……思っていた反応と違うわね…なにか小さくぶつぶつ言ってる…
……ええと……『なんで』…？）

「なんでって……聞いてなかったんですか。クリスマスだからですけど…」

いらなかったですか？と言いかけたミトの言葉に食い気味に、

「いらないとは言ってない！」

マオはそう言って箱をつかむと、部屋から猫のように飛び出して行ってしまった。

ミトは呆気に取られて立ち尽くす。

（びっくりした……変なマオ。「センスがない」だとか「ケーキはないの？」だとか言うかと思ったのに）



（でも、マオはいつもあんな感じだっけ。とにかく、渡せたからよかったわ）

本日のニュースです
領域に存在する次元の歪みに侵入し
まだ見ぬパーツや素材を手に入れられる可能性が高まっています
ヴォイド・エレベータと呼ばれる侵入システムがいま思念研究所で提唱されています
希望がある限り……私たちは、生き残れるのです

「……ッ！」

ミトはその戦闘開始直後、先制攻撃のチャンスでトリガーを引く手をためらってしまった。
それで生じた一瞬の間は敵機が回避行動をするには十分過ぎるもので、ミトは虎の子のツインセロシアを2発とも無駄にしてしまう。

『アマナを取り戻す』と決めてジャンク狩りになった時から、覚悟はしているいたつもりだった。
けれど撃つ瞬間に、今日の相手はいつもの未確認機ではなく人間が乗っているのだと頭によぎってしまったのだ。


初撃のミスで自動追撃プログラムが敵対象を見失い、うまく連動できずにミトの機体は棒立ちのようになってしまう。
シミュレーションでは７：３でほぼ完封できた相手だったが、こうなってしまうと一気にピンチに陥ることもわかっていた。

（反撃が来る…！）

衝撃を予想して身体がこわばり、それが余計に機体の回避行動を鈍くする。


しかし、予想していた反撃が来ることはなかった。
ミトがもたついている間に、僚機が横から敵機を牽制し、ビームで一気に押し込んでゆくのが見える。

「マオさん、すごい…！」

まるで前もってどう動くかわかっているように、次々に敵を撃墜する僚機マオの腕前にミトは舌を巻く。
ミトが体勢を立て直した頃には、趨勢はほぼ決していた。


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すっかりマオに助けられる形になってしまった。

以前に「最初の攻撃で仕留められなかった時はどうするのか？」という指摘をしてもらっていたのに、その言われた通りのパターンで失敗してしまったことをミトは悔やんだ。

いや、それよりももっと根本的なこと。人が相手だからと撃つのを躊躇してしまった、自分の覚悟のなさが情けなかった。
アマナを助けるためなら、どんなこともいとわないと心に決めていたのに。

ジャンクテイマーなんていうのは、みんな人でなしで、人間じゃないのだから……別に人を殺すわけじゃないし、翡翠経典の教義に反することもない。

非道なジャンクテイマー相手に、甘さは命とりになるのだ。
二度とためらったりなんてしない。

そう自分に言い聞かせる。





その時ピコン、とディスプレイに着信アリの表示が浮かぶ。
僚機からだと思い、謝罪の言葉を言うつもりで画面を触れかけた手がふと止まる。

未登録の送り主。
これは……今しがたマオに撃墜された敵の機体からのようだった。

恨み言でも送られてきたのだろうか。
機体の中にいるジャンクテイマーの存在をまた余計に意識してしまいそうだし、見ないで消去してしまおうかとも思ったが……少しでも妹の手がかりが何かわかるかもしれない。
そう思い直し、ミトは意を決して通信を受け取る。


（これ……ジャンクテイマーと……マオさんとの通信記録？時刻は0112…戦闘前ね）


…
……
………



「う、うそでしょう……？そんな…そんなことって…！」

その通信記録は、マオが元ジャンクテイマーであり、さっき戦ったジャンクテイマー達にミトを売り渡す計画を伝えている内容だったのだ。

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本日のニュースです
昨日、星の海にて海上映画祭が開かれました
戦火の中でも、愛の物語は人気です
人々は涙を流し、戦い疲れた体を癒しました
戦う人々に祝福を……我々は、生き続けるのです

連環祝福

連環希望+傷跡+祝福未来

連環

連環