ENo.0113　レイジー・サム

真紅連理から提供された、未識別融合パーツの演習用データ。
貰ったものを使わない理由もない。相手はよほどの脅威であるらしい、というのならばなおさらである――実利7割、好奇心3割という心持ちでデータをひととおり走らせたのち、彼は思わず吹き出していた。

「んッふふ、はァー、なーるほどねえ？」

認識したくない現実を、目の前に突きつけられたときに出る類いの笑い。

――あんまりいい気分になれるモンじゃねえなコレ。

グレムリンと融合する巨大未識別。
ジャンクテイマーの成れの果て。

己の倫理観に自信を持っているわけでもないが、なんとはなしに冒涜的だな、というようなことを思う。
「そういったことが起こるらしい」という情報を忘れていたわけではない。しかし百聞は一見はしかずとはよく言ったもので、情報がシミュレーションというより具体的な姿に形を変えたことで、多少は認識に変化がもたらされたようではあった。
うんざりしたような笑い声は、いつの間にか景気の悪い大仰な溜息に変化する。
それから、データの実行結果が残る画面の上に、周辺海域のデータと広域出品のサーチ画面とを開く。

「あちらさんはデカブツだけあって手が長い……動き始めを捕捉出来る手段があると嬉しいんだが。あとは……」

数少ないやる気の在庫をかき集めて、ぶつぶつと口の中で思考を反芻する。

真紅連理のオペレーター曰く、巨大未識別に取り込まれるジャンクテイマーと、取り込まれない『こちら側』には、提供された秘匿データの有無という隔たりがあるという。
理屈はそうかもしれないが、彼の気分的には『こちら』と『あちら』に、ちょっとした運気以外の差があるようにも思えなかった。
ならば、少なくともその隔たりが確かなものであるうちに、要因を取り除くらいはしてもいい。

――万が一にも『あっち側』になるなんてーのは、いくらなんでもごめんだっつー話よ。

本日のニュースです
巨大未識別融合グレムリンの迎撃が本格化しています
真紅連理防衛隊も大きく戦力を失い、各地で撤退が始まっています
連日の戦闘で死者数は数えきれないほどです
戦火の傷跡は大きく、我々はいま試されています

「……予測結果11分。……いや、エンジンの負荷を上げてきゃもう少し――いずれにせよ時間は掛かんねえんだ――……」

シミュレーションを回す。
出力結果を検分する。
パーツを組み替える。
シミュレーションを回す。
出力結果を検分する。

無音よりは集中力が出る、という程度の理由で流しているニュースを背後に、時間は過ぎていく。

「やー、『世界の不具合』と来たかあ」

がりがりと頭を掻く。
あまりいい気分ではない。
何が不具合で何がそうではないのか、世界で踊る側に自明であるならば少しは気が晴れるのかもしれないが。

「世界のバグフィクスってどこの誰がやってくれるんかねえ」

こういうのは宗教の範疇なんだろうか、そんな益体もないことを考えながらラジオを付けた。

本日のニュースです
ジャンク財団は各地からコンテナを回収、集積しているようです
これが何を意味するか、我々はまだ察知していません
一説によると、ジャンク財団の新型グレムリンの開発に
何かしら関わっているというものがあります
我々の未来は、いまだ闇の中です
戦いましょう、生き残りをかけて……

本日のニュースです
巨大未識別融合グレムリンに対し、各地で迎撃が始まっています
青花師団の遊撃隊によって、安全かつ優位な位置へと誘導しています
遊撃隊の損耗は大きく、傭兵と真紅連理軍の最終防衛ラインに全てを託しています
戦火の傷跡は大きく、我々はいま試されています

本日のニュースです
領域に存在する次元の歪みに侵入し
まだ見ぬパーツや素材を手に入れられる可能性が高まっています
ヴォイド・エレベータと呼ばれる侵入システムがいま思念研究所で提唱されています
希望がある限り……私たちは、生き残れるのです

本日のニュースです
昨日、巨人の島でラジオの収録が行われました
巨大粉塵獣を追う企画で、何かの死体を見つけたようです
持ち帰るには大きすぎ、探検隊は粉塵獣の卵を手にタワーへ帰還しました
戦う人々に祝福を……我々は、生き続けるのです

「……………………。」

困ったことに (この場合の困りは、主に僚機に与えておきたいパブリックイメージに関する困りである)、なんとなく気分が上がらない時ほど戦果は上々である。
戦闘を「余計なことを考えない手段」として活用すればこそ、という話であった。

還ってくる死人の話。
噂に上る現象がどういう理屈で起こっているものかは知らないが、少なくとも彼にとって気分のいい話題ではない。

『果たして自分はそいつらとどれほど違うのか』

いつか撃墜されたはずの何者か。
(おそらく) 今は亡き人間の記憶を載せて駆動している自分。
いずれにせよくだらない過去の亡霊には違いない。

＞ chnet xxx.xxx.xxx -n c,m

舌打ちをしながら適当なニュースのチャンネルに接続する。

本日のニュースです
ジャンクテイマーに与する組織がいくつも確認されています
この世界を暴力と略奪でもって支配力を高めようとする存在です
多くの物資が奪われ、多くの人命が失われています
戦火の傷跡は大きく、我々はいま試されています

適当に開いたニュースまで不景気である。
ただしこれは普段そういうニュースを好き好んで聞いているためであり概ね自業自得の産物であるが。

「……あーー！！」

ネットワークから切断。
呻きとも叫びともつかない声をひとしきり上げてから、狭苦しい操縦棺の中でがりがりと頭を掻く。

「やめやめ！　考えんのやめだクソ」
「ンなヒマがあったらフレームの整備でもしてた方が億万倍も建設的っつー話だっつー…………、うん？」

グレムリンのレーダーが上空から飛来するなにかを捉える。
……なんかちょっと前にも検知したような気がしなくもない、グレムリンで輸送可能な程度のサイズの直方体の、

「コンテナ……？」

が、目の前に落下してきた。
先頃の悲しいコンテナ開封事故のことは忘れようと思っていた矢先のコンテナに、なにやら心底空寒いものを覚えた顔で空を見上げる。

「えっ何。おかわりって？　怖……」

一瞬翻ったように見えた影の姿はもう形もない。

……大きく息を吐く。
気が進まなさそうな重い足取りで、コンテナの電子タグに指定された座標情報をスキャンする。
現在地からのルートを描いて、もう一度、今度は呻き声とともに嘆息した。

「いやこれ完ッ全に戻るルートじゃねえかよ。だッり……」

心の底からの言葉には違いないが、この一瞬だけでも「余計なこと」を頭から追い払えたぶん、まあ悪くはない贈り物ではあった。

例えばここに、重要なデータが納められた記憶装置があり。
そしてこの中のデータを万全に守る必要があるとする。

やるべきことは単純である。
記憶装置ごと、物理的に何者も触れ得ない場所に隔離して、あらゆるネットワークの上から排除すればいい。

ではそのデータに存在価値が存在するかと言われれば、おそらくほとんどの場合においてノーである。
誰も関わることの出来ないデータは存在しないものと変わらない。
保持することに意味がなく、ならば破壊してしまっても変わらない、ということに同義である。

つまり、およそ「重要」なるものは、条件付きで何者かが持ち出せるか、アクセス出来る状態にしなくてはならない。
そしてここで開けざるを得なかった「穴」が、そのまま全体の守りの強度を規定することになるわけである。

---

「……………………」

操縦棺の中。
引きつった笑顔で明後日の方向に目を逸らす男。
しかしこの狭苦しい箱の中でモニターを視界に納めないというのも土台無理な話ではあり、彼の視野の端には、中身をぶちまけたコンテナ――もはやコンテナだったものの姿がしっかりと捉えられていた。


1. 面白そうな兵器のデータを見つけた
2. 嬉々として試運転をした
3. うっかり輸送中のコンテナを吹き飛ばした

事態は極めて単純であった。


慣れない兵器の試運転ともあれば、なにかが起こり得ること自体は織り込み済みである。
他に人がいない場所は選んでいたが、そこにコンテナまで持ち込んだのが失敗であった。

「輸送中の物資は目が届くところに置いておくべきである」
「急に空から降ってくるようなコンテナであれば、多少のことでは破壊されたりしないだろう」

わざわざ持ち込んだのはそのような理屈の上であった。
もちろんその理解に大きな誤解があったわけでもなく、兵器が直撃したコンテナ本体については、多少の傷跡が残ってはいるものの、無事と言って差し支えのない範疇に収まってはいる。
ではなにが問題であったか――ピンポイントに開封部を吹き飛ばしたのである。

コンテナとは、開封されることが想定されている輸送道具である。
開封出来るということは、開封部は他の部位に比べ構造上、強度が貧弱にならざるを得ないということである。

迂闊7割不運3割という出来事ではあるが、いずれにせよ覆水が盆に返るわけでもない。

「ええと…………」

急にコンテナを狙う野良グレムリンとかが出てきて激戦の果てにこんなことに、ということにならないか――そのようなことを思いながら周辺に視界を巡らせたが、そんなことになろうはずがなかった。
(野良グレムリンに遅れを取ったことにするのと、素直にうっかりを認めるのと、どちらが己の名誉にとってマシかという疑問は横に置いておくものとする)


……周辺を巡回していた僚機が戻ってきて、すごい視線を向けられるまであと数分。
祝福

実は、昔ながらのタイピングデバイスは嫌いではない。

思念制御、まあ大層便利なものだとは思うが、思考を挟むぶんだけ速度は遅れる。反射で動かせる分だけフィジカルな入力は速さの面で有利だ――もっともこんな稼業だ、本来であれば思考くらいは無意識で御してみせろという話なのかもしれない。しかし生憎なことに、自身の思考 (メモリ) に全幅の信用がおけない身としてはむべなるかな、といったところではないだろうか。

なんの話かと言うと、

「メールの送信者くらいは確認してから消しゃよかったな」

顔文字おじさんからのメールを見た次の瞬間、指が反射で論理キーボードのyをタイプしていた、というだけの話である。
次は送信者を確認してきっちりとブラックリストに突っ込もう。
そう心に誓った。

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本日のニュースです
ジャンクテイマーによる大規模な略奪が横道潮流で発生
53人の死亡が確認され、多数の物資が奪われました
我々はこのような暴挙を決して許すわけにはいきません
戦火の傷跡は大きく、我々はいま試されています

BGMを流しながら次の進路を確認する。
空から降ってきたこのクソ目立つコンテナだが、いかにも仕事をしていますという風を装うにはうってつけではあった。
ふとした縁で同行することになったニフジもそのあたりにはあまりこだわりがないのか、まずはコンテナを運ぶのはどうかという提案にはたいして反発もなく同意を得られた。

「何考えてるのか全ッ然わからねえけど、まあ楽はさせて貰えそうだし、いっか」

少なくともグレムリンによる戦闘に関してはポジティブそうで結構なことである。

葉擦れの音が地を駆ける。
あまねく陽光は天より降り注ぐ。
ああ、蒼穹 (そら) は遠く、手を伸ばしても届きそうにない。

俺はその光景を知っている。記憶の中の輝くような風景。
俺はその光景を識らない。記憶 (メモリ) の中でノイズの中へ掠れていった風景。

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『人類の反抗』

まあ耳障りのいいお題目だと思うが、俺にとってさほどの興味が引かれるような内容でもなかった。
ご立派なことだとは思う。これは別に皮肉ではない。


”怠け者の誰かさん”


自分自身ですら自分が何モノかよく分かっていない輩には、その程度の名があれば充分だろう。
そして、そういうご立派な話は、そのようななんだか分からない半端者ではなく、もっと熱意だとか目的意識だとか、そういったナンカスラバシイモノに溢れたヤツに投げかけてやったほうが、効率がいいだろうと思う……というだけの話だ。

誘われるがままにメシを食って――記憶がマズさに悲鳴をあげる。この『誰かさん』の知らん記憶は、おぼろげなくせに妙なところで勤勉で呆れかえる――話に適当な相槌を返し、それなりのところで切り上げて別れを告げて、件のフレームの元に帰還する。
こいつが俺の命をすくい上げる天使なのか、光のない粉塵の向こうに押し込める悪魔なのかは知らないが。

「グレイヴディガー」

その前に立ち、名を呼ぶ。
……『誰かさん』の知識と技術を保管した、『誰かさん』の大袈裟な墓のような俺をわざわざ掘り起こしたグレムリン。

『… … … auth success.』

耳元の通信デバイスから応答。
待機モードに入った乗機に、なにか適当な話をしてほしいと回答 (コマンド) する。

ややあって、どこかのラジオにでも接続したらしく、人好きのしそうな人工音声の告げるニュースが耳朶を打つ。

本日のニュースです
各地で秩序の崩壊による略奪や暴力が横行しています
動くグレムリンフレームを手にしたことで
それを悪用する人々も少なからず存在しています
戦火の傷跡は大きく、我々はいま試されています

本日のニュースです
昨日、星の海、真紅連理旗艦での連理会議が開かれました
真紅連理は戦力を結集し、系列企業や協力する傭兵に
連帯と結束を呼び掛けています
真紅連理はコモン・テイル・ストアで赤メシ無料配布を行い、人々を鼓舞しています
戦う人々に祝福を……我々は、生き続けるのです

「……適当な話っつわれて速攻で別に繋ぐスタンス嫌いじゃねえわ」

仲良くなれそうな気が急激にしてきてしまった。
さておき、随分と気が利いたBGMを聞いて流しながら、乗機の脚部に寄りかかり腕を組んで、今後の身の振り方について考える。

『人類の反抗』――さほどの興味が引かれるような内容ではない。
”墓守”など空っぽの棺桶の前に置いておいて、どこか適当なところに逃げて適当に過ごしてゆるやかに死を待つ――あまりにも誘惑的な選択肢に心惹かれながら、俺はタラップに足を掛けて狭苦しい操縦棺に滑り込む。

「アテがあるわけでもねえし、せいぜい傭兵でございって顔で『お題目』に乗っかっとくほうが逆に楽かね」

……少なくとも楽に過ごすだけならばこれは馬鹿の選択肢だ、ということは理解していたが、手を伸ばすことをやめようとする気にはなれなかった。
それがこの忌々しい『記憶』のせいなのか、それ以外の何物かの賜物なのかは、判断のしようがなかったのだが。