導入

――北へ
残像領域に生い茂る巨大樹木。木漏れ日の間に、澄んだ風が通り抜ける。そんな、世界を迎え、幸せな結末を迎えた、5年後のこと
そのニュースは、北からもたらされた!

未踏破領域に存在する謎の遺跡。霧に包まれた領域
そこでは、消えたはずの電磁波も存在していた。世紀の発見。なぜなら……遺跡の碑文が指し示す、遺跡の主。それは、組み立て前のドゥルガー素体だというのだ
今、大いなる力の支配権を求め、あらゆる勢力が、北へと――!

――残像領域北部
気候風土は何ら変わりなく、肌寒く、湿度の高い、静かな世界。アルラウネの密林はどこまでも続いていた。その密林がどこまで勢力を伸ばしているのか調べるため、調査団が東西南北へと派遣される
そう、北にも

調査団は、大地に巨大な亀裂を発見する
それ自体はありふれた光景だ。アルラウネの成長は残像領域に大規模な地殻変動をもたらした
調査団が見つけたのは……亀裂から覗く、巨大な回廊だった

第1話

「索敵が足りない……コネクト機体を回してくれ」
「こちらブラボーチーム。セクション2に到達」
「こちらフォックストロット。セクション4を制圧。ここを拠点とする」

いまだ争いは続く。様々な勢力が、新たな発見と権益の確保に向けて動いていた。そう、残像領域は力こそ全て。早い者勝ち、強いもの勝ち。狼の群れが獲物をしとめた時と同じような、パワーバランスが存在している

残像領域で最も強い力。それは、ハイドラ――有人制御式の武装ロボットと言えば近い――すべてをなぎ倒す力であった。曰く、ハイドラに向かう砲弾は、彼に届かず、魔法のように躱され、跳ね返される。ハイドラの正確無比な火力は、たとえ外れてもこちらを追いかけ、撃墜する。そう、ハイドラを統べし者が、全ての餌を独占する存在となるのだ

「こちらフォックストロット。セクション5に到達。ここから先は未知の領域となる。レコーダ起動。オレが死んだら、回収してほしい」
「フェフフェト、期待している。こちらは邪魔が多い。世紀の発見は、君に任せた」
「ボフトン、頼むぞ。レコーダを回収してくれなかったら、教科書に載れなくなる」

フェフフェトは、ノイズだらけの通話を打ち切った。ブラボーチームとかなり距離が空いてしまったようだ。このハイドラチームは白兎生体化学の企業契約ハイドラであり、3人チームを3部隊、支援1機の10機で遺跡に挑んでいた。フェフフェトのチーム、フォックストロット隊は2機が被弾により撤退し、フェフフェトは判断を迫られていた。探検の最大深度、セクション4を制圧し、この先……セクション5に挑む権利を得たのだ。ただ、フェフフェトは一人だった

「オレはフェフフェト。いま、セクション5のゲートを開く。ここから先、目に映る全てが、誰も知らない場所だ」

レコーダに向かって話しかける。フェフフェトのハイドラ、『シグナルウェイブ』は、闇の中へ飛び込み、そして――帰ることはなかった

フェフフェトのレコーダは、回収されなかった

第2話

自らを運がいいか、悪いかと思うのは、自身の資質によるものが大きい。その結果幸福になったり、不幸になったりするが、それはまた別の話だ。いずれにせよ、運というものは、本人の感覚から生み出された、脳内の幻灯であるかもしれない

セクション5。北の遺跡は一定の階層ごとに貫通不可能なシールドが建設されており、そこを抜けるにはゲートを開放せねばならない。ゲートはハッキングによって解放可能であるが、警備も厳重であり、越えられない関門として立ちはだかる。その階層ごとに、セクションが割り振られていた。セクション5は、未踏の第5階層である

「ここを過ぎれば、俺は、俺は――」
≪HCS、アウト・オブ・コントロール。ENの光を観測。制御不能≫

遺跡回廊に投げ出された、残骸のような機体。もはや動くことすらできない。被弾個所は46箇所。コンソールにはそう書いてある。ミストエンジンの空転音。警備機械……装甲車や機動破壊兵器が遠巻きに様子を伺う。もはや、攻撃は無意味と判断しているのだろう。彼のハイドラは――撃墜された

モルスは、デスケル重工の委託傭兵であり、名誉を求めて遺跡に挑んでいた。結果は粗大ゴミになるなんて、彼は思ってはいなかった。いや、少しは思っただろうが――自分には関係ない。そう思っていたことは否めない。彼は運に賭け、戦いに挑み、そして当然のように、賭けに負けた

「すぐそこなんだ。セクション5は。すぐに、手が届く。なのに、どうして届かないんだ。こんなんじゃ……手を伸ばさないのと同じだ」
≪HCS、再起動に失敗...30秒後にリトライします≫

モルスは賭けに出る必要があった。むしろ、それ以外の道はなかった。それ以外の道は、彼が全て塞ぎ、打ち捨てててきた。モルスの夢は、名誉だった。名誉のために、彼は、ハイドラ乗りになった。それが最短距離であり、もっとも強い道であった

彼は名誉が欲しかった。普通の生き方では得られない名誉。むしろ、普通の生き方に絶望すらしていた。苦痛しかないと思われた道を全て断ち、自らを最も輝かせる生き方を求めて、彼は周囲の反対を押し切り、ハイドラ乗りを目指し、ついに、彼はそれになった。そして、5年が過ぎた

最短距離に思っていた、いちばんまともに見えた、最も幸せな道に見えたその生き方は、次第に傾斜を強め、狭まり、棘のある草に阻まれ、もはや進めないところまで来てしまった。あの峠を越えたら、きっと報われる。そう信じて、最後の賭けに出た。企業の募集する遺跡探索依頼。莫大な報酬。セクション5の開放という偉大な名誉

「……何だったんだろう、俺の生き方は。明日、また明日には、きっと報われると信じて走って、いつも、いつも、届かない場所で息を切らして、何も手に入らない」
≪HCS、再起動に失敗...30秒後にリトライします≫

モルスはハッチを開けた。かび臭い遺跡の古い空気が出迎えた。徒歩でセクション5に向かう。荒唐無稽な想像に、思わず笑ってしまった。穴の開いたハイドラの頭部に腰掛け、ポケットからスキットルを取り出し、苦いアルコールを舐めた。もはや、帰還すら不可能。あとは4階層の地下深くで朽ち果てるだけだ

ヴィヴィヴィヴィヴィヴィヴィヴィ……
ルルルルルルルルル……
規則正しいミストエンジンの音が聞こえる。モルスは、一瞬自機のエンジンが復活したと喜んだ。だが、違う。自機のエンジン音によく似ているが、違う。なぜなら……いたのだ。ハイドラが。目の前に。警備の装甲車や機動破壊兵器が警戒モードに入る。なぜ……なぜ? モルスは困惑する。目の前のハイドラは、紛れもなく、自機だ。自分のエンブレムが輝く。では、自分が腰かけている粗大ゴミは何だ?

正体不明のハイドラは、素早く動き、装甲車を粉砕した。軽々しく宙に舞い、速射砲を放っていく。機動破壊兵器の砲撃は……当たらない!

「あれは……誰なんだ? いや……」

どうでもよかった。いま、自らのエンブレムを掲げ、戦うハイドラがいる。それも、自らの夢見た、そのままの……いや、それ以上の華麗さで、舞うハイドラ。彼は立ち上がり、こぶしを握った。次々と、敵機は撃墜されていく。ハイドラは被弾するが、誰もその機動を止められない!

「いいぞ……その調子だ。セクション5は、もうすぐだ。頼む、お前が……その扉を開けるんだ。手を伸ばせ! もうすぐだ! がんばれーっ」

汗を飛ばし、声の限り叫んだ。被弾個所は増え、弾は尽き、残す敵は手負いの機動破壊兵器。それでも、勝てる気がした

「がんばれーっ、負けるな……そこだーっ」

腰から電磁アックスを取り出したボロボロのハイドラは、機動破壊兵器の頭上にジャンプをして斧を振りかぶる
ルルルルルル……
ヴィヴィヴィヴィヴィヴィヴィ……
ウウウウウウォーッ……
3つのミストエンジンが吠えるように駆動する!

「いまだ……や、やった、やったーっ、やったーっ、やったーっ!」

爆散する機動破壊兵器。声の限り叫んで、こぶしを突き上げて、モルスは活躍を見届けていた。爆炎の向こう、機体のハッチを開けて身を乗り出した自分の影は、モルスに振り返りもせず、セクション5の闇へと消えていった

登場人物


フェフフェト
遺跡調査に向かい、消息不明となるハイドラライダー。肉薄し射撃勝負を挑む好戦的なスタイルだが、本人はいたって冷静沈着。クイックドライブモードをシフトレバーで入れられるよう改造するこだわりがある。31歳。女性


ボフトン
遺跡調査に向かった白兎生体化学のハイドラライダー。他社のハイドラチームの挟み撃ちに会い、死亡した。猫を3匹飼っている。名前は、あんこ・みたらし・ずんだ。26歳。男性


モルス
遺跡調査に向かったデスケル重工の委託傭兵ハイドラライダー。セクション4最深部にて撃墜。死亡した。多数の射撃火器を扱い隠し玉の電磁アックスを生かすためエンジンを3基も搭載しているが、隠し玉にスロットの半分近くを割いているため、特に強くはない。19歳。男性