ENo.0096　チャルミィ・ル・プアス

#1.Need me

眠っている……


待っているの……


ずっと……

ずぅっと………



・・・・・・


少女――エリーゼの前にあるのはグレムリンフレーム、そしてすぐ傍にあった黒い立方体。
つるりとした感触。傷一つないように見える。
どこが底で、どっちが上なのかわからないような箱。
たとえばエンジン、たとえば記録装置、別のものかもしれないというのに、"箱"だと"入れ物"だということを知っている。
少女が触れたその時、辺が突然それは光り出す。

指紋……82％……OK……
虹彩……89％………OK……
静脈……98.8％……OK……

文字や円グラフ、何かを解析しているであろう無数のウィンドウが次々に現れて重なっていく。

　　　　　　　　　　―重要―
　　　　　　　　起動しています
　　　　　　　　2分後に開きます

全ての文字が消え、最後に浮かび上がる文字。

　　　　　　　　――Need me

箱の頂点がプシュー…、という音と共に浮き出す。
それと何もなかった箱のつるりとした表面にＴ字に線が走る。
その筋にあわせるよう、上部と左右に分かれスライドして箱は開いた。

うっすら青白い光が中から漏れる。



・・・・・・

中にはキツネのアンドロイド、いや"アニマロイド"がおさめられていた。
全身は手触りの良いフェイクファーで覆われ、
服は今の時代ではあまり見かけないようなデザインをしていた。
閉じていたまぶた、パチリ開く大きな瞳。

箱をあけた少女と目があえばぱあっと明るくなる表情。

「エル！！」

大きく口を開けて名前を呼ぶ。

「エリーゼ、どうちたんですの？ワテクシですわ、チャルミィ。
　背が伸びてもワテクシの瞳と、その奥にあるシステムは誤魔化せまてんことよ？」

小さな指先で自分の大きなオレンジ色の目を指さす。
しかし呼びかけた相手からは何も言葉が返ってこない。

「エル……、ワテクシのこと…忘れてしまったんですの？これっぽっちも、覚えてはいない？」

揺れていた尻尾と耳が徐々に下がっていくが、またぴょんっと上を向く。

「チャルミィ……私は確かにエリーゼだけど、ごめんなさい、あなたのことは」

やっと紡がれた言葉は明るい答えではなく、最後まで言わなくとも分かるものであった。

「いいえ！いいえ！！いいんですの。そういうときも、ありますわよね？
　それにワテクシもさっきからデータベースにアクセスできなくて……記録の大半がクラウド上に保管されていた筈なのですわ、けれど……どうちてかしら？
　でも内部ストレージに切り替えましたの、空きはいっぱいあるからヘーキですわ！それに覚えていないのなら――」

言いかけたとき、地響きがする。

「大きい、なんの音かしら？」

ここからは遠い、しかしたしかに聞こえる轟音。

「なんだかワテクシの記録とかなり違うみたいですのわよ。
　でも安心して！今こうしてる間も最先端の情報をぐんぐん入れてアップグレードしてますの」

小さな胸を張って見せる。

「ふん…ふん……ふんふん、交戦ちてますの？グレムリン？未識別機動体？？
　ふん、ふふん……わかりまちたわ！エルが戦うならワテクシもついて行きましわ」

すでに離れそうな気配は何処にもない。

「どうしてこの廃工場に来たのかも思い出せないけれど、私はグレムリンテイマー、傭兵よ。
　未識別機動体がいるなら墜とさないと。そこのダスト・フレームでもなんとかなるでしょう」

チャルミィが一方的に話していたが、エリーゼは一息つくとはっきりした口調で自分のことを傭兵だと言う。

「ついて来てもいいけれど、チャルミィ、あなた、戦いの役に立……たなくてもいいけど、自分の身は守れる？」
「ねえ、エル？覚えていなくても、ワテクシ達はお友達ですわ。ワテクシの奥深く、システムがそう言ってますの。
　そしてお友達が困ってる時こそ、ワテクシの出番ですわ。
　大丈夫！覚えていないのならこれからまた記録を作っていけばいいのわよ」

そのアニマロイドはこの時代には不釣り合いなくらいに前向きに明るくそう言ってみせる。
少女はチャルミィの勢いに困惑していた様子もあったが、微笑を浮かべて優しい声で返す。

「私のことをエルと呼ぶ人なんていないのだけれど。
　でも……チャルミィは私をエルと呼んでいいわ。行きましょう、チャルミィ」

こうしてお友達を名乗る機械人形は半ば強引に、自称・天才少女ことエリーゼと
粉塵が舞い、覆い、明日への希望が見えなくなったこの領域を、
共に行くことになったのだった。

過去のことを覚えてなかったとしても、先の未来のことなんて誰にもわからない。

これはそんな二人のオハナシのはじまりのはじまり――

迷子の迷子の幽霊船。継ぎ接ぎだらけの幽霊船。
仮初の船長と集まって来た人達を乗せ、目指すのは粉塵の果て、霧の果て――

¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨

戦艦をもとに継ぎ接ぎに足された船に乗る人達や、その船と情報交換してくれる人の集まり。