第23回目 午前2時のキルシェ・S・プレッセン
プロフィール
名前
キルシェ・S・プレッセン
愛称
キルシェ
経歴 父は不運な傭兵で仕事に出たまま帰らなかった。 兄は不平を抱きレジスタンスになると出奔した。 姉は不埒な男に連れられて行方知れずになった。 母は不治の病に倒れてどこかへ運ばれていった。 古びたバッグとその中身が全財産、身寄りも行く当ても帰る場所もない、そんな珍しくもなんともない子供である。 機体名は「ノイヤーモルゲン」、見た目が父の愛機に似ていたのでその名で呼んだら同じ名前で登録されたらしい。 |
◆日誌
導かれるままに参加していたあの戦いは何だったのか。
示した意志の連環を、またたいた希望をいともたやすく断ち切った、あの出来事は何だったのか。
夢のひとかけらとして残された記憶が色あせていく。
<<<
キルシェは青空の下を走った。
仕事を終えた父が港に降り立つ姿をその目にしっかり捉えていた。
飛びついて、頬ずりして、お仕事の話をせがんで、
<<<
キルシェはこっそり尾行した。
兄が自慢していた秘密の友だちというものをその目で見たかった。
つまずいて、見つかって、仲間に入れてと言って、
<<<
キルシェは路地裏でいじけた。
姉とふたりで食べるつもりでいたおやつを“お客様”に取られた。
石を投げて、蹴飛ばして、そのうち夢中になって、
<<<
キルシェは両手を強く握った。
ベッドに横たわる母の哀しい眼差しはどこかで見たことがあった。
よじ登って、抱きしめて、行かないでよと叫んで、
<<<
<<<
『……こちら…… ___ …… 応答 せよ ……』
不思議な夢を見ていたような、違うような。
ベッドの上でまどろむキルシェは、無意識につぶやいていた。
「ここに、いるよ」
難しいメールはまだまだ読めない、学校のお勉強はいまいち楽しくない、そんな普通のお子様だけど、なぜだかわかった。
この声は家族の誰でもないけど、キルシェをよく知っていること。
ずっとキルシェを呼び続けていること。
だから、もう一回、答えた。
「キルシェは、ここにいるよ」
示した意志の連環を、またたいた希望をいともたやすく断ち切った、あの出来事は何だったのか。
夢のひとかけらとして残された記憶が色あせていく。
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キルシェは青空の下を走った。
仕事を終えた父が港に降り立つ姿をその目にしっかり捉えていた。
飛びついて、頬ずりして、お仕事の話をせがんで、
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キルシェはこっそり尾行した。
兄が自慢していた秘密の友だちというものをその目で見たかった。
つまずいて、見つかって、仲間に入れてと言って、
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キルシェは路地裏でいじけた。
姉とふたりで食べるつもりでいたおやつを“お客様”に取られた。
石を投げて、蹴飛ばして、そのうち夢中になって、
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キルシェは両手を強く握った。
ベッドに横たわる母の哀しい眼差しはどこかで見たことがあった。
よじ登って、抱きしめて、行かないでよと叫んで、
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『……こちら…… ___ …… 応答 せよ ……』
不思議な夢を見ていたような、違うような。
ベッドの上でまどろむキルシェは、無意識につぶやいていた。
「ここに、いるよ」
難しいメールはまだまだ読めない、学校のお勉強はいまいち楽しくない、そんな普通のお子様だけど、なぜだかわかった。
この声は家族の誰でもないけど、キルシェをよく知っていること。
ずっとキルシェを呼び続けていること。
だから、もう一回、答えた。
「キルシェは、ここにいるよ」
◆23回更新の日記ログ
+未来+《みらい》
これからやってくる時間。現在よりあとに起こる事柄。
+傷跡+《きずあと》
体や心、モノなどに傷がついたあと。それがなおったあとにも残るもの。
+連環+《れんかん》
輪をつなぎ合わせたもの。また、つなぎ合わせること。
+希望+《きぼう》
こうなってほしいとの願い。また、そう願うこと。将来の事柄に良い期待をする感情。
+祝福+《しゅくふく》
幸福のおとずれを祈る、あるいは喜び祝うこと。
---
「たくさんあるね。どれがホント?」
「きっと、どれも本当です」
どこかで誰かとそんな会話をした気がする。
人間かもしれない。AIかもしれない。
どこかで誰かが泣き叫んでいる気がする。
雑音かもしれない。共鳴かもしれない。
キルシェは目を閉じた。
誰かが誰かを想う姿が、どこかで何かを始める光景が、色とりどりの幻像となって映し出された。
旅の計画を立てるひと。
傷の手当てをするひと。
両手で固く握手するひと。
夢に向かって走るひと。
ひざまずいて祈るひと。
皆の意識が連環を形作る。
ここに集った戦士たちの誰もがまだ希望を捨てていないと感じるから、かえって浮かび上がる思念がある。
「せかいはうつくしい、って、なあに?」
キルシェに優しく教えてくれるひとは、きっともういない。
これからやってくる時間。現在よりあとに起こる事柄。
+傷跡+《きずあと》
体や心、モノなどに傷がついたあと。それがなおったあとにも残るもの。
+連環+《れんかん》
輪をつなぎ合わせたもの。また、つなぎ合わせること。
+希望+《きぼう》
こうなってほしいとの願い。また、そう願うこと。将来の事柄に良い期待をする感情。
+祝福+《しゅくふく》
幸福のおとずれを祈る、あるいは喜び祝うこと。
---
「たくさんあるね。どれがホント?」
「きっと、どれも本当です」
どこかで誰かとそんな会話をした気がする。
人間かもしれない。AIかもしれない。
どこかで誰かが泣き叫んでいる気がする。
雑音かもしれない。共鳴かもしれない。
キルシェは目を閉じた。
誰かが誰かを想う姿が、どこかで何かを始める光景が、色とりどりの幻像となって映し出された。
旅の計画を立てるひと。
傷の手当てをするひと。
両手で固く握手するひと。
夢に向かって走るひと。
ひざまずいて祈るひと。
皆の意識が連環を形作る。
ここに集った戦士たちの誰もがまだ希望を捨てていないと感じるから、かえって浮かび上がる思念がある。
「せかいはうつくしい、って、なあに?」
キルシェに優しく教えてくれるひとは、きっともういない。
◆22回更新の日記ログ
連環をたぐって、登っていく。
希望をさがして、ついていく。
---
キルシェがたどりついた不思議な場所には既に大勢のグレムリンが集っていた。
見知った機体もそうでないものも、一様に、ただならぬ緊張感の中にいた。
それがなんとなく聞こえてくる深刻な会話と無関係ではないことを、キルシェはなぜだかはっきりと認識できていた。
悲しそうな声が聞こえてくる。
大切な人と、どうしようもなく大切な話を、したくてもできない。こらえている。怖がっている。
『キルシェはここにいた。姉ちゃんは友達と遊びに行った。聞かれたらそう答えるのよ、いいわね?』
連想したのは昔の出来事。
姉はキルシェを連れていってくれなかった。家の前に一人残して、秘密の誰かに会いに行って、そのまま帰ってこなかった。
最後に見た笑顔を思い出すと、どうしてかさみしくなるけど。
「キルシェはここにいるよ」
どこかで遊んでいるかもしれない姉がさみしくないように。
歴戦の勇士たちと戦おうとしているあの子がさみしくないように。
キルシェは繰り返す。意味をよく考えず、ただ呪文のように覚えた言葉を。
「ここに、いるよ」
希望をさがして、ついていく。
---
キルシェがたどりついた不思議な場所には既に大勢のグレムリンが集っていた。
見知った機体もそうでないものも、一様に、ただならぬ緊張感の中にいた。
それがなんとなく聞こえてくる深刻な会話と無関係ではないことを、キルシェはなぜだかはっきりと認識できていた。
悲しそうな声が聞こえてくる。
大切な人と、どうしようもなく大切な話を、したくてもできない。こらえている。怖がっている。
『キルシェはここにいた。姉ちゃんは友達と遊びに行った。聞かれたらそう答えるのよ、いいわね?』
連想したのは昔の出来事。
姉はキルシェを連れていってくれなかった。家の前に一人残して、秘密の誰かに会いに行って、そのまま帰ってこなかった。
最後に見た笑顔を思い出すと、どうしてかさみしくなるけど。
「キルシェはここにいるよ」
どこかで遊んでいるかもしれない姉がさみしくないように。
歴戦の勇士たちと戦おうとしているあの子がさみしくないように。
キルシェは繰り返す。意味をよく考えず、ただ呪文のように覚えた言葉を。
「ここに、いるよ」
◆21回更新の日記ログ
世界の連環を手繰り寄せたらタワーへ続く道になった。
すべての領域が開放され、戦う者たちの前に一筋の希望(らしきもの)が現れたとか。
大人たちの会話を傍受しながらその意味を理解していなかったキルシェだが、ひとつだけ、なんとなく理解したことがあった。
このときのために、これからのために、呼ばれたのだということ。
あの場所のために、あの子らのために、廃工場に来たということ。
道中で拾ったコンテナの送り先は確認しなかった。
どこへ運んだところで結果は一緒なのだと察した。
直感のままに加速した。
あとは到達するだけだ。
すべての領域が開放され、戦う者たちの前に一筋の希望(らしきもの)が現れたとか。
大人たちの会話を傍受しながらその意味を理解していなかったキルシェだが、ひとつだけ、なんとなく理解したことがあった。
このときのために、これからのために、呼ばれたのだということ。
あの場所のために、あの子らのために、廃工場に来たということ。
道中で拾ったコンテナの送り先は確認しなかった。
どこへ運んだところで結果は一緒なのだと察した。
直感のままに加速した。
あとは到達するだけだ。
◆20回更新の日記ログ
連環を求めた先。
希望を射たかも。
---
キルシェは温泉とペンギンの島をひととおり散策すると、躊躇なくそこを後にした。
付き添いの人間でもいたなら「かーちゃんのことはもういいのか?」などと尋ねたかもしれないが、AIは滞在目的について一切話題にしなかった。
さて、コンテナの配達先は現在地から見て南東にあるはずだが、キルシェは西へ進むことを選択した。
今度は興味でも人捜しでもなく、不安定なネットワークの中で混線した情報を自分への指示と誤解したようだと、後に記録を分析した大人たちは考えたらしい。
実際は、呼ばれていた。
ヴォイド・エレベータと呼ばれる世界の歪みに。
その奥から偶然に発せられた特定の波長に。
戦い方さえ知らなかった幼い子供が今できること。
せめて借りたものは返さなくてはいけないだろう。
希望を射たかも。
---
キルシェは温泉とペンギンの島をひととおり散策すると、躊躇なくそこを後にした。
付き添いの人間でもいたなら「かーちゃんのことはもういいのか?」などと尋ねたかもしれないが、AIは滞在目的について一切話題にしなかった。
さて、コンテナの配達先は現在地から見て南東にあるはずだが、キルシェは西へ進むことを選択した。
今度は興味でも人捜しでもなく、不安定なネットワークの中で混線した情報を自分への指示と誤解したようだと、後に記録を分析した大人たちは考えたらしい。
実際は、呼ばれていた。
ヴォイド・エレベータと呼ばれる世界の歪みに。
その奥から偶然に発せられた特定の波長に。
戦い方さえ知らなかった幼い子供が今できること。
せめて借りたものは返さなくてはいけないだろう。
◆19回更新の日記ログ
未来が見えるか。
連環を感じるか。
希望は掴めるか。
---
キルシェの行方が判明した。
マップに表示されていた「温泉」なるワードにつられてそちらへ進路を変えてしまったらしい。
「音声入力コマンドのログ手に入ったんだろ。なんだい、そんな顔して」
「温泉ってなあに、って聞いててさ」
「まあ知らないんだったら聞くだろうな」
「AIが説明するだろ。そしたら『病気の人が休みに行く』あたりでいきなり食い気味に聞き返して」
「そこなの?」
「かーちゃんがいるかも、って言った直後にルート変更の申請がかかった」
「は?」
「母親??」
心配している大人たちはこの時点でキルシェの生い立ちを知らない。
しかし彼らは思い出した。こんな時代に保護者なしで行動する幼い子供、というだけで既にわけありなのだ。
あの子の場合はもしかして。あるいは。
「……起こってくんねえかなあ、奇跡」
連環を感じるか。
希望は掴めるか。
---
キルシェの行方が判明した。
マップに表示されていた「温泉」なるワードにつられてそちらへ進路を変えてしまったらしい。
「音声入力コマンドのログ手に入ったんだろ。なんだい、そんな顔して」
「温泉ってなあに、って聞いててさ」
「まあ知らないんだったら聞くだろうな」
「AIが説明するだろ。そしたら『病気の人が休みに行く』あたりでいきなり食い気味に聞き返して」
「そこなの?」
「かーちゃんがいるかも、って言った直後にルート変更の申請がかかった」
「は?」
「母親??」
心配している大人たちはこの時点でキルシェの生い立ちを知らない。
しかし彼らは思い出した。こんな時代に保護者なしで行動する幼い子供、というだけで既にわけありなのだ。
あの子の場合はもしかして。あるいは。
「……起こってくんねえかなあ、奇跡」
◆18回更新の日記ログ
未来を目指して走れ。
連環の先はたどるな。
希望は君の隣にある。
思い切り暴れてこい!
---
「予定ではもう【静かの海】に到着している頃だが……」
「連絡ないそうです」
「まさかヤバい敵機にでも見つかったか?」
「怖いこと言うな! 確かに目撃情報上がってるけど!」
「せめて遠回りして逃げているとかそういう理由でありますように……」
大人たちはまだ知らない。
当初の目的を忘れたキルシェが途中でルートそのものを書き換えてしまったことを。
「あそこになんかいるよ!」
『あれは「ペンギン」と言いまして……』
連環の先はたどるな。
希望は君の隣にある。
思い切り暴れてこい!
---
「予定ではもう【静かの海】に到着している頃だが……」
「連絡ないそうです」
「まさかヤバい敵機にでも見つかったか?」
「怖いこと言うな! 確かに目撃情報上がってるけど!」
「せめて遠回りして逃げているとかそういう理由でありますように……」
大人たちはまだ知らない。
当初の目的を忘れたキルシェが途中でルートそのものを書き換えてしまったことを。
「あそこになんかいるよ!」
『あれは「ペンギン」と言いまして……』
◆17回更新の日記ログ
未来を目指して走れ。
連環の先はたどるな。
希望は君の隣にある。
+傷跡+は勲章だと思え。
+祝福+が欲しいのなら。
思い切り暴れてこい!
---
大人たちは何かを気にする(おびえているようにも見える)キルシェを懸命に言いくるめ、なんとか「おつかい」に送り出した。
グレムリンが飛び立った後も彼らはしばらくの間、淀んだ色の海を見つめていた。
「大丈夫かあ?」
「とりあえず速度重視で組んどいたから、寄り道しなければあっという間に目的地だろ」
「寄り道する暇なんかあるかよ。その辺の野良がコンテナ狙って集まってくるに決まってるじゃないか」
「だから速度重視なんだ、追いつかれなければ戦わずに済む」
「まあ、その辺は大丈夫だろ。なんかボス倒されたとか向こうが壊滅状態だとか、そんな通信拾ったし」
「なんだって」
「残党だけならなんとかなるかね?」
「たぶんね。それよりはあのガキが変な思いつきで寄り道しようとする方が怖い」
「はっ」
「そうだった」
「ごめんそれは否定できない」
大人たちは待つしかなかった。
心の中には不安しかなかった。
連環の先はたどるな。
希望は君の隣にある。
+傷跡+は勲章だと思え。
+祝福+が欲しいのなら。
思い切り暴れてこい!
---
大人たちは何かを気にする(おびえているようにも見える)キルシェを懸命に言いくるめ、なんとか「おつかい」に送り出した。
グレムリンが飛び立った後も彼らはしばらくの間、淀んだ色の海を見つめていた。
「大丈夫かあ?」
「とりあえず速度重視で組んどいたから、寄り道しなければあっという間に目的地だろ」
「寄り道する暇なんかあるかよ。その辺の野良がコンテナ狙って集まってくるに決まってるじゃないか」
「だから速度重視なんだ、追いつかれなければ戦わずに済む」
「まあ、その辺は大丈夫だろ。なんかボス倒されたとか向こうが壊滅状態だとか、そんな通信拾ったし」
「なんだって」
「残党だけならなんとかなるかね?」
「たぶんね。それよりはあのガキが変な思いつきで寄り道しようとする方が怖い」
「はっ」
「そうだった」
「ごめんそれは否定できない」
大人たちは待つしかなかった。
心の中には不安しかなかった。
◆16回更新の日記ログ
何度ログを見ても、何が起きたか分からなかった。
レーダーが敵の機影を捕らえたかと思ったら、数フレームごとに次々と消えていった。
開始1分で零力照射気嚢以外の全機を撃墜してみせたのが、たった一体のグレムリンだったと、解析結果は明言していた。
後方支援の仕事を終えて交代した通信員が宿舎に戻る途中、通路の端に座り込む子供を見つけた。
顔に見覚えがある。先ほどの戦闘に出撃していたテイマーのひとりではなかったか。
「あれを……まさか……?」
座ったまま上を向いている子供は見た目通り放心状態にあるらしい。
こいつが乗っていた機体は、番号は、名前は。
仕事中の記憶をなぞること一分未満。
「絶対違う。こいつじゃない」
結論づけた通信員は足早に通り過ぎた。
混線する無数の思念に流され溺れかけたキルシェが別の大人に発見され、医務室に担ぎ込まれたのは、少し後のことだった。
同じ頃に別の大人が、キルシェのグレムリンが制御を失い、パーツがばらばらに外れる場面を目撃した。
彼らはフレームだけになった機体を調べ、眠らせたパイロットの情報を集め、ひとつの方針を決定した。
わけのわからない放送は、事態は、もうしばらく続くのだろう。
連中の暴走に未来ある子供を付き合わせてはいけない。
悪意の連環は断ち切られなければならない。
希望のために、送り出そう。
「キルシェ。君にひとつ、おつかいを頼みたい」
レーダーが敵の機影を捕らえたかと思ったら、数フレームごとに次々と消えていった。
開始1分で零力照射気嚢以外の全機を撃墜してみせたのが、たった一体のグレムリンだったと、解析結果は明言していた。
後方支援の仕事を終えて交代した通信員が宿舎に戻る途中、通路の端に座り込む子供を見つけた。
顔に見覚えがある。先ほどの戦闘に出撃していたテイマーのひとりではなかったか。
「あれを……まさか……?」
座ったまま上を向いている子供は見た目通り放心状態にあるらしい。
こいつが乗っていた機体は、番号は、名前は。
仕事中の記憶をなぞること一分未満。
「絶対違う。こいつじゃない」
結論づけた通信員は足早に通り過ぎた。
混線する無数の思念に流され溺れかけたキルシェが別の大人に発見され、医務室に担ぎ込まれたのは、少し後のことだった。
同じ頃に別の大人が、キルシェのグレムリンが制御を失い、パーツがばらばらに外れる場面を目撃した。
彼らはフレームだけになった機体を調べ、眠らせたパイロットの情報を集め、ひとつの方針を決定した。
わけのわからない放送は、事態は、もうしばらく続くのだろう。
連中の暴走に未来ある子供を付き合わせてはいけない。
悪意の連環は断ち切られなければならない。
希望のために、送り出そう。
「キルシェ。君にひとつ、おつかいを頼みたい」
◆15回更新の日記ログ
未来永劫、ああいうことはあっちゃいけないのさ。
何も知らないこの脳天気な寝顔に、どうか神々の祝福あれ。
何も知らないこの脳天気な寝顔に、どうか神々の祝福あれ。
◆14回更新の日記ログ
♪そーじゅーかんに パネルがひとつ
レバーをひいて もひとつひいて
あっちにおふねを みつけたよ
こっちもおふねを みつけたら
あっというまに リコンキトゥン!
キルシェは出所の分からない謎の歌を、しかもおかしな音程で披露していた。
通りかかった作業員の一人がボードに書かれた四角と三角の集合体を見て、ようやくそれが「絵描き歌」の産物だと気づいた。
もう一回やってくれとお願いしてから観察する。まず胴体の四角を書いて、アンテナ、左右の脚部の順に配置してから仕上げに顔を描く。なるほど、言われてみればそれっぽく見えないこともない。
本当の歌詞はもう少しスマートなのではとも思いつつ、彼はとりあえずキルシェに拍手を送った。
「よく描けました。どっかの変な船よりこっちの方がずっといい」
「ほんと!?」
「ああ、本当だよ」
未来の画伯(どっちの意味になるかは不明)は満面の笑みを浮かべた。
どっちを向いても嫌な連中のエンブレムばかり見せつけられるよりは、よほど。
それは彼の偽らざる思いだった。
レバーをひいて もひとつひいて
あっちにおふねを みつけたよ
こっちもおふねを みつけたら
あっというまに リコンキトゥン!
キルシェは出所の分からない謎の歌を、しかもおかしな音程で披露していた。
通りかかった作業員の一人がボードに書かれた四角と三角の集合体を見て、ようやくそれが「絵描き歌」の産物だと気づいた。
もう一回やってくれとお願いしてから観察する。まず胴体の四角を書いて、アンテナ、左右の脚部の順に配置してから仕上げに顔を描く。なるほど、言われてみればそれっぽく見えないこともない。
本当の歌詞はもう少しスマートなのではとも思いつつ、彼はとりあえずキルシェに拍手を送った。
「よく描けました。どっかの変な船よりこっちの方がずっといい」
「ほんと!?」
「ああ、本当だよ」
未来の画伯(どっちの意味になるかは不明)は満面の笑みを浮かべた。
どっちを向いても嫌な連中のエンブレムばかり見せつけられるよりは、よほど。
それは彼の偽らざる思いだった。
本日のニュースです
昨日、小群島で領域解放を祝う記念像が立ちました
記念像はグレムリンが旗を掲げる姿をしています
残す領域は日に日に少なくなっていきます
戦う人々に祝福を……我々は、生き続けるのです
◆13回更新の日記ログ
キルシェ、はじめてのコンテナ配達。
南の島を出発して四日、ついに目的地となる船に到着したお届け物は大変歓迎された。
何しろ不穏な動きどころか堂々と世界を敵に回した連中に、それはもう執拗に狙われていたのだから。
運び手が誰であったかは、だいたいの職員にとってはどうでもよかったが、目撃者の中には心配性な人もいた。そして生真面目な守衛もいた。彼らは規則に従ってキルシェを取り調べ、とりあえず猫ではないことは確認したが、それ以上のことは何も掴めなかった。
一人でおつかいに来たお子様に、いたわりも祝福もなかった。大人が運んできたときそうであるように。
この戦いは明日を守るためにある。
混沌の海に生きるもの全体から未来を奪わせないためにある。
南の島を出発して四日、ついに目的地となる船に到着したお届け物は大変歓迎された。
何しろ不穏な動きどころか堂々と世界を敵に回した連中に、それはもう執拗に狙われていたのだから。
運び手が誰であったかは、だいたいの職員にとってはどうでもよかったが、目撃者の中には心配性な人もいた。そして生真面目な守衛もいた。彼らは規則に従ってキルシェを取り調べ、とりあえず猫ではないことは確認したが、それ以上のことは何も掴めなかった。
一人でおつかいに来たお子様に、いたわりも祝福もなかった。大人が運んできたときそうであるように。
この戦いは明日を守るためにある。
混沌の海に生きるもの全体から未来を奪わせないためにある。
◆12回更新の日記ログ
「えーと、こことそことあっちだろ……見事にバラバラだな」
「ここから近いのは横道潮流、赤の海。向かっている奴が多い方へ加勢するか?」
「いや、手薄になりそうなところをカバーした方がいいと思うけど」
「なになに?」
対ジャンク財団の作戦会議にお子様が割って入っても、気にとめる者は誰もいなかった。
別にそいつを認めても一目置いてもいない。目の前の難問について考えるのに忙しいだけで視界に入っていないだけだ。
だからキルシェは堂々と人のチームの作戦を聞いて、人が作った作戦マップを見て、近々また大きな戦いが起きることを知った。
「またみんなであつまって、わるいやつをやっつけるんだよね?」
『はい。あなたがあと三回朝ごはんを食べたら、作戦開始です』
「とーちゃんも、あのなかのどっかにいるのかな」
AIはキルシェの問いに答えなかった。
ネットワークの海からグレムリンを介して入り込んでくる話し相手は、人並みに会話して人並み以上にこの自由なお子様をコントロールしているが、結局ただの演算機だ。
未来予知はできなくても、膨大な資料を基に予測を立てることは易々とできる。
だからこそ今、もしここで本当のことを教えたら戦意喪失の可能性がある、という結果が「答え」の出力に待ったをかけた。
選ばれた者、世界の祝福を受けた者を、一人でも欠けさせるわけにはいかない。絶対に。
「ここから近いのは横道潮流、赤の海。向かっている奴が多い方へ加勢するか?」
「いや、手薄になりそうなところをカバーした方がいいと思うけど」
「なになに?」
対ジャンク財団の作戦会議にお子様が割って入っても、気にとめる者は誰もいなかった。
別にそいつを認めても一目置いてもいない。目の前の難問について考えるのに忙しいだけで視界に入っていないだけだ。
だからキルシェは堂々と人のチームの作戦を聞いて、人が作った作戦マップを見て、近々また大きな戦いが起きることを知った。
「またみんなであつまって、わるいやつをやっつけるんだよね?」
『はい。あなたがあと三回朝ごはんを食べたら、作戦開始です』
「とーちゃんも、あのなかのどっかにいるのかな」
AIはキルシェの問いに答えなかった。
ネットワークの海からグレムリンを介して入り込んでくる話し相手は、人並みに会話して人並み以上にこの自由なお子様をコントロールしているが、結局ただの演算機だ。
未来予知はできなくても、膨大な資料を基に予測を立てることは易々とできる。
だからこそ今、もしここで本当のことを教えたら戦意喪失の可能性がある、という結果が「答え」の出力に待ったをかけた。
選ばれた者、世界の祝福を受けた者を、一人でも欠けさせるわけにはいかない。絶対に。
◆11回更新の日記ログ
キルシェはコンテナの影に隠れていた。
ある防衛ポイントに集積されていたそれの頂上に立ってみたくなったからで、大人たちの仕事を邪魔しないようこっそりよじ登っていたのだが、当然あっさり見つかって引きずり下ろされた。
その身柄は休憩室を預かっている事務員に引き渡された。
幸いキルシェがテイマーだと知っている人だったので、作業が終わるまでここで待つことを条件に、しかられた理由を教えてくれた。
空から落ちてきたコンテナは世界を荒らし回る怖い人たちが欲しがっているもので、彼らを懲らしめる作戦に使うため集められたという。
事務員の説明はお子様向けに易しい言葉を選んだつもりだったが、それでも聞き手はピンときていなさそうなので、続きはこう言い換えられた。
「ああやってコンテナをつるしておくと、悪いグレムリンが集まってくるんだ」
「しってる!さかなつり!!」
古びたモップを何かに見立てて振り回すキルシェの姿は滑稽で、見ているだけで戦時下の緊迫感を忘れてしまいそうだった。
「未来ある若者にまであんな戦いをさせるなんて。大人のひとりとして情けなくなるよ」
ある防衛ポイントに集積されていたそれの頂上に立ってみたくなったからで、大人たちの仕事を邪魔しないようこっそりよじ登っていたのだが、当然あっさり見つかって引きずり下ろされた。
その身柄は休憩室を預かっている事務員に引き渡された。
幸いキルシェがテイマーだと知っている人だったので、作業が終わるまでここで待つことを条件に、しかられた理由を教えてくれた。
空から落ちてきたコンテナは世界を荒らし回る怖い人たちが欲しがっているもので、彼らを懲らしめる作戦に使うため集められたという。
事務員の説明はお子様向けに易しい言葉を選んだつもりだったが、それでも聞き手はピンときていなさそうなので、続きはこう言い換えられた。
「ああやってコンテナをつるしておくと、悪いグレムリンが集まってくるんだ」
「しってる!さかなつり!!」
古びたモップを何かに見立てて振り回すキルシェの姿は滑稽で、見ているだけで戦時下の緊迫感を忘れてしまいそうだった。
「未来ある若者にまであんな戦いをさせるなんて。大人のひとりとして情けなくなるよ」
本日のニュースです
グレイヴネット上でゲームの祭典が行われ
様々なゲームのチャンピオンが決まりました
毎年恒例行事を何とか行えたことに、関係者は胸を撫でおろしています
戦う人々に祝福を……我々は、生き続けるのです
◆10回更新の日記ログ
頼もしいお兄さんたちと一緒に未識別融合体を打ち破り、安全な場所まで戻ったあと。
キルシェは夢を見た。
両親と兄と姉と再会して、また一緒に楽しく暮らす。
だけど未来というよりは、どこか知らない世界で生きているような。
祝福するように優しく頭を撫でられた、そんな感触だけを、目が覚めた後もしばらく覚えていた。
けれどもそれさえ波が打ち寄せるように現実で上書きされた。具体的には不穏な噂によって。
『次の敵はジャンクテイマーだそうで』
『あちらとしちゃあ、このまま全部制圧されるわけにもいかないもんなあ。奪う相手がいなくなりゃあ死活問題だ』
『奪うのやめさせるっていうのは無理な相談?』
『あのなあ、人間一度おいしい思いしちゃうと、簡単にゃあ抜け出せないわけよ。そのうち欲望以外の感情が錆びついてボロボロになっちまう。哀れな人間の末路は……』
気まぐれに拾われた通信をぼんやり聞きながら、キルシェは昔の遊び場に居着いていた老人の顔を思い出した。
いつも一人で過ごしていた。
文字の読み方や空の色について教えてくれた。
きっとえらい人だったのに、突然どこかへ連れて行かれた。
「あのじーちゃんも、キルシェみたいに、どこかでたたかってるのかな?」
キルシェは夢を見た。
両親と兄と姉と再会して、また一緒に楽しく暮らす。
だけど未来というよりは、どこか知らない世界で生きているような。
祝福するように優しく頭を撫でられた、そんな感触だけを、目が覚めた後もしばらく覚えていた。
けれどもそれさえ波が打ち寄せるように現実で上書きされた。具体的には不穏な噂によって。
『次の敵はジャンクテイマーだそうで』
『あちらとしちゃあ、このまま全部制圧されるわけにもいかないもんなあ。奪う相手がいなくなりゃあ死活問題だ』
『奪うのやめさせるっていうのは無理な相談?』
『あのなあ、人間一度おいしい思いしちゃうと、簡単にゃあ抜け出せないわけよ。そのうち欲望以外の感情が錆びついてボロボロになっちまう。哀れな人間の末路は……』
気まぐれに拾われた通信をぼんやり聞きながら、キルシェは昔の遊び場に居着いていた老人の顔を思い出した。
いつも一人で過ごしていた。
文字の読み方や空の色について教えてくれた。
きっとえらい人だったのに、突然どこかへ連れて行かれた。
「あのじーちゃんも、キルシェみたいに、どこかでたたかってるのかな?」
◆9回更新の日記ログ
幸運の女神とやらが本当にいるとしたら、その祝福は戦場で発揮されてほしいものだ。
味方となり得るテイマーの拠点へ勝手に侵入するときではなく。
偶然手に入れたステルス試作機はキルシェにとって「面白い遊び道具」認識らしい。
前のフレームよりも機敏に動き回れることに気づいたはいいが、今のところは平時に遊び回るために使われている。問題はその性能を戦闘時に発揮できていないことだろう。
まずは加速、次に敵を捕捉、それから攻撃。その流れはさすがに理解したようだが、加速するたびに動きがぎこちなくなるのだ。本人の操作が機体の速度に追いつかないのかもしれない。もたもたしている間に減速し、以下繰り返し。
戦った先にしか未来はない。状況的には仕方がない。
戦うことを全く躊躇しない。お子様には似合わない。
これまでに集まった情報を横断的に見ると、より大きな敵がそのうち現れる可能性を捨てきれない。
せめて大人たちの足は引っ張らないでおくれ。
味方となり得るテイマーの拠点へ勝手に侵入するときではなく。
偶然手に入れたステルス試作機はキルシェにとって「面白い遊び道具」認識らしい。
前のフレームよりも機敏に動き回れることに気づいたはいいが、今のところは平時に遊び回るために使われている。問題はその性能を戦闘時に発揮できていないことだろう。
まずは加速、次に敵を捕捉、それから攻撃。その流れはさすがに理解したようだが、加速するたびに動きがぎこちなくなるのだ。本人の操作が機体の速度に追いつかないのかもしれない。もたもたしている間に減速し、以下繰り返し。
戦った先にしか未来はない。状況的には仕方がない。
戦うことを全く躊躇しない。お子様には似合わない。
これまでに集まった情報を横断的に見ると、より大きな敵がそのうち現れる可能性を捨てきれない。
せめて大人たちの足は引っ張らないでおくれ。
◆8回更新の日記ログ
『そう、この世界って、終わるんですよ』
夢の中でささやかれた言葉の破片を正確に覚えていられる者はどれだけいるのか。
キルシェは間違いなくその中に入らない。「終わり」の先にも歩いていける未来があるなんて言われてもさっぱり理解できない。起床した時点で既に、夜空を覆う光の河の輝きが頭の片隅にぼんやり残っているだけだった。
『そこには面白い食べ物があるそうですよ』
お子様の扱い方を学習したAIにそそのかされ、キルシェは南東柱から少し北に位置する島を目指すことにした。
行く手をうろつく野生の未識別機動隊を蹴散らしたら、お返しとばかりに強く殴られて吹っ飛ばされた。海上に漂う何かを浮き代わりにしがみついたのは知識ではなく本能からの行動だろう。
すがりついた物体が上空から降ってきたコンテナだと判明したのは、目的の島に泳ぎ着いた後だった。
『これは【漂着の海】へのお届け物です』
「おとどけもの?」
『受取人のところへ届けるとごほうびをもらえます。でも、今は危険な敵が接近していますから、それをやり過ごしてから行きましょう』
ごほうびと聞いてキルシェの目が輝いた。テンションの変化を検出したAIは直後に重要な情報を付け足し、今すぐ届けたいと言い出しかねないパイロットを牽制した。
……大きな山場が迫る。
ついでにもうひとつ、出会いの舞台となる「船」も近づいている。
夢の中でささやかれた言葉の破片を正確に覚えていられる者はどれだけいるのか。
キルシェは間違いなくその中に入らない。「終わり」の先にも歩いていける未来があるなんて言われてもさっぱり理解できない。起床した時点で既に、夜空を覆う光の河の輝きが頭の片隅にぼんやり残っているだけだった。
本日のニュースです
昨日、ピグマリオン・マウソレウムによる
戦史を鼓舞する楽曲が発表されました
やがて、戦いを見守る人々の間に流れゆくことでしょう
戦う人々に祝福を……我々は、生き続けるのです
『そこには面白い食べ物があるそうですよ』
お子様の扱い方を学習したAIにそそのかされ、キルシェは南東柱から少し北に位置する島を目指すことにした。
行く手をうろつく野生の未識別機動隊を蹴散らしたら、お返しとばかりに強く殴られて吹っ飛ばされた。海上に漂う何かを浮き代わりにしがみついたのは知識ではなく本能からの行動だろう。
すがりついた物体が上空から降ってきたコンテナだと判明したのは、目的の島に泳ぎ着いた後だった。
『これは【漂着の海】へのお届け物です』
「おとどけもの?」
『受取人のところへ届けるとごほうびをもらえます。でも、今は危険な敵が接近していますから、それをやり過ごしてから行きましょう』
ごほうびと聞いてキルシェの目が輝いた。テンションの変化を検出したAIは直後に重要な情報を付け足し、今すぐ届けたいと言い出しかねないパイロットを牽制した。
……大きな山場が迫る。
ついでにもうひとつ、出会いの舞台となる「船」も近づいている。
◆7回更新の日記ログ
「……あれ?……あれー?」
キルシェは撃墜された。
慣れないフレーム、貧弱な装備、味方がいない場所での敵襲、すべてが逆風となった。
操縦棺から最後に見たのは天を貫く光の柱――
帰らなければ
故郷で が待っているんだ
報せなければ
この世界が という を
「おーい、そろそろ起きろー」
目を開けたキルシェの前にいたのは、父の知り合いだと言っていた整備士たちだった。
海の底からどうやって工場に戻ってきたのかは思い出せなかったが、少しも気にならなかった。それより重大な謎が小さな脳味噌の中を埋め尽くしていたからだ。
知らない場所で知らない誰かと話す記憶。
どこかの戦場で仲間を失い敗走する記憶。
何一つ心当たりがないくせに、どうしてか懐かしい。目の奥に焼きついて離れない。
「どうした、お前さん。変な夢でも見たか?」
「ゆめ? ……そっかあ。ゆめかあ」
キルシェは簡易ベッドの上に座り込んだ。
グレムリンに乗り、暗い空を飛び、現れた敵と戦う。
最初のときは直感に従ってそうしていた。
その後はAIに言われるままそうしていた。
でも。
もっと前から、ずっとそうしていたような気がするのは、どうしてだろう?
「りんくぺーじのために、ってなあに?」
「いや全然分からん」
「じゃ、さがしにいーこうっと」
「はい??」
光の柱の近くで聞いた、祝福にも似た響きの言葉を、キルシェはそうと気づかないまま繰り返した。そしてあっけにとられる整備士をよそに再び愛機のもとへ向かった。
進んだ先にヒントがありそうな予感に従って。
キルシェは撃墜された。
慣れないフレーム、貧弱な装備、味方がいない場所での敵襲、すべてが逆風となった。
操縦棺から最後に見たのは天を貫く光の柱――
帰らなければ
故郷で が待っているんだ
報せなければ
この世界が という を
「おーい、そろそろ起きろー」
目を開けたキルシェの前にいたのは、父の知り合いだと言っていた整備士たちだった。
海の底からどうやって工場に戻ってきたのかは思い出せなかったが、少しも気にならなかった。それより重大な謎が小さな脳味噌の中を埋め尽くしていたからだ。
知らない場所で知らない誰かと話す記憶。
どこかの戦場で仲間を失い敗走する記憶。
何一つ心当たりがないくせに、どうしてか懐かしい。目の奥に焼きついて離れない。
「どうした、お前さん。変な夢でも見たか?」
「ゆめ? ……そっかあ。ゆめかあ」
キルシェは簡易ベッドの上に座り込んだ。
グレムリンに乗り、暗い空を飛び、現れた敵と戦う。
最初のときは直感に従ってそうしていた。
その後はAIに言われるままそうしていた。
でも。
もっと前から、ずっとそうしていたような気がするのは、どうしてだろう?
「りんくぺーじのために、ってなあに?」
「いや全然分からん」
「じゃ、さがしにいーこうっと」
「はい??」
光の柱の近くで聞いた、祝福にも似た響きの言葉を、キルシェはそうと気づかないまま繰り返した。そしてあっけにとられる整備士をよそに再び愛機のもとへ向かった。
進んだ先にヒントがありそうな予感に従って。
本日のニュースです
ジャンク財団は各地からコンテナを回収、集積しているようです
これが何を意味するか、我々はまだ察知していません
一説によると、ジャンク財団の新型グレムリンの開発に
何かしら関わっているというものがあります
我々の未来は、いまだ闇の中です
戦いましょう、生き残りをかけて……
◆6回更新の日記ログ
本日のニュースです
ジャンクテイマーを裏で支配する組織を
三大勢力はジャンク・ファウンデーション、ジャンク財団と名付けました
いくつかの企業が裏でジャンク財団に参入しているとの噂が流れています
我々の未来は、いまだ闇の中です
戦いましょう、生き残りをかけて……
青い花咲く拠点に響く、調子外れの流行歌。ネット接続した端末から流れる無機質なニュース音声と競い合い、わけのわからない雑音を作り出している。
「待ってくださいリーダー、この機体は」
「前に試作機のテストパイロットを募集しただろ。プレッセンはあのとき応募してきた傭兵の一人だ。まあ抽選には落ちていたが」
「落ちてたんですか……いや違うんです、それが」
「こんな最悪の状況で、せっかくここまでたどり着いてくれたんだ。今戦えるのはあいつらだけなんだろ。少しは手助けしてやらないと」
「あの、リーダー、その前にですね」
「ふわー!!」
「なんでこんなところにガキがいる、つまみ出せ!」
「つまみ出さないでください、そのグレムリンのパイロットなんです!」
「わけわからんこと言うな!」
「本当ですって、さっき降りてくるところをこの目で見ましたし、ログにも残っているはずです!」
「二人ともストップ!」
「誰かこいつら引き離すの手伝ってくれ~!」
「なにこれかっこいい~!」
……十五分後。
「プレッセンの子供が、親父と同じ機体を拾って乗ってきた、ねえ」
「じゃあ最近出てきた謎のグレムリンとやらっていうのは……」
「おっちゃんたちって、とーちゃんのともだち?」
「友達っていうわけじゃなくてだな、その」
「そんな細けえことどうだっていいだろ。今はこいつをどうするか。ガキに乗りこなせるとは思えないんだが」
「パイロットに確認も取らないで勝手にフレーム換えたのはリーダーですよね?」
「うるさいっ!」
長い話し合いと短い説明ののち、試作機についてはとりあえずそのまま使ってもらい、錆びたフレームの方は研究に回されることになった。
◆5回更新の日記ログ
【ブログ形式】
この世界はすべてが戦場だ。
実際にドンパチやっていようと裏方やっていようと、味方を失う場面はいつかやってくることを、忘れちゃいけない。
近しい関係、多少話したことがある奴、名前しか知らない奴。それか自分。誰が貧乏くじを引いたか、っていう程度の差だろう?
一緒に戦い続ける未来しか想像してなかった、なんて言われた日には即刻通信を切るね。
いや、いたんだよ、実際そんなことをほざいてた奴。
仲間を信じるのは悪いことじゃない、でも「いつか」は「まさか」が来る。そうなればさっさと割り切らなきゃならない。コンテナだけでも守ったり、目の前の標的を狙ったり、他の奴らに声かけて撤退したり。すべきことは山積みのはずだ。
でも、突然現れた「いつか」の前であいつは、いや俺たちは選択を誤った。
あのとき、あいつが最適な行動を瞬時に見極めて戦線離脱できていたら、俺は。
今ここで信じられない報告に動揺しなくて済んだのに!
あいつのにそっくりな機体に出くわしたなんて、例の噂のまんまじゃないか!
でもまあ、あちこちで起きてることだっていうし、しょうがない。腹をくくろう。
もし敵に回ったのなら遠慮なく落とす。どうせたいして強くはないだろうし。
ただのそっくりさんだったら、そうだな、今度は早めに逃げ出せるよう誘導でもしてやろう。
「生きて帰れば大勝利」……それがあいつの口癖だったし。
この世界はすべてが戦場だ。
実際にドンパチやっていようと裏方やっていようと、味方を失う場面はいつかやってくることを、忘れちゃいけない。
近しい関係、多少話したことがある奴、名前しか知らない奴。それか自分。誰が貧乏くじを引いたか、っていう程度の差だろう?
一緒に戦い続ける未来しか想像してなかった、なんて言われた日には即刻通信を切るね。
いや、いたんだよ、実際そんなことをほざいてた奴。
仲間を信じるのは悪いことじゃない、でも「いつか」は「まさか」が来る。そうなればさっさと割り切らなきゃならない。コンテナだけでも守ったり、目の前の標的を狙ったり、他の奴らに声かけて撤退したり。すべきことは山積みのはずだ。
でも、突然現れた「いつか」の前であいつは、いや俺たちは選択を誤った。
あのとき、あいつが最適な行動を瞬時に見極めて戦線離脱できていたら、俺は。
今ここで信じられない報告に動揺しなくて済んだのに!
あいつのにそっくりな機体に出くわしたなんて、例の噂のまんまじゃないか!
でもまあ、あちこちで起きてることだっていうし、しょうがない。腹をくくろう。
もし敵に回ったのなら遠慮なく落とす。どうせたいして強くはないだろうし。
ただのそっくりさんだったら、そうだな、今度は早めに逃げ出せるよう誘導でもしてやろう。
「生きて帰れば大勝利」……それがあいつの口癖だったし。
◆4回更新の日記ログ
キルシェは砂漠の真ん中で迷子になった。
まともな傭兵なら謎の蜃気楼に捕まった時点で異変に気づいたかもしれないが、何もかもが初めて見るものばかりだからと終始興奮していたお子様にそれは難しいだろう。
そもそも自分が果たすべき目的――フロントラインとか領域解放とか――を完全に忘れているのだから尚更だ。
同じルートを何周もぐるぐる回っているうち、偶然にも砂漠の貴婦人を見つけた。
砂の城を作った経験どころか砂遊びという言葉自体知らない。しかし一度気になったものは輝いて見える。ただ直感に身を任せ、グレムリンから飛び出した。
「なにあれおもしろそう!キルシェもやるー!」
ひとしきり遊んで、少ししかない水を分け合って、ご満悦といった顔でキルシェは戻ってきた。
この脳天気な子供が不死者と何を話したのかは本人たちしか知り得ないし、その本人たちだってもう覚えていないかもしれない。
とにかく再びグレムリンを起動したまではよかったが、もう一度蜃気楼へ飛び込もうとしたので、さすがにAIが割って入った。
グレイヴネットの端末はキルシェが巷を騒がせる奇妙な噂へとアクセスするよう誘導してみたが、全く興味を示さなかったため、いったん違う話題に切り替えた。
『ところであっちの方に、変わった生き物がいる島があるんですって』
「いきたい!!!」
過去の亡霊も未来を失う危険も、キルシェの頭にはないらしい。
今がすべて。
それなら今この刹那の関心を、今まさに戦いが起きている方角へ向けさせるまでだ。
まともな傭兵なら謎の蜃気楼に捕まった時点で異変に気づいたかもしれないが、何もかもが初めて見るものばかりだからと終始興奮していたお子様にそれは難しいだろう。
そもそも自分が果たすべき目的――フロントラインとか領域解放とか――を完全に忘れているのだから尚更だ。
同じルートを何周もぐるぐる回っているうち、偶然にも砂漠の貴婦人を見つけた。
砂の城を作った経験どころか砂遊びという言葉自体知らない。しかし一度気になったものは輝いて見える。ただ直感に身を任せ、グレムリンから飛び出した。
「なにあれおもしろそう!キルシェもやるー!」
ひとしきり遊んで、少ししかない水を分け合って、ご満悦といった顔でキルシェは戻ってきた。
この脳天気な子供が不死者と何を話したのかは本人たちしか知り得ないし、その本人たちだってもう覚えていないかもしれない。
とにかく再びグレムリンを起動したまではよかったが、もう一度蜃気楼へ飛び込もうとしたので、さすがにAIが割って入った。
グレイヴネットの端末はキルシェが巷を騒がせる奇妙な噂へとアクセスするよう誘導してみたが、全く興味を示さなかったため、いったん違う話題に切り替えた。
『ところであっちの方に、変わった生き物がいる島があるんですって』
「いきたい!!!」
過去の亡霊も未来を失う危険も、キルシェの頭にはないらしい。
今がすべて。
それなら今この刹那の関心を、今まさに戦いが起きている方角へ向けさせるまでだ。
◆3回更新の日記ログ
キルシェはグレムリンの操作系統をよく理解していない。
突然話しかけてきたAIに返事をしたり、突然表示されたメッセージを画面外へ放り投げたり、パネル上のボタンを適当に叩いて遊んだりしていた。
するとそのうちのどれかに反応してニュースが読み上げられた。
『ふざけるな。俺たちが将来どうなってもいいっていうのか』
誰かがそんなふうに言っていたことを、キルシェはふいに思い出した。
その人は怒っていた。それはキルシェに対してではなかった気がする。
もっと大事なこと。もっと大きなこと。もっと悲しいこと。
「あ、そっか。にーちゃん!」
よく一緒に遊んでいた兄が、いつからか口をきいてくれなくなった。
ラジオを聞いたり、誰かからのメッセージを読んだりするのに夢中で、顔さえほとんど見せてくれなくなった。
そしてある日、突然いなくなってしまった。
何かを目指すと言っていた気がする。しかしその内容は少しも理解できなくて、記憶にも残らなかった。
「ナントカのナントカに、なれたのかな?」
でたらめな操作の一部に反応してワールドマップが表示された。
キルシェは何を思ったかマップ上で落書きを始めた。
最初に指を置いた場所が移動先に決定されたとも知らずに。
突然話しかけてきたAIに返事をしたり、突然表示されたメッセージを画面外へ放り投げたり、パネル上のボタンを適当に叩いて遊んだりしていた。
するとそのうちのどれかに反応してニュースが読み上げられた。
本日のニュースです
各地で戦闘が広がる中
奇妙なうわさがグレイヴネットを中心に広がっています
亡くなったと思われるグレムリンの姿を見たという噂です
我々の未来を脅かすものとなるのでしょうか
戦いましょう、生き残りをかけて……
『ふざけるな。俺たちが将来どうなってもいいっていうのか』
誰かがそんなふうに言っていたことを、キルシェはふいに思い出した。
その人は怒っていた。それはキルシェに対してではなかった気がする。
もっと大事なこと。もっと大きなこと。もっと悲しいこと。
「あ、そっか。にーちゃん!」
よく一緒に遊んでいた兄が、いつからか口をきいてくれなくなった。
ラジオを聞いたり、誰かからのメッセージを読んだりするのに夢中で、顔さえほとんど見せてくれなくなった。
そしてある日、突然いなくなってしまった。
何かを目指すと言っていた気がする。しかしその内容は少しも理解できなくて、記憶にも残らなかった。
「ナントカのナントカに、なれたのかな?」
でたらめな操作の一部に反応してワールドマップが表示された。
キルシェは何を思ったかマップ上で落書きを始めた。
最初に指を置いた場所が移動先に決定されたとも知らずに。
◆2回更新の日記ログ
【ブログ形式】
(A)
ここまで厳しい世界を生き抜いてきたつもりだったが、今日、初めて腰を抜かしそうになった。
お前ら見たことあるか?
コーンミールをものすごく旨そうに食う奴。
そう、あの黄色い泥だ。ニコニコ顔であれにがっつくガキがいた。
何言ってるのか分からないと思うが、俺だって今でも何かの間違いであってくれと思ってる。
今の若い世代はまともな食事を知らないから疑問を抱かなさそうだし、味覚なんかとっくに麻痺してそうだ(可哀想に)。感情を持たない兵器みたいなテイマーがいるって話を聞いたこともある(真偽不明)。だから不味そうな顔しないのはまだギリギリ分かる。
でも笑顔にはならないだろう。そこだけどうやっても説明がつかない。
ここまで書き出してみて思ったけど、やっぱり怖すぎだろ、なんなんだあいつは!
(B)
さっきのガキが、ここの職員だか兵士だかに事情を聞かれていた。
「ずっと何も食べてなかったってこと? じゃあ今までどうやって生き延びてきたの」
「わかんない」
確かにやせっぽちだった。しばらく飲まず食わずだったと聞いて納得するぐらいには。
でもそのガキはさっきまで、あの大挙して押し寄せてきたグレムリンのひとつに乗っていたらしい。
いや、本当に乗れるのか。聞こえた話と見た目を合わせて、年齢的にも身長的にもギリギリ、しかも年のほうは身分証が本物ならって但し書きがいる。
要するに怪しい。
とはいえ今の状況を考えれば貴重な戦力には違いないから、目をつぶるしかないのか。あの謎だらけのグレムリンは誰にでも扱えるものじゃなさそうな予感がするし。
マジでいったい何がどうなってるんだ!
(A)
ここまで厳しい世界を生き抜いてきたつもりだったが、今日、初めて腰を抜かしそうになった。
お前ら見たことあるか?
コーンミールをものすごく旨そうに食う奴。
そう、あの黄色い泥だ。ニコニコ顔であれにがっつくガキがいた。
何言ってるのか分からないと思うが、俺だって今でも何かの間違いであってくれと思ってる。
今の若い世代はまともな食事を知らないから疑問を抱かなさそうだし、味覚なんかとっくに麻痺してそうだ(可哀想に)。感情を持たない兵器みたいなテイマーがいるって話を聞いたこともある(真偽不明)。だから不味そうな顔しないのはまだギリギリ分かる。
でも笑顔にはならないだろう。そこだけどうやっても説明がつかない。
ここまで書き出してみて思ったけど、やっぱり怖すぎだろ、なんなんだあいつは!
(B)
さっきのガキが、ここの職員だか兵士だかに事情を聞かれていた。
「ずっと何も食べてなかったってこと? じゃあ今までどうやって生き延びてきたの」
「わかんない」
確かにやせっぽちだった。しばらく飲まず食わずだったと聞いて納得するぐらいには。
でもそのガキはさっきまで、あの大挙して押し寄せてきたグレムリンのひとつに乗っていたらしい。
いや、本当に乗れるのか。聞こえた話と見た目を合わせて、年齢的にも身長的にもギリギリ、しかも年のほうは身分証が本物ならって但し書きがいる。
要するに怪しい。
とはいえ今の状況を考えれば貴重な戦力には違いないから、目をつぶるしかないのか。あの謎だらけのグレムリンは誰にでも扱えるものじゃなさそうな予感がするし。
マジでいったい何がどうなってるんだ!
◆アセンブル
【頭部】に頭部《Wolf singt》を装備した
【腕部】におにごっこを装備した
【操縦棺】にしまっちゃうはこを装備した
【脚部】にぞうさんを装備した
【エンジン】におばけたまごを装備した
【索敵】にジャミングバードを装備した
【主兵装】ににじいろぶれーどを装備した
【背部兵装】についんびーとを装備した
【機動補助】に追風幻影推進器を装備した
【機動補助】にちょーとっきゅうを装備した
◆僚機と合言葉
(c) 霧のひと