第23回目 午前2時の死喰い鳥のザミエル
プロフィール
経歴 10代半ばの少年の姿の傭兵。 第一次七月戦役の末期から姿を目撃されていること、粉塵に汚染される前の世界のことを知っている素振りを見せたという情報から、見た目通りの年齢でないことはほぼ確実。 保険会社と契約し、戦闘後に撃墜され海に投げ出された傭兵を回収する副業をしている。 Illust.@aobasi@teiki |
◆日誌
仕事が忙しくて婚期を逃して45歳になってしまったが、特に後悔はしていない。
兄に成人済みの姪っ子がいるし、次男坊のぼくは気楽なものだ。
しかし、脳裏にちりちりとしたノイズが入るような感覚と
違和感を時折感じるようになった。
健康診断では何の異常も無く、原因は不明。
今日も出勤前にゴミ袋を持って所定のゴミ置き場へ向かう。
そこで見つけたのは――見慣れない服を着た、薄汚れた少年の――。
死体ではない。ボロボロの全身義体だ。
壊れかけたカメラアイがぼくの顔を映す。
ボロボロではあるものの、その顔は儚げな美少年だった。
「……でぃ、ディルク……。また、会えた……」
本日のニュースです
ザザッ……ザーーーーッ
ザザッ……ザーーーーッ
ザザッ……ザーーーーッ
ザザッ……ザーーーーッ
傷跡を、我が手に
本日のニュースです
ザザッ……ザーーーーーッ
ザザッ……ザーーーーーッ
ザザッ……ザーーーーーッ
ザザッ……ザーーーーーッ
ザザッ……ザーーーーーッ
希望を、我が手に
――なあ、どうして、きみはぼくの名前を知っている?
どうして、きみはそんな顔をするんだい?
……頭が、割れそうなほど、痛い。
◆23回更新の日記ログ
「破滅の今際にて、停滞せよ、世界」
「世界はいまのままで十分、美しいのだから」
去る7月8日、廃工場で聞いたフレーズが目の前で繰り返される。
フヌの今際に提供されたデータでのシミュレーションは、絶望的な結果だった。
司るは停滞と永劫。強引な加速機構で停滞を破る算段はついたが、
俺たちが駆るグレムリンとは格が違うと言わんばかりに、攻撃が通らない。
だが、フヌの残したメッセージ、ここでヴォイドステイシスが傭兵と相対していること。
このふたつの事実から、まだ勝機はゼロではない、と考える。
奴の時間凍結が真に完全なモノであるならば、
ここで俺たちと相対する必要はない。世界ごと停めてしまえばいいはずだ。
つまり、何かしらの穴があるという可能性がある。
そしてこれは、傭兵としての経験則だ。
あちらにとっては無敵状態で雑魚を潰すだけの作業に過ぎないはず。
そうやって勝利を確信している相手ほど、狩りやすい存在もない。
想いに応えるだの、神だの、世界だの、馬鹿馬鹿しい。
そんなもの、コミックや映画の中で充分だ。
――悪鬼は応えるはずだ。
培った技術と経験、日々の整備に。
本日のニュースです
ザザッ……ザーーーーッ
ザザッ……ザーーーーッ
ザザッ……ザーーーーッ
ザザッ……ザーーーーッ
傷跡を、我が手に
本日のニュースです
ザザッ……ザーーーーーッ
ザザッ……ザーーーーーッ
ザザッ……ザーーーーーッ
ザザッ……ザーーーーーッ
ザザッ……ザーーーーーッ
希望を、我が手に
――停滞を望むなら、1人でそうしていろ。ヒトを勝手に巻き込むな。
◆22回更新の日記ログ
見たこともない文様が刻まれた壁と床。
ここがタワー中層部、神秘工廠《ゼラ》だという。
[ERROR] [ERROR] [ERROR] [ERROR] [ERROR] [ERROR]
[ERROR] [ERROR] [ERROR] [ERROR] [ERROR] [ERROR]
調査する時間はほぼなく、耳障りなビープ音が響き渡る。
立ちはだかるのはジャンク財団の将軍のひとり、ベルコ=ウルの成れの果て。
今回の黒幕、《リヴ》に時間稼ぎの前座として引っ張り出されたようだ。
[WARNING]
A ILLEGAL EVOLVED THING
IS
ENTERING THE BATTLE FIELD
*D*E*S*T*R*O*Y*
THE
TARGET
明らかにこちらをロックオンして戦闘態勢に入っている。
……同情はしない、お前の自業自得だ。
だが、引導を渡すくらいはしてやる。
本日のニュースです
ザザッ……ザーーーーッ
ザザッ……ザーーーーッ
ザザッ……ザーーーーッ
ザザッ……ザーーーーッ
傷跡を、我が手に
本日のニュースです
ザザッ……ザーーーーーッ
ザザッ……ザーーーーーッ
ザザッ……ザーーーーーッ
ザザッ……ザーーーーーッ
ザザッ……ザーーーーーッ
希望を、我が手に
◆21回更新の日記ログ
本日のニュースです
ザザッ……ザーーーーッ
ザザッ……ザーーーーッ
ザザッ……ザーーーーッ
ザザッ……ザーーーーッ
傷跡を、我が手に
虚空領域の中心に聳え立つ建造物、タワー。
数少ない陸地でもあり、そのふもとは人口密集地でもある。
しかし、その正体は謎に包まれたまま。
23年前の七月戦役の発端が三大勢力のタワー採掘権を巡った争いだったわけで、
『富をもたらす正体不明の巨大遺跡』と言えるわけだ。
そしてその認識は現在でも変わらないというわけなのだが、
全ての領域が解放された今、タワーに変化があった。
タワー中層部、ヒヨコ立像領域への侵入。
すぐ近くで生活していながら、詳細が何も分からなかった領域だ。
とは言え、やる事は変わらない。
立ちはだかる敵を撃墜し、相棒とともに生還する。
実にシンプルな話だ。
本日のニュースです
ザザッ……ザーーーーーッ
ザザッ……ザーーーーーッ
ザザッ……ザーーーーーッ
ザザッ……ザーーーーーッ
ザザッ……ザーーーーーッ
希望を、我が手に
◆20回更新の日記ログ
本日のニュースです
ザザッ……ザーーーーッ
ザザッ……ザーーーーッ
ザザッ……ザーーーーッ
ザザッ……ザーーーーッ
傷跡を、我が手に
グレイヴネットの電波障害が酷い。
創設者のヴルッフが死んだという噂は死の16時間の後から流れていた。
グレイヴネットが普及したのは10年ほど前。
生活は非常に便利になり、あらゆる物がグレイヴネットの存在を前提とした物となった。
この船のシステムもご多分に漏れないのではあるが、
建造時の、つまりグレイヴネットが普及する前の設備がほぼそのまま残っている。
そろそろ建造から四半世紀ほど過ぎた船だが、逆にその古さが今回は功を奏した。
やれやれ、10年ほど眠っていた船舶無線をまた引っ張り出すことになりそうだ。
本日のニュースです
ザザッ……ザーーーーーッ
ザザッ……ザーーーーーッ
ザザッ……ザーーーーーッ
ザザッ……ザーーーーーッ
ザザッ……ザーーーーーッ
希望を、我が手に
◆19回更新の日記ログ
久しぶりの母港、他のクルーは自由時間ということで、
船室で休んだり街で買い物を済ませたりと各々過ごす。
ぼくはというと、航海中はいつでも出撃の可能性があるという理由で、
しばらく出来ていなかったザミエルの身体のメンテナンスをしていた。
20年もの間、ぼくはザミエルのメンテナンスを担当してきた。
白磁製の人形のような肌は血色を表現するための人工皮膚の層を
真っ白な防刃シートに換装したり、バッテリーを増設したり、
関節部や人工筋肉は軍用のハイパワーモデルに差し替えるなどしているものの、
15歳の少年の姿はほとんど変わらない。
戦後は大幅に技術が後退して、ベースとなるボディは変えるに変えられないのだ。
本日のニュースです
ザザッ……ザーーーーッ
グレイヴネット障害が続き……ザザッ
人々の分断は……
あなたの傷跡って、何?
そういえば、あれはこの船を買って引っ越して生活が落ち着いた頃のことだった。
いつもと変わらず、ザミエルのメンテナンスを済ませた後、
脱衣かごの底に当時彼が常に着けていた金属製の細い円筒状のネックレスが
置き去りにされていた。
ぼくはすぐにザミエルの部屋に届けに行ったが、
「もう俺には必要ない。処分しておいてくれ」とあっさり受け取りを拒絶された。
言われた通りに処分するのも気が引けて、
しばらくの間ぼくのデスクに置きっぱなしになっていた。
それをある日、半ば興味本位で封印を解いてみた。
中は完全に密封状態になるよう仕掛けが施されていて、肝心の中身は、切り揃えられた黒くて細い毛髪と、一本の記録媒体。
毛髪のほうは生身の身体だった頃のザミエルのものだろう。もうひとつの記録媒体は……震える手で端子に滑り込ませ、読み込んだ。
「これは……!」
―――何が『俺には必要ない』だよ、ザミエル……
これは、ぼくが責任を持って預かっておく。
本日のニュースです
ザザッ……ザーーーーーッ
……次々と解放されていく領域……ザザッ
……あと一歩です……ザザッ
大規模な電波障害が……ザザザッ……
あなたの希望って、何?
◆18回更新の日記ログ
本日のニュースです
謎の光、謎の声、謎の音が各地で広がります
時を同じくして、常識では考えられない未識別機動体も出現
十二条光柱はさらに光を強めます
戦火の傷跡は大きく、我々はいま試されています
およそ20日ぶりにタワーに帰ってきた。
民間の急ごしらえの武装船がほぼ無傷で帰って来れたのは奇跡と言える。
いち早く解放された領域だけあって、他の地域よりもよほど復興が進んでいた。
とはいえ、完全に機能が回復したわけでもない。
馴染みの地下商店街にはシャッターが下りている店も多いし、
コモン・テイル・ストアも欠品のある棚が散見される。
残り2割の領域を取り戻す旅の、最後の大型補給になるだろう。
本音を言うのなら人員の補強が急務だ。
とはいえ、即戦力になる技術者は既に他の船に乗っているのだろうが……。
本日のニュースです
ついに財団残党の最後の砦が破壊され
残す敵は未識別機動体のみとなりました
そして姿を現したケイジキーパー
もう少し、もう少しで世界を……
希望がある限り……私たちは、生き残れるのです
◆17回更新の日記ログ
今日のシフトが終了した。僚機のイゾルフとともに帰投し、整備用のハンガーに愛機を格納する。
哨戒はクラリスと平太のコンビと交代になる。
食堂に流れるクルーをよそに、サーバールームへと向かう。
本日のニュースです
各地で財団残党の抵抗激しく、
追撃する各勢力の軍にも損害が出ています
十二条光柱が強く光り、それはまるで争う人々を
咎めるかのように点滅します
戦火の傷跡は大きく、我々はいま試されています
サーバーメンテナンスを終え、風呂でも入るかと思った矢先。
船全体を揺るがす揺れと轟音。反射的に周囲のマシンを抑える。
「おい通信室、応答しろ!何があった!!」
「現在死空将軍エアリアル=タイド含む未識別と交戦中!戦況は――」
ふたたび、揺れと轟音が船を襲った。
本日のニュースです
残す奪還領域は12領域となりました
間もなく領域覚醒となる場所も多く
未識別機動体によって奪われた世界が
いままさに我々の手に取り戻されようとしています
希望がある限り……私たちは、生き残れるのです
揺れはその2回で打ち止めだった。
未識別機動体は全機撃墜したものん、クラリス、平太の機体は大破。
パイロットに大きな怪我がなかったことと、船体へのダメージが軽微だったことが救いではあった。
大破した機体をクレーンで引っ張り上げ、格納庫の重整備ドッグへと格納する。
整備班が慌ただしく動いている中、機体のログを拝借する。
2人の機体はいわば防空砲台と言える構成だ。
高速機動をウリにするエアリアル=タイドを接近までに墜としきれず、
肉薄されたようだった。
狙撃砲を至近距離で当てきれたのは流石と言ったところだが。
「危なかったな……」
ため息をつく。今回は助かったが、
一歩間違えば全員海の藻屑となるところだった。
なにかしら、手を打つ必要があるだろう。
◆16回更新の日記ログ
本日のニュースです
真紅連理義勇兵の損傷が大きくなっています
真紅連理は義勇兵の派遣にかなり力を入れています
それは終戦後の影響力を高めようとする狙いがあるようです
戦火の傷跡は大きく、我々はいま試されています
本日のニュースです
全領域のおよそ3/4を奪還しました
快進撃は続き、もはや敵は残りわずかです
平和な時代が必ず来ると信じています……
希望がある限り……私たちは、生き残れるのです
つけっぱなしのラジオのスピーカーから音声が流れ続けている……
◆15回更新の日記ログ
本日のニュースです
昨日、赤渦で異形のグレムリンとの前哨戦があり
真紅連理偵察隊が全滅する事態となりました
敵は最大の力を適時使い、必要とあれば使わずに撤退しています
戦火の傷跡は大きく、我々はいま試されています
一般的なグレムリンが人型なのは、
操縦する者の思念が伝わりやすいからだという。
世界各地に現れた8体のグレムリン。
ジャンク財団の演説の映像から現れるそれは、どいつもこいつも異形の姿だ。
――では、そんな異形のグレムリンを駆るモノたちは、果たして人なのだろうか?
本日のニュースです
昨日、解放された横道潮流で慰霊祭が行われました
いまだ行方不明な方も多い中、戦闘は続いています
笑い合える日が来ると信じて……
希望がある限り……私たちは、生き残れるのです
◆14回更新の日記ログ
本日のニュースです
昨日、静かの海で食料運搬船が襲撃を受け
守備隊は全滅、多くの食料が奪われました
ジャンクテイマーの犯行と見られています
戦火の傷跡は大きく、我々はいま試されています
食堂ホールの喧騒を尻目にコーヒー片手に端末をチェックする。
今日この船は会食でお祭りムードだ。
タワーからの出立時に別行動していた隊との合流、
ジャンク財団への強襲前の壮行会も兼ねてのものだ。
何人かの下戸、もしくは酒癖がよろしくないクルーには有事のために
アルコールを摂らないようにとお達しが出たが、俺もその一人だ。
そもそも食事が出来ない身体だから、そうなるのは必然なのではあるが。
何もないことを祈るが、何かあったら真っ先に動ける人間の中に間違いなく俺は入る。
自分はこの空気を楽しむことは出来そうにないが、
知っている顔が幸せそうにしているのを眺めるのも悪くはない。
そう独り言ちながらいつも通り隅でコーヒーの香りだけを楽しんでいた。
本日のニュースです
昨日、赤の海において大規模なジャンク討伐が行われました
ジャンクテイマー12機を撃破する大戦果を上げました
領域は解放され、どこかに潜むという異形のグレムリンを探します
希望がある限り……私たちは、生き残れるのです
◆13回更新の日記ログ
本日のニュースです
各地でジャンク財団による略奪や破壊が横行しています
彼らは未識別機動体を指揮し、手駒として活用しています
我々は厳しい戦いを強いられています
戦火の傷跡は大きく、我々はいま試されています
「……人は増えたが忙しさは変わんねえな。
それどころか整備チームを中心に残業がだいぶ増えてる。」
独り言ちつつ、船内のサーバールームでモニターと向き合う。
上着の前を閉め、冷房でよく冷えた部屋でキーボードを叩く。
ザミエルはこの船のローカルサーバーの管理人も兼任している。
出港前にクルーが増え、労務管理などのために突貫でサーバーを用意することになったのだ。
傭兵との兼業はあまりいい手ではなかったが、他に動ける人間が居なかったという事情もある。
当時、ディルクは外との折衝で忙しく、ツォルンは錆びたグレムリンを使いものにするのにかかり切り、
イゾルフは台車を引いて船内を走り回っていた。そしてザミエルは肉体労働に向いているわけでもないし、
電化製品に関しては詳しかったため、消去法でサーバーの管理を任されることとなった。
アクセスする人間が50人もいない小規模サーバーのメンテナンス自体はそこまで難しい作業ではない。
サーバールームの掃除まで済ませると、軽く伸びをする。
「さて、航空者サマのパーツ解析に戻るか……」
そういえば俺、今日非番じゃなかったか?
この勤怠システム、意味なくねえ?
本日のニュースです
小群島ではいま復興が加速しています
安全になった土地には、戦禍を逃れ人々が集まります
やがて商業施設もでき、大きな街になるでしょう
希望がある限り……私たちは、生き残れるのです
◆12回更新の日記ログ
本日のニュースです
昨日、ジャンクテイマーによる大規模な略奪が発生
横道潮流にて、船2隻を奪われるという悲劇がありました
乗員や市民の安否は不明です
戦火の傷跡は大きく、我々はいま試されています
ジャンクテイマー。
戦後のプロパガンダにより、地位が向上していたグレムリンテイマーの中で、
さまざまな事情で賊に身を落とし、軽蔑の対象となっていた連中。
いつから『そう』なっていたのかは不明だが、
そいつらはただの『負け組』ではない、ということが判明してきた。
個々の独立した賊ではなく、地下に潜り密かに巣を広げていたらしい。
そうなれば、むしろ不利なのは小さい規模で活動する俺たち傭兵だ。
世界各地に点在するジャンクテイマー、否、ジャンク財団と名付けられた連中の巣が炙り出されつつある。
テララーニャにも青花師団から巣の掃討の打診が来ていると、ディルクが言っていた。
南西柱に着いたあたりから未識別の新型も毎回のように発見される上にこれだ。
「……どうやら休む暇もないらしいな」
先に南進していた連中を拾ってシフトに余裕が出るかとも思ったが、そんなことはないようだ。
本日のニュースです
タワー港湾部に大規模な食物生産プラントが建設されました
施設の多くは仮設ですが、安定的な食物供給が期待されています
瓦礫の目立つ敷地内にも、機械の活動する音が響きます
希望がある限り……私たちは、生き残れるのです
◆11回更新の日記ログ
粉塵に覆われた空の陽が沈む。ぼんやりと明るい世界はほどなくして闇に包まれる。
今日も甲板の哨戒シフトが終わった。
機体をハンガーまで戻し、ぽつぽつと食堂へ流れていく人の流れを見送る。
ガレージの隅に置いてある、予備機となっているジズの元へ向かう。
保守のためには毎日来る必要もないのだが、ここ数日は他に目的があった。
7月8日にこの機体に一体何が起こり、被撃墜という結果になったのか。
原因は何か?今の乗機でもそれが発生する可能性はあるのか?
今までも気になってはいたものの、本腰を入れて調べる時間が無かったのだ。
つい先日南方方面で真紅連理からフレームを受領した別動隊が合流した。
そのため比較的シフトにも余裕ができたというわけだ。
本日のニュースです
バイオ研究所は新しき理論を提唱し
バイオ兵器と人間の融合が可能である論文を発表しました
ヴォイド・エレベータから得た知識をもとに
バイオ臓器移植技術を発展させ、バイオ生命体へと融合するということです
希望がある限り……私たちは、生き残れるのです
ラジオを背景に流しつつ、詳細な当時のログを目視で確認する。
「……突然メインシステムが落ちたみてえだな。無線を聞く限り他の機体も似た状況だ」
戦後、グレムリン技術を牛耳っていたのはTsCだ。
あの日まで稼働していたグレムリンは多かれ少なかれどこかにTsCの技術が使われている。
そしてあの日の未明、TsCが壊滅。グレムリン技術の管理を目的としていたのなら、
本拠地が落ちたら停止するシステムでも仕込んでいたのだろうか。
「だが、あの後動くグレムリンもある。てことは、TsCのプログラムが悪さをしてるってことか……?」
このグレムリンは純正のTsC製グレムリンではない。しかし、戦後に傭兵として仕事をするにあたり、いくつもプラグインを入れてカスタムしていた。言うまでもなく、その中にTsC製の物もある。
「TsC製のプログラムを抜けば、再起動するのか……?」
おびただしい量の文字の並ぶパネルを睨みつつ、そんなことを呟く。
都合の良すぎる話だし、手間も時間もだいぶ掛かる。
その思案は、突然のサイレンに遮られる。
『――緊急警報。周辺海域に未識別機動体を確認、数30機以上。各員、戦闘配置へついてください。繰り返します、緊急警報――』
「ザミエル、いつでも出られる。ジズはすぐ出せるか?」
海が荒れ始めているのか、床がぐらりと揺れた。
本日のニュースです
ジャンク財団の攻勢は日々激しさを増しています
彼らはコンテナを抱える傭兵や集落に執拗な攻撃を行います
多くの街が焼かれ、物資が奪われています
戦火の傷跡は大きく、我々はいま試されています
◆10回更新の日記ログ
――グレイヴネットにとある動画がアップロードされた。
航空者、ないし《グレムリンズ・ギフト》と名乗る者と、
ジェト並びにコープスメイデン隊が会話している様子を記録したものだ。
虚空領域に存在する航空機では飛翔できない高度を悠々と飛び、気まぐれにコンテナを落としていく謎めいた存在。
そいつらはグレムリンの設計者と名乗り、グレムリンは世界の救済をする神と宣った。
本日のニュースです
犠牲は大きく、多くの都市や船が焼かれました
その損害は計り知れません
復興には100年とも1000年とも言われています
戦火の傷跡は大きく、我々はいま試されています
グレムリンを実用化したのはテイマーズケイジというのがこの世界の常識だ。
だが、彼らはグレムリンを『一から作った』のではなく、『発掘し、レストアした』に過ぎない。
戦後のプロパガンダによりそのあたりはぼかされてはいるから、
テイマーズケイジがグレムリンの製作者だと思っている者も一定数居るだろうが。
よくよく考えれば、グレムリンを作った大本の者がいてもおかしくはない。
言うまでもなく、そんな連中とコンタクトが取れるとは夢にも思わなかったわけではあるが。
もちろん航空者が嘘を言っている可能性はある。しかし、虚空領域の今の技術では飛べない
高度を飛んでいるという時点で技術レベルが上回っているのは確定だろう。
本日のニュースです
バイオ研究所の協力で、失われた人命の補填が計画されています
高知性バイオ兵器による労働力の強化です
バイオ・ワーカーはこれからの新しい常識になるかもしれません
希望がある限り……私たちは、生き残れるのです
サーバーのメンテナンス作業をしつつ、
グレイヴネットの自動巡回を回していたザミエルも、その動画を目にした。
驚きとともに、ひとつ腑に落ちたことがあった。
「ってことは、俺の『ジズ』は……!」
――20年前に、コンテナに入って目の前に落ちてきたグレムリン。
こいつは、グレムリンの設計者手ずからの贈り物だったのだろうか。
◆9回更新の日記ログ
本日のニュースです
巨大未識別融合グレムリンの迎撃が完了しました
三大勢力は大きく兵力を失い、再編は容易ではないでしょう
弔いの鐘が各地で響いています
戦火の傷跡は大きく、我々はいま試されています
「おい、なんで今日の出撃にイゾルフもいた!?少なくとも俺が出撃準備してる時には意識は無かったはずだ」
「その……今の状況を話したら止める間も無く出て行ってしまって……」
「ディルク、お前が『作戦は無事に終わった、ザミエルたちもすぐ帰投するから休んでなさい』とか言えば済む話だっただろう!?意識戻って片腕で出撃するイゾルフも悪いがバカ正直に伝えるお前もお前だ!!」
「はい……」
「俺がその場に居なかったし、あいつを止められるのは状況的にお前しかいなかったんだよ!!わかるか!?」
船長の執務室に少年の怒気を孕んだ声が響く。
普段は口数も少ない彼が、ここまでの剣幕で怒鳴るのは相当珍しい。
「め、滅相も無い……本当にザミエル、きみの言う通りだ、すまない……。」
相対して小さくなっているのはこの船の船長兼船医にして、イゾルフの育ての親とも言える男、ディルクその人だ。
「みんなイゾルフには甘いが、お前は特に甘やかし過ぎというか、ダメと言わなきゃいけない所でダメと言えないのは悪い」
「そ、その通りで……。」
「まあ、起きちまったことは仕方ねえ、これからどうするかの方が大事だ。」
「本当にすまない。ぼくもこれ以上イゾルフが傷付くところを見たくはないからね。」
「ああ、俺たちが生きている限りあいつは死なせん」
本日のニュースです
強化研究所による未識別融合体の解析が本格化しています
これによって、グレムリンのさらなる強化が見込めるとのことです
索敵による機体の練度強化などが示唆されています
希望がある限り……私たちは、生き残れるのです
◆8回更新の日記ログ
ガレージに機体を運び込み、左側が大きく拉げた操縦棺を整備チームがこじ開ける。
本日のニュースです
巨大未識別融合グレムリンの迎撃が本格化しています
真紅連理防衛隊も大きく戦力を失い、各地で撤退が始まっています
連日の戦闘で死者数は数えきれないほどです
戦火の傷跡は大きく、我々はいま試されています
――操縦棺からどうにか引っ張り出された相棒は、左腕が潰れていた。
撃墜されては、右腕の義腕をぶっ壊して戻ってくるのは日常茶飯事だった。
今回はそれがたまたま左側になっただけなのかもしれない。
生きているだけマシ、左腕だけで済んだだけマシと言われるかもしれない。
何をどう悔やんでも、イゾルフが左腕を失ったという事実は覆らない。
そして、生きている傭兵を遊ばせておくほど、今の情勢に余裕もない。
もちろん、動ける傭兵が医務室の前で祈る暇などない。
「……くそったれ」
本日のニュースです
思念研究所によるヴォイドエレベータの調査が始まりました
内部の探索では、見たこともない素材が見つかり始めています
やがて、エレベータを通して領域をワープすることすらできると言われています
希望がある限り……私たちは、生き残れるのです
◆7回更新の日記ログ
自分の子供になってほしくない職業、不動の上位。グレムリンテイマー。
ひとくちにグレムリンテイマーと言っても、生き様は様々だ。
軍、警察、企業などの組織に属すもの。
どこにも属さずフリーの傭兵となるもの。
はたまた、賊に身を堕とすもの。
今年の7月以降は、グレムリンと無縁の生活をしていた者が
錆びたフレームを見つけ、望む望まないにかかわらず、戦いに巻き込まれた者もいるという。
仕事の内容も多岐に渡る。
組織に属し、その敵と戦うことを生業としているもの。
グレムリンを用いたレースや試合の興行などを生業とするもの。
運び屋やジャーナリストなど、活動するための道具としてグレムリンを使役するもの。
今でこそテララーニャ所属の傭兵として戦っているザミエルではあるが、
半月ほど前まではフリーの傭兵として、僚機のイゾルフとともにさまざまな仕事をこなしてきた。
10年以上傭兵稼業を続けて、染み付いた習慣はそのままだ。
スピーカーから流れる読み上げソフトの音声を聞きつつ、パイロットスーツに袖を通す。
フリーの傭兵にとって、情報収集は生きていくための必修科目だ。
自分の機体のカスタムのためのトレンド収集や工場の情報。
仕事を請けるに値する依頼主かどうかの裏取り。
傭兵同士の横の繋がりの口コミで有益な情報が齎されることもある。
本日のニュースです
巨大未識別融合グレムリンに対し、各地で迎撃が始まっています
青花師団の遊撃隊によって、安全かつ優位な位置へと誘導しています
遊撃隊の損耗は大きく、傭兵と真紅連理軍の最終防衛ラインに全てを託しています
戦火の傷跡は大きく、我々はいま試されています
本日のニュースです
領域に存在する次元の歪みに侵入し
まだ見ぬパーツや素材を手に入れられる可能性が高まっています
ヴォイド・エレベータと呼ばれる侵入システムがいま思念研究所で提唱されています
希望がある限り……私たちは、生き残れるのです
『P2BLOG 新着記事アリ、読み上げます……』
中には、自分のブログを持って発信している傭兵もいる。
今読み上げられているP2BLOGの著者、ペリュトン・ペリュトンもその一人だ。
若い傭兵と思われる軽い語り口の日記がメインコンテンツの個人ブログだが、
有益なパーツの宣伝がある日もあるため、ザミエルの巡回ルートに入っていた。
領域通信などで見た記憶もあるし、この傭兵も近いルートを通っていたと記憶している。
ブログの記事の読み上げが終わるとほぼ同時、端末の電源を落として、部屋を後にした。
◆6回更新の日記ログ
――青花師団、アネモネ工廠。
新型フレームの受領と、旗艦の方で取り付けた物資のやりとりは拍子抜けするほど順調だった。
非常時だからか、ディルクの根回しが功を奏したのかは不明だが、
書類に関しては傭兵ライセンスを提示し、契約書にサインするだけで完了した。
船のガレージより遥かに広いスペースの工廠を借り、錆びたフレームを搬入。
パイロット立ち会いのもと青花の技術者とテララーニャの整備チームが
合同で新型フレームの機体を組み上げている。
同時に、物資のやりとりも滞りなく行われている。
こちらからは空から降ってきたコンテナを差し出す。
そして対価として外洋を長期間航海する蓄えを受け取る手筈だ。
ザミエルはテララーニャのガレージ隅、倉庫エリアに足を運んでいた。
手続きと作業を済ませ、出航まで手が空いたのだ。
そこには機能を停止し、ひしゃげたフレームだけになって佇んでいるグレムリンがいた。
出航のきっかけとなったタワーへの大規模な未識別機動体の侵攻の際に、突然機能停止したザミエルの愛機だ。
ツォルンをはじめとした整備チームは並行してこのフレームの修理も行っていた。
だが、明日からは本当に最低限の保守がせいぜいだろう。
この機体が息を吹き返したとして、青花の新型とどちらに乗るべきかは明白だ。
希釈した洗剤入りのバケツとブラシを持ち、フレームを磨き始める。
そう、こいつと出会ったのは――
本日のニュースです
氷獄ではいま絵本の読み聞かせが人気です
書籍行商船では絵本の人気が高まっているようです
霧の伝説の絵本は、いまでも人気の話です
戦火の世にも、人々の連環を。我々はまだ、戦えます
義体化手術の後、俺が現実世界を認識できた時には既に3月で、病室の窓の外には桜が咲いていた。
最低限の視覚と聴覚だけは戻ったものの、ここからは義肢医と二人三脚で義体の調律作業が待っている。
シリコン製の舌と声帯での発声練習。手の機能回復訓練。そして全身の筋肉を動かす訓練。
平坦な道ではないが、可能なことが増えていく日々は希望に満ちていた。
季節は過ぎ、春から夏になっていた。新造船の視察に遠方へ出張に行く前に両親が見舞いに来た。
帰って来る日が、俺の退院する日の予定だ。
――それが俺が見た最後の両親の姿だった。
数日後、両親が死んだと聞かされた。現場での事故だと聞かされた。
会社は赤の他人に買い取られ、社員寮の人間は大きく入れ替わった。
そこには、俺の居場所はなかった。
そんなある日、なんとはなしに壁の向こうの話が耳に入る。
「しかし、こうまで手筈が上手く行くと気味が悪いくらいだな。
成り上がり社長で技術の事しか頭になくて、まあちょろい相手だったな」
「……で、ガキと前社長の残したローンはどうするんすか?」
「残しておくと後が面倒だからな。生意気にもガニメデシリーズの義体だ。
新古品としてバラして売ればそれなりの値で売れるはずだ。
元々体が弱かったって話だし、病死ってことにすりゃあいいだろう。
コロッセオ・レガシィの次回のオークションに出す準備しとけ」
「移動を考えると今週中には発たないと間に合わないっスね。明日の夜にでも梱包しときます」
……冗談じゃない。扉の向こうの人間に気づかれぬよう静かにその場を離れるのが、出来る精一杯のことだった。
最近は粉塵注意報で外に出られない日も増えてきたが、今日は満天の夜空が広がっている。
抜け出したはいいものの、小さな島で逃げ場もない。だからこそ容易に抜け出せたとも言える。
あてどもなく波の音を聞きながら砂浜を歩く。朝になれば捕まるのは目に見えている。それまでの束の間の自由だ。
少年の目の前で轟音とともに白い立方体が目の前に墜ちる。衝撃によろめき、尻餅をついた。
そして、呆然としている間に中からコンテナが開く。一つ目の鳥のような頭の機体が現れる。
右手にはグレムリン用のライフルが握られている。2m弱の物体など、容易に吹き飛ぶシロモノだ。
終わった、と。見た瞬間そう思った。
《はじめまして》
しかし、向けられたのは銃口ではなく、合成音声の挨拶。
「……え?」
《システム起動、セットアップを開始します。ユーザー名を登録してください。》
完全に処理落ちしていた頭が回転を始める。
うますぎる話かもしれない。だけど、この機体に賭けるしかないと、本能が告げていた。
千載一遇の、そしてこれが最後のチャンスだ。
「名前……ユーザー名……samiel……ザミエル。」
もちろん、本名ではない。相対する機体のライフルに刻んであった銘だ。
親から貰った名前はもう、使うことはないという予感がしたから。
《登録完了……ユーザー名、ザミエル。よろしくお願いします。》
機体がしゃがみ込み、片腕を地面につける。操縦棺のハッチが開く。
腕を足場にしてよろけながらも操縦棺に転がり込むと、ハッチが閉じる。
「なあ、グレムリン。今持ってる武装で、どれくらいの物まで壊せる?」
恐ろしいくらいに思考は冷え切っていた。悲しみと絶望はたやすく殺意に裏返った。
《かしこまりました。所持武装の一覧及び、シミュレーターを提示します》
「……これだけあれば充分だ。父さんと母さんの仇を討てる」
俺の感情任せの殺意にグレムリンはとてもよく応えてくれた。
焼夷弾とミサイルを乗っ取られた社員寮に雨霰と浴びせかけ、
赤々と燃える建物を背に、一機のグレムリンが飛び去っていった。
本日のニュースです
ジャンク財団の拠点と見られる島が虚ろの海で摘発されました
この島では秘密裏に新型グレムリンを量産する設備が整っていました
このような暴挙を許すことなく、我々は戦います
希望がある限り……私たちは、生き残れるのです
■Charactar
【ザミエル】35歳 傭兵
悪鬼巡洋艦テララーニャに所属する全身義体の傭兵。
20年前にグレムリンと出会い、実家を焼いた。機体名はZiz(ジズ)。
【ディルク・プライス】45歳 義肢医
悪鬼巡洋艦テララーニャの所有者。テララーニャ義肢診療所を営む医者で船長。
根回しをはじめとした外交が得意。
※ガニメデシリーズの義体:20年前に発売された、エンジニア、アーティスト、クリエイター向けのハイエンド義体。
思考のラグとノイズが少なく、緻密な動作に向いており、センサーも高性能。
反面、パワーはペンより重い物は持てないと揶揄されるレベルで、バッテリーの持ちも悪い。
◆5回更新の日記ログ
本日のニュースです
敵のジャンクテイマーに新型機が現れました
ジャンクの裏には大規模な組織の影があるようです
それは暴力でもって世界を奪おうと、統率を強めているようです
我々の未来は、いまだ闇の中です
戦いましょう、生き残りをかけて……
――俺が15歳の誕生日のプレゼントに貰ったのは、機械の身体だった。
生まれつき身体が弱く、ちょうど物心ついた頃に始まった
重粒子粉塵兵器の実験で汚れて行った大気に少しづつ蝕まれ、
13の頃にはほぼすべての時間をベッドで過ごすことを余儀なくされていた。
普通なら、20を待たずに俺はこの世を去り、一人息子を亡くした夫婦が残されただけだろう。
しかし皮肉なことに、俺を救ったのも重粒子粉塵兵器だ。
父は小さな町工場の社長だった。細々と機械の部品を作って大企業に卸し、
家族3人が食うに困らない程度に稼げる、それくらいの規模だった。
だが、父の工場の精密部品の生産技術が、重粒子粉塵兵器を実用化する上で
重要なパーツに使えると、白羽の矢が立った。
受注はうなぎ登りに増え、どんどん工場は大きくなっていた。
そうして、本来ならば健康な生身の身体を売り払わなければ費用を賄えない、
脳以外を全て置き換えるバイオ手術が可能なくらい、蓄えがあったのだ。
最初に候補に挙がったのは新生体だったが、そこで問題が発生した。
俺の細胞をベースに身体の培養を試みるが、培養途中で崩壊してしまう。
医者には重粒子粉塵による遺伝子異常だと言われた。
結果として、新生体での置換手術は断念し、機械体への置換が決まった。
手術の日は奇しくも2月17日。15歳の誕生日だった。
手術室へ向かうストレッチャーに横たわる俺の手を握り、泣きそうな顔で呼びかける母がの顔がぼやけ――
本日のニュースです
ジャンクテイマーに与する組織がいくつも確認されています
この世界を暴力と略奪でもって支配力を高めようとする存在です
多くの物資が奪われ、多くの人命が失われています
戦火の傷跡は大きく、我々はいま試されています
グレーの薄暗い天井だ。
――端末のアラームが鳴り、目を覚ます。テララーニャの自分の船室だ。
この身体はよく、夢を見る。今日は両親が出た夢を見た気がする。
技術者、芸術家などのクリエイターをターゲットとした身体のため、
脳の状態をベストな状態に保つため、夢を見やすいのだそうだ。
今日は早番だったか。ペンギン諸島を発ち、小群島へと向かう途中だ。
凍った海を進む航海はどうしても低速での航行となる。
そしてできる限り安全なコースを選ぶ必要があり、その航路はどうしても限定されている。
ゆえに、ある程度の航海技術があれば他者からも予測しやすい。
――そう、他者から略奪するという生存戦略をとる、ジャンクテイマーからも。
本日のニュースです
昨日、横道潮流にてボートレースが行われました
荒波を越えて勝利した選手には、1か月分のメシが贈られました
いつか、どこの領域でも平和なレースを取り戻したい。優勝者の願いです
戦う人々に祝福を……我々は、生き続けるのです
■Charactar
【ザミエル】35歳 傭兵
悪鬼巡洋艦テララーニャに所属する全身義体の傭兵。
20年間ずっと10代の少年の姿でいる。
【ディルク・プライス】45歳 義肢医
悪鬼巡洋艦テララーニャの所有者。テララーニャ義肢診療所を営む医者で船長。
20年前当時は勤務医でデスマーチしていた。
◆4回更新の日記ログ
大きな氷山に衝突すればひとたまりもない。細心の注意を払いながらの航行だ。
目指すは氷獄に停泊中の青花師団の旗艦。新型フレーム受領の前に挨拶を済ませておこう、というわけだ。
青花旗艦の幹部との面会にはまだ時間がある。
お湯にコーヒーシロップを溶き、束の間の休憩をとる。
温泉で水の補給を受けたので、飲用水に関してはしばらく楽ができそうだ。
マグカップで手を暖めつつ、コーヒーに口をつける。
いつもの臭くて飲めたものではない水とは見違えるように美味い。
塩分を含む温泉から抽出された良質な塩も入手できたし、
食事に関してはタワー港湾部にいた時より改善したといえるだろう。
本日のニュースです
雨音列島では園児たちに「ソーメン」が振舞われました
「ソーメン」はメシの原料からできた高級な麺類です
生き残った園児たちは、みな笑顔でソーメンを食べています
戦火の世にも、人々の連環を。我々はまだ、戦えます
思えば、TsCの壊滅の報以降、ロクに休みを取っていなかった気がする。
ザミエルとイゾルフが帰還したあと、船の住人を集め、今後の方針を決定し、
持ちうるコネクションをフル活用し、航海に必要な物資とクルーをかき集めた。
クラリッサ・マーシャンズ。その際に紹介されたクルーの一人だ。
ぼくは彼女の履歴書を見て、目を疑った。確か、姓こそ違ったはずだけれど。
――彼女は、ぼくの学生時代の2つ下の後輩だった。
知り合ったのは、ぼくが3年生の春、合同の応急処置の実習だったと記憶している。
それがきっかけで合コンの人数集めなどもやったっけ。
軍士官コースの男はマッチョで汗臭い連中ばかりだからと、
医学生のぼくらに白羽の矢が立ったのだ。
食事とトークやミニゲームは盛り上がったけれど、
その時のメンバーでカップルが成立したという話は聞かなかった。
余興でやった腕相撲大会は女子チームの圧勝だったしね。
学校生活は楽しいものだったけれど、世の中はとてもきな臭い情勢だった。
重粒子粉塵兵器の研究は加熱し、いつ戦争が起きてもおかしくない、
そんな状況で、ぼくらより下の世代は異例の短縮カリキュラムでの卒業となった。
そんな中でどうにか開催にこぎ着けた最後の学園祭のことだった。
自分の組の出し物のシフトを交代し、特に目的もなく学内をぶらついて、アリーナに入る。
ちょうど軍士官コースの出し物の自主製作映画が上映していた。
主役はクラリスだった。ただし、ヒロインではなく、男装したヒーローとして。
銀幕の中の勇敢な少年に扮した彼女に、ぼくは雷に打たれたような衝撃を受けた。
それは一目惚れだという人もいるだろう。だけど、この話はもう少し続きがある。
学園祭の熱狂が落ち着いた後、学内で彼女を見かけたときだ。
とても申し訳ない話なのだが、銀幕で見たようなインパクトは感じなかったのだ。
もちろん明るくて可愛らしい女性であることは間違いないのだけれど。
後輩と一緒の卒業式を経て、皆がそれぞれの道へ進んだ矢先にタワー爆破テロが起き、
その年の夏、本格的な武力衝突が始まった。当時ぼくは新米の研修医だった。
病院は地獄の様相を呈していた。軍人も民間人も関係なくひっきりなしに運び込まれ、
金のない者にはほんとうに最低限の処置しか受けさせることができなかった。
救いたくても、新米のぼくには抗議することもできなかった。
負傷した優秀なパイロットには作りものの手足を着け、また死地に送り込む。
2回目のメンテナンスに戻ってきた者は数える程度しかいない。
医師も看護師も休む暇などなく、現場は日を追うごとに疲弊して行った。
市街地の戦闘に巻き込まれた者。過労で倒れた者。精神を病んで自ら命を絶った者もいる。
若白髪くらいで済んだぼくはだいぶ幸せな方だろう。
後方支援の民間人でこの有様なのだ。第一次七月戦役の前線勤務、
しかも学校を卒業したばかりで戦場に放り込まれた新人の経験の壮絶さは想像を絶する物だろう。
ぼくが分かろうとするのすら、烏滸がましいかもしれない。
でも、だからこそ。生きていて良かった。また会えて嬉しい。
あの時の答えはもう得たから、ぼくはもう大丈夫だ。
本日のニュースです
昨日、赤渦にて海上音楽祭が行われ、人々を鼓舞しました
生き残った赤渦の船舶が集まり、人々は船の上で歌声や音楽を楽しみました
領域の主であるルリオーネは、人々の安寧を願い声明を発しました
戦う人々に祝福を……我々は、生き続けるのです
手持ちの端末のアラームが鳴り、ぼくの思考を現実へと引き戻す。そろそろ時間だ。
カップの奥に少しだけ残ったコーヒーを飲み干し、
クローゼットから久々に袖を通す礼服を引っ張り出し始めた。
■Charactar
【ザミエル】??歳 傭兵
悪鬼巡洋艦テララーニャに所属する全身義体の傭兵。
今回日誌では出番なし。僚機のイゾルフとはぐれ、今回は一人で戦うことになった。
【ディルク・プライス】45歳 義肢医
悪鬼巡洋艦テララーニャの所有者。テララーニャ義肢診療所を営む医者で船長。
七月戦役前の奇麗な世界を知っているので臭くない水の補給がとてもうれしい。
◆3回更新の日記ログ
赤錆びた色の雪が降り積もる。ここは虚空領域の北の果て、ペンギン諸島。
温泉が多く存在する観光地として有名な場所である。
北へ航路を取った理由の一つがペンギン諸島の存在だ。
ここは温泉地。泉質によっては飲める物も存在する。
つまり、人類がそのままで使用できる水が多い地域とも言える。
港にほど近い温泉旅館と交渉し、宿を取ることができた。
未識別機動体の襲撃以降観光どころではなく、従業員に暇を出しているため
普段通りのもてなしはできない、という話ではあったが
閉鎖的な船の生活でのストレスを和らげるための船長の判断だった。
かくして、テララーニャは暫しこの島の港に停泊し、
その間クルーは船と旅館を往復するという生活を送ることとなった。
昔の雨音列島の伝統的な様式風の内装の部屋に最低限の荷物を置き、
船員たちが連れ立って温泉へと向かう。
生身の人間より体を洗う手間が少ないザミエルが、他の船員より先に大浴場に足をつけた。
壁には青空のもとに聳え立つ虚空領域北の果ての氷山と氷河が、
近景には冠を戴いたペンギンが描かれているレトロな大浴場だった。
そこには先客がいた。黒ベースのボディに赤いカメラアイが印象的な機人で、
傍には『大吟醸 企鵝大帝』と書かれた酒瓶と杯を載せた盆を浮かべている。
「先客がいたか。楽しんでいるところすまない。これから団体が来る。少々騒がしくなる」
「なに、構わない。……データベースと照合完了、一致率96.1%……ザミエルか」
「ん?ああ、俺も有名になったもんだな……あんたは?」
「俺か?俺はロストナンバー、傭兵のようなものだ」
「傭兵か、中々の歴戦の士と見た。見たところ肩のパーツにガタが来ているようだが」
「そうだな、だいぶ無茶をした。整備の機会も無くてな」
「うちの船には技師も乗ってる。しばらく停泊するし、診て貰えないか打診するか?」
「それは渡りに船だが、いいのか?」
「傭兵なんだろ?未識別と戦える奴は1人でも多い方がいい。ただ、俺はいち戦闘員だから交渉は自分でやってもらう形になる」
「ああ、それで構わない」
「OK、1時間後旅館の正面玄関で待っている」
本日のニュースです
ヒルコ・トリフネでは今日も「にわとりさま」の祭事が行われています
「にわとりさま」は食された鶏肉の神と言われています
にわとりさまはどう見てもひよこですが、にわとりさまと呼ばなければ祟られるそうです
戦火の世にも、人々の連環を。我々はまだ、戦えます
本日のニュースです
昨日、氷獄にて実戦のさなか映画の撮影が行われました
未識別機動体との戦いを記したドキュメンタリー映画です
いつか、平穏が訪れた時にこの資料がきっと役に立つ
監督はそう口にして、傭兵たちの戦いを追います
戦う人々に祝福を……我々は、生き続けるのです
~1時間後~
「……というわけで、こいつがメンテナンスを望んでる傭兵だ」
「ぼくはディルク・プライスという。この船の船長兼義肢医をやっているよ」
「義肢医か、これは心強い。俺はロストナンバー。紹介どおりの傭兵だ」
「このご時世だ、診るところまでは無償で構わないよ。そこに座っ――」
――船内にアラートが響き渡る。
「緊急警報、緊急警報。上空に未識別機動体を確認、数15、いや、20――繰り返します、緊急警報――」
「……敵襲か!ザミエルはイゾルフとともに迎撃へ!すまない、ぼくも船員の指揮に入る!」
「好機だな。俺の有用性を証明しよう」
「きみも加勢してくれるのか!機体はどこに?」
「機体なら”ここ”にある。問題ない」
「……えっ?」
■Charactar
【ザミエル】??歳 傭兵
悪鬼巡洋艦テララーニャに所属する全身義体の傭兵。
ロストナンバーをロックな全身義体の傭兵と勘違いした。
【ディルク・プライス】45歳 義肢医
悪鬼巡洋艦テララーニャの所有者。テララーニャ義肢診療所を営む医者で船医。
流石に2m級のグレムリンは初めて見た。
今回の日記はENo.16 Lost Numberをお借りいたしました。
16,17番アイコンはお借りしているものです。
※企鵝=ペンギン、大吟醸は雨音列島伝統の合成穀物酒によく付けられる名称だが、意味は失伝している
◆2回更新の日記ログ
水上艦の一種。外洋を長距離航行することを主眼においたもので、
グレムリン離着陸用の甲板が用意され、グレムリンの運用が可能な軍艦。
軍の機動戦力、傭兵の移動拠点、グレムリンを保有する海上集落などに使用されている。
――虚空辞苑 第七版より
七月戦役終戦にともない、TsCの指導の下、
三大勢力は戦争での消耗だけでなく、軍縮により弱体化を強いられた。
その煽りで多くの軍艦が武装を解除され、民間に売り払われた。
あらゆる者が疲弊した戦後に軍艦を買おうなんて物好きはそういないのではあるが。
ディルク・プライス。当時30歳の義肢医。
ちょうど勤務医から独立開業し、自分の城が欲しかった。
同居人のグレムリンを置くスペースもあるし、造水設備も備えている。
陸地のアパートとガレージのセットを買うより安上がりだ、との言だった。
――丸腰の悪鬼巡洋艦はテララーニャと名づけられ、それから15年。
タワー港湾部に係留され、グレムリンのガレージ付きアパートと義肢診療所として利用され、
動くのは年に一度の点検でタワー周囲を一周する程度。
そんな生活を変えたのは、未識別機動体の侵攻。
世界はわずか10時間の間に謎の敵性存在の手に落ちた。
シーレーンはずたずたに破壊され、空襲や人口密集地での戦闘で、多数の犠牲者が出た。
流通は途絶え、ここにいても物資が尽きれば終わり。
係留している港は船がひしめき合い、空襲があれば一網打尽だ。
もはや、この世界に安全な場所などどこにもない。
船に所属する傭兵に生き残りはいる。稼働するグレムリンも存在する。
座して終わりを待つより、世界を巡って抗おうと。
……そういうことになった。
そう決まった後の行動は迅速だった。
クルーを求人、昔の友人、コネ、あらゆる手段で募り、当座の航海に必要な物資をかき集めた。
そして大破着底した船から申し訳程度の砲塔と対空機銃を譲り受ける。
薄明りに粉塵の赤い靄の煙る、今の虚空領域では「いい天気」と言える朝。
悪鬼巡洋艦テララーニャは、15年ぶりにタワー港湾部を出港する。
こうして、無謀ともいえる俺たちの旅は始まった。
■Charactar
【ザミエル】??歳 傭兵
悪鬼巡洋艦テララーニャに所属する全身義体の傭兵。
シュヴァルヴェ・ドライとの戦闘後、粉塵まみれだったため全身丸洗いされた。
【ディルク・プライス】45歳 義肢医
悪鬼巡洋艦テララーニャの所有者。テララーニャ義肢診療所を営む医者で船長。
白髪交じりの長髪が特徴的な、柔和な雰囲気の男。
◆アセンブル
◆僚機と合言葉
(c) 霧のひと