第23回目 午前2時のcollider
プロフィール
名前
collider
愛称
コレット
経歴 経歴・出自・正体不明。現在調査中 |
◆日誌
「Collider、弾頭と敵機とを衝突せしめるもの。
その銃口狙い過つことなく、
昨日死んだ者のために撃ち、
明日生きる者のために撃て。
いずれお前ではないお前が、
青い四方海の果てへと至り、
我らをこの檻から解き放つ」
――
⇦ ROLL BACK ⇦
――
おや、君は見ない顔だね。いや待て、顔認証によく似た履歴が残っている。もしかして親戚のヒト?
「力を貸してくれ、グレムリン。タワーが、父さんが危ない!」
ああー、そういうやつ。残念ながら君では認証通らなくてボクを動かすことはできないんだけれど、自分でいい感じに動いてそれっぽい感じにしてあげるとしましょう!
「あいつだ。あいつを倒さないと!」
未識別機動体、とかいう。えーと、使える武装は。
「武装……速射砲、しかない」
しかも装弾は1発だけかー。んー、なんとかしましょう!
――
⇦ ROLL BACK ⇦
――
「お前、いつもそのガラクタいじってるな」
――
⇦ ROLL BACK ⇦
――
「爺さんの形見なんだ」
「この前は兄貴のおさがりだって言ってなかったか」
――
⇦ ROLL BACK ⇦
――
「どっちでも同じさ、今は俺のものだ」
「そんな大事そうなものにも見えないが」
――
⇦ ROLL BACK ⇦
――
「確かに、今回は役に立たないかもしれない」
「今回?」
――
⇦ ROLL BACK ⇦
――
ぺぎー! ぺぐ、ぺぐ、ぺぎぎ。
ぐぺ、ぺぎぺぎ。ぺぎ、ぺぐ、ぺぎー!
ぐ? ぺぐぺ、ぺぎぺぎ。
ぺぎー。
――サー・ペングウィン、南征に際し
――
⇦ ROLL BACK ⇦
――
推進機をやられた! 海面と衝突(コライド)するまでもう猶予もない。
せめて、せめて1機でも多く道連れに!
――
⇦ ROLL BACK ⇦
――
「遅刻、遅刻ー!」
ひよこ立像前を走っていると、どしん、誰かにぶつかった!
「ごめんなさい! 急いでいて……」
「こちらこそうっかりしていて。お怪我はありませんか」
転んだ私に手を差し伸べてくれたのは、単眼頭部がさわやかな中層二脚のグレムリン!
これって、運命の出会い!?
――
⇦ ROLL BACK ⇦
――
いずれお前ではないお前が、
青い四方海の果てへと至り、
我らをこの檻から解き放つ。
その銃口狙い過つことなく、
昨日死んだ者のために撃ち、
明日生きる者のために撃て。
いずれお前ではないお前が、
青い四方海の果てへと至り、
我らをこの檻から解き放つ」
――
⇦ ROLL BACK ⇦
――
おや、君は見ない顔だね。いや待て、顔認証によく似た履歴が残っている。もしかして親戚のヒト?
「力を貸してくれ、グレムリン。タワーが、父さんが危ない!」
ああー、そういうやつ。残念ながら君では認証通らなくてボクを動かすことはできないんだけれど、自分でいい感じに動いてそれっぽい感じにしてあげるとしましょう!
「あいつだ。あいつを倒さないと!」
未識別機動体、とかいう。えーと、使える武装は。
「武装……速射砲、しかない」
しかも装弾は1発だけかー。んー、なんとかしましょう!
――
⇦ ROLL BACK ⇦
――
「お前、いつもそのガラクタいじってるな」
――
⇦ ROLL BACK ⇦
――
「爺さんの形見なんだ」
「この前は兄貴のおさがりだって言ってなかったか」
――
⇦ ROLL BACK ⇦
――
「どっちでも同じさ、今は俺のものだ」
「そんな大事そうなものにも見えないが」
――
⇦ ROLL BACK ⇦
――
「確かに、今回は役に立たないかもしれない」
「今回?」
――
⇦ ROLL BACK ⇦
――
ぺぎー! ぺぐ、ぺぐ、ぺぎぎ。
ぐぺ、ぺぎぺぎ。ぺぎ、ぺぐ、ぺぎー!
ぐ? ぺぐぺ、ぺぎぺぎ。
ぺぎー。
――サー・ペングウィン、南征に際し
――
⇦ ROLL BACK ⇦
――
推進機をやられた! 海面と衝突(コライド)するまでもう猶予もない。
せめて、せめて1機でも多く道連れに!
――
⇦ ROLL BACK ⇦
――
「遅刻、遅刻ー!」
ひよこ立像前を走っていると、どしん、誰かにぶつかった!
「ごめんなさい! 急いでいて……」
「こちらこそうっかりしていて。お怪我はありませんか」
転んだ私に手を差し伸べてくれたのは、単眼頭部がさわやかな中層二脚のグレムリン!
これって、運命の出会い!?
――
⇦ ROLL BACK ⇦
――
いずれお前ではないお前が、
青い四方海の果てへと至り、
我らをこの檻から解き放つ。
◆23回更新の日記ログ
《あなたが戦う理由はなんですか?》
「あ。あ?」
「この鉄火場で居眠りとはな」
対面の傭兵が嫌味を言う。例の雀荘だ。いや、おかしい。ここへ来ることが万一あったとしても、こいつと卓を囲むことは二度とないはずだ。
「ようやく気がついたか」
上家には知らないやつが、いや、思い出した。いつかのコンビ打ちの男だ。下家には誰もいない。まさかこんな奴らと三麻とは。
「お前らとはもう絶対に卓を囲まないと思っていたんだが」
「安心しろ、これが最後だ」
「馬鹿を言え、俺は帰る」
「帰さねえぞ」
「世界がやばい、ってンだろう。その手は通用しな――」
椅子のひじ掛けに手をかけて立ち上がろうとしたが、椅子に吸いついているかのように腰が持ち上がらない。
「どうなってる。お前ら何をした」
「俺たちじゃねえ。居眠りが長すぎて、何も覚えちゃいねえのか」
「時間が止まっているんだ。かれこれ56億年分くらい」
は?
「じゃない、また俺を担ごうとしてンだな。この前の変な男もそうだったが、今度はそいつと組んだんだろう。そうなんだろう、なあ!」
「観念して打っていったらどうだ。どうせここから出ることもできねえんだ」
手牌に目を落とす。理牌するまでもなく役なし。いや、9枚しかない。対面も上家も9枚だ。まさか、ルールが変わっているのか。
「確認させてくれ。これは負けても大丈夫なのか」
「さっきも言った、これが最後だと」
上家の男が答える。
「俺に勝たせるつもりは」
「無論ある。だが、俺もこのルールで打つのは初めてだ」
「あんたは」
対面の傭兵は鼻を鳴らす。
「俺にはここを出ても行き場がねえんだ。だから、お前たちも道連れにしてやろうと思ってる」
「正気か。56億年も俺が起きンのを待って、まだ居座るって?」
「腹も空かねえ、喉も乾かねえ。何より、ここには戦いがねえ」
「鉄火場って言ったのはそっちだろうよ」
「失礼」
下家に、いつの間にか男が座っていた。
「よかったら、停滞を打破する手伝いをしたい」
「あんたは」
「我々は失敗した。だから、君には我々の代わりに」
5枚捨てて5枚引く。霧式麻雀は俺が知っている霧的麻雀より、別のカードゲームに近い様式だ。それに、誰かがアガると全員から点を取るため、手伝うも何もなかった。
「これだと俺が自力でアガるしかないじゃないか!」
このルールでコンビ打ちをするとなると、積込みくらいしか思いつかない。見たことのない牌も混ざっている。「F」「A」「M」「E」、数字がないところを見ると字牌の類か。
「逆転の方法は、ある」
目下最下位の、下家の男が呟いた。
「完成させればその時点で勝利が確定する役がある」
5枚捨てて、5枚引く。
「L」「A」「S」「T」「F」「R」「A」「M」「E」
未来を、
傷跡を、
連環を、
希望を、
祝福を、
受け入れて進みますか? y/n
「あ。あ?」
狭苦しい操縦棺だ。錆びつき、破壊された屑鉄の山。屹立する、停滞した時間の主。
「56億年……」
今がいちばんだからずっとこのままでいい、なんて冗談じゃない。そういうのはひとりでやっててくれ。
「できれば、グレムリンに乗るのもこれで最後にしたいんだ」
「あ。あ?」
「この鉄火場で居眠りとはな」
対面の傭兵が嫌味を言う。例の雀荘だ。いや、おかしい。ここへ来ることが万一あったとしても、こいつと卓を囲むことは二度とないはずだ。
「ようやく気がついたか」
上家には知らないやつが、いや、思い出した。いつかのコンビ打ちの男だ。下家には誰もいない。まさかこんな奴らと三麻とは。
「お前らとはもう絶対に卓を囲まないと思っていたんだが」
「安心しろ、これが最後だ」
「馬鹿を言え、俺は帰る」
「帰さねえぞ」
「世界がやばい、ってンだろう。その手は通用しな――」
椅子のひじ掛けに手をかけて立ち上がろうとしたが、椅子に吸いついているかのように腰が持ち上がらない。
「どうなってる。お前ら何をした」
「俺たちじゃねえ。居眠りが長すぎて、何も覚えちゃいねえのか」
「時間が止まっているんだ。かれこれ56億年分くらい」
は?
「じゃない、また俺を担ごうとしてンだな。この前の変な男もそうだったが、今度はそいつと組んだんだろう。そうなんだろう、なあ!」
「観念して打っていったらどうだ。どうせここから出ることもできねえんだ」
手牌に目を落とす。理牌するまでもなく役なし。いや、9枚しかない。対面も上家も9枚だ。まさか、ルールが変わっているのか。
「確認させてくれ。これは負けても大丈夫なのか」
「さっきも言った、これが最後だと」
上家の男が答える。
「俺に勝たせるつもりは」
「無論ある。だが、俺もこのルールで打つのは初めてだ」
「あんたは」
対面の傭兵は鼻を鳴らす。
「俺にはここを出ても行き場がねえんだ。だから、お前たちも道連れにしてやろうと思ってる」
「正気か。56億年も俺が起きンのを待って、まだ居座るって?」
「腹も空かねえ、喉も乾かねえ。何より、ここには戦いがねえ」
「鉄火場って言ったのはそっちだろうよ」
「失礼」
下家に、いつの間にか男が座っていた。
「よかったら、停滞を打破する手伝いをしたい」
「あんたは」
「我々は失敗した。だから、君には我々の代わりに」
5枚捨てて5枚引く。霧式麻雀は俺が知っている霧的麻雀より、別のカードゲームに近い様式だ。それに、誰かがアガると全員から点を取るため、手伝うも何もなかった。
「これだと俺が自力でアガるしかないじゃないか!」
このルールでコンビ打ちをするとなると、積込みくらいしか思いつかない。見たことのない牌も混ざっている。「F」「A」「M」「E」、数字がないところを見ると字牌の類か。
「逆転の方法は、ある」
目下最下位の、下家の男が呟いた。
「完成させればその時点で勝利が確定する役がある」
5枚捨てて、5枚引く。
「L」「A」「S」「T」「F」「R」「A」「M」「E」
未来を、
傷跡を、
連環を、
希望を、
祝福を、
受け入れて進みますか? y/n
「あ。あ?」
狭苦しい操縦棺だ。錆びつき、破壊された屑鉄の山。屹立する、停滞した時間の主。
「56億年……」
今がいちばんだからずっとこのままでいい、なんて冗談じゃない。そういうのはひとりでやっててくれ。
「できれば、グレムリンに乗るのもこれで最後にしたいんだ」
◆22回更新の日記ログ
未来傷跡希望祝福
◆21回更新の日記ログ
未来傷跡希望祝福
◆20回更新の日記ログ
未来傷跡希望祝福
◆19回更新の日記ログ
未来傷跡希望祝福
◆18回更新の日記ログ
未来傷跡希望祝福
◆17回更新の日記ログ
癒えぬ傷跡こそ美しい。すなわち、粉塵により赤く染まる世界。
未来などいらぬ。永劫に続く現在にこそ、祝福あれ。
「っていう反グレムリンカルト団体からの連絡が入ったんですが」
「捨てろ捨てろ、そんな厄ネタ!」
青花の副官は、そうですよね、とつぶやきながらメールをゴミ箱へ送った。
「ジャンクの進化を見てから、どうもカルトの勢いが強まっているらしくて」
「市民の統率はよその仕事だろう。どうしてうちにお鉢が回ってくるんだ?」
巨大未識別以降、真紅の部隊が戦場に駆り出されているのは把握している。それでも、治安維持がないがしろになるほどの規模ではないはずだが。
「ジャンクもそうですけど、ヴォイドテイマーに対する疑念みたいなのが強まっていまして」
現状、ジャンク将軍に対応できるのは無所属のテイマーだけだ。しかし、彼らが次なるジャンクとして市民生活を脅かす可能性はないではない。三大の量産されたグレムリンでは、彼らの戦いにはついていけないということも市民は把握してしまっている。
「明日が来るのが怖いから、ずっと今日が続けばいい、みたいな話じゃないか。不安に付け込むのは新興宗教の手口ではあるが、かといって本当に今が最善だと思うか?」
「より悪くなるのがわかっているなら今のままがいい、ってことですよ」
誰もが我々のように戦えるわけではないんです、と副官は言う。
「未来、未来か。どう思う」
「知りませんよ。なるようになります。変な希望を抱かなければいいんです」
未来などいらぬ。永劫に続く現在にこそ、祝福あれ。
「っていう反グレムリンカルト団体からの連絡が入ったんですが」
「捨てろ捨てろ、そんな厄ネタ!」
青花の副官は、そうですよね、とつぶやきながらメールをゴミ箱へ送った。
「ジャンクの進化を見てから、どうもカルトの勢いが強まっているらしくて」
「市民の統率はよその仕事だろう。どうしてうちにお鉢が回ってくるんだ?」
巨大未識別以降、真紅の部隊が戦場に駆り出されているのは把握している。それでも、治安維持がないがしろになるほどの規模ではないはずだが。
「ジャンクもそうですけど、ヴォイドテイマーに対する疑念みたいなのが強まっていまして」
現状、ジャンク将軍に対応できるのは無所属のテイマーだけだ。しかし、彼らが次なるジャンクとして市民生活を脅かす可能性はないではない。三大の量産されたグレムリンでは、彼らの戦いにはついていけないということも市民は把握してしまっている。
「明日が来るのが怖いから、ずっと今日が続けばいい、みたいな話じゃないか。不安に付け込むのは新興宗教の手口ではあるが、かといって本当に今が最善だと思うか?」
「より悪くなるのがわかっているなら今のままがいい、ってことですよ」
誰もが我々のように戦えるわけではないんです、と副官は言う。
「未来、未来か。どう思う」
「知りませんよ。なるようになります。変な希望を抱かなければいいんです」
◆16回更新の日記ログ
モニターには、各々進化するジャンク財団将軍の映像。ベッドの端に腰かけた傷跡のある男は、それを一度見終えて大きく息をついた。
「どう見る」
「あれに進化という語をあててよいのかということは一旦脇に置いておきますが」
副官は含みのある前置きをして続ける。
「彼らは確かに進化を望みました。しかし、あれが彼らの望んだ進化であったかについては疑問が残ります」
「進化という事象、つまり機体の大幅な形態変化については前例があったはずだな」
「絶滅戦場において、正体不明機が進化した事が観測されています」
ふうん、と男は再び息をついて、しばし黙考する。
「ここから推測できることがふたつある。我々にとって都合のいいことと悪いことのふたつだ。どちらから聞きたい」
出撃ができなくて時間がたっぷりあるからって、娯楽小説をやたらと読んでいたっけ、と副官は少しの後悔と共に思い出した。
「こういう時は都合のいい方から聞くんでしたよね」
「よく勉強している。まずジャンク財団将軍の進化についてだが、進化すること自体は制御できているように見受けられる。しかし、どのように進化するかについては不完全にしか、あるいは全く制御できていないようだ」
映し出されているのは、巨大未識別との戦闘を想起する異形のグレムリン。否、進化の末に異形となったグレムリンを、グレムリンと呼称してよいものだろうか。
「テイマーの希望を汲んではいるようですが」
「ふむ。財団代表は許可を出す権限を持つのみで、進化の方向性は将軍自身が決定しているのかもしれない。もしそうであれば、テイマーとして潜入し将軍にまで上り詰めれば、我々の望む未来を手にすることができるやも」
「戦場へ戻るのはせめて傷が治ってからにしてくださいね。しかしこうも考えられませんか、グレムリンがあの全翼機が開発したものだという事からの連想なんですが」
「聞こう」
ありがとうございます、と副冠は一旦前置きし、
「グレムリンの進化は本来テイマー自身の侵食を伴うものだが、開発者たちはその問題を認識した時点で肉体を捨て去り、現在は意識のみで全翼機に留まっている、という」
「可能性はあるな。惜しむらくは、彼らに尋ねたところで返答がないであろうと予想がつくことくらいだ」
「それで、都合の悪いことというのは」
「正体不明機が進化した、という話があったな」
「はい。ジャンク将軍のグレムリンより前のことなので、これを関連づける、と言いますか、同一視してよいものかとは思いますが」
「これは術後の妄言だが」
また出た、と副冠は苦笑する。
「あの正体不明機は、過去に進化したグレムリンをコピーしているのではないか、という推測ができる」
確かに未識別グレムリンは観測され大騒ぎになった。進化した結果異形化したグレムリンが、現在の正体不明機ではないとは言い切れない。
「恐るべきは未識別機動体の祝福だな」
「それはもうひとつの、都合の悪い推測につながりませんか。つまり、グレムリンが進化してなお世界を浄化できなかったということでは」
「どう見る」
「あれに進化という語をあててよいのかということは一旦脇に置いておきますが」
副官は含みのある前置きをして続ける。
「彼らは確かに進化を望みました。しかし、あれが彼らの望んだ進化であったかについては疑問が残ります」
「進化という事象、つまり機体の大幅な形態変化については前例があったはずだな」
「絶滅戦場において、正体不明機が進化した事が観測されています」
ふうん、と男は再び息をついて、しばし黙考する。
「ここから推測できることがふたつある。我々にとって都合のいいことと悪いことのふたつだ。どちらから聞きたい」
出撃ができなくて時間がたっぷりあるからって、娯楽小説をやたらと読んでいたっけ、と副官は少しの後悔と共に思い出した。
「こういう時は都合のいい方から聞くんでしたよね」
「よく勉強している。まずジャンク財団将軍の進化についてだが、進化すること自体は制御できているように見受けられる。しかし、どのように進化するかについては不完全にしか、あるいは全く制御できていないようだ」
映し出されているのは、巨大未識別との戦闘を想起する異形のグレムリン。否、進化の末に異形となったグレムリンを、グレムリンと呼称してよいものだろうか。
「テイマーの希望を汲んではいるようですが」
「ふむ。財団代表は許可を出す権限を持つのみで、進化の方向性は将軍自身が決定しているのかもしれない。もしそうであれば、テイマーとして潜入し将軍にまで上り詰めれば、我々の望む未来を手にすることができるやも」
「戦場へ戻るのはせめて傷が治ってからにしてくださいね。しかしこうも考えられませんか、グレムリンがあの全翼機が開発したものだという事からの連想なんですが」
「聞こう」
ありがとうございます、と副冠は一旦前置きし、
「グレムリンの進化は本来テイマー自身の侵食を伴うものだが、開発者たちはその問題を認識した時点で肉体を捨て去り、現在は意識のみで全翼機に留まっている、という」
「可能性はあるな。惜しむらくは、彼らに尋ねたところで返答がないであろうと予想がつくことくらいだ」
「それで、都合の悪いことというのは」
「正体不明機が進化した、という話があったな」
「はい。ジャンク将軍のグレムリンより前のことなので、これを関連づける、と言いますか、同一視してよいものかとは思いますが」
「これは術後の妄言だが」
また出た、と副冠は苦笑する。
「あの正体不明機は、過去に進化したグレムリンをコピーしているのではないか、という推測ができる」
確かに未識別グレムリンは観測され大騒ぎになった。進化した結果異形化したグレムリンが、現在の正体不明機ではないとは言い切れない。
「恐るべきは未識別機動体の祝福だな」
「それはもうひとつの、都合の悪い推測につながりませんか。つまり、グレムリンが進化してなお世界を浄化できなかったということでは」
◆15回更新の日記ログ
「おかえり、お兄ちゃん。どうしたの、その傷! もしかして、ニュースで言ってたジャンク財団にやられたの!」
「いや、この傷跡は彼らとは無関係だよ。こいつのせいさ」
そう返して、抱えている猫ちぐらを揺すってみせる。猫ちぐらを生まれてこのかた目にしたことがない妹は、意図がわからないらしく首を傾げた。
「ほら、本物の猫を見せてやるって、約束したじゃないか」
「えっ。えっ、でもそんなの、ずっと子供の頃の話で」
生まれつき体の弱かった妹は人工心肺を必要とし、その手術費用のために両手足を売って武骨な機械に置換した。それはもう十年近く前の話で、本当に、子供がする他愛もない約束だったのだ。
「お兄ちゃん頑張っちゃったぞ。とりあえず部屋の隅に置くか」
「ずっといなかったの、取材してたからじゃないんだ?」
「それは趣味と実益というか、公私混同というか。猫を探しながら、いろんな人と会って、いろんな話を聞いて。細々と記事を書いて売ってさ」
こうして顔をつなぎ、猫ならぬコネを得ることも未来への投資なのだ。青花、というかフェアギスマインニヒト相手にひと悶着あったことは、聞かれない限り黙っておこう。
「で。それ、本当に本物の猫なの?」
「中にいるのは本物だよ。ご挨拶しようか」
猫はちぐらの中から顔を覗かせる。三角の耳、緑の目、黒く短い毛皮。
「本当に本物の猫なの?」
「本物だったらいいな、とは思うよ」
伝承や様々な図版に見られる姿に近いし、バイオ猫とはちょっと姿かたちが違うし。こっちの方がもう少し洗練されている気がする。それぞれの好みの問題はあるだろうけど。
妹は右手を猫の鼻先に近づけた。互いに互いを警戒しているようで、右手を出すと顔が引っ込み、顔が出ると右手が引っ込んだ。
「その指ならちょっと引っかかれても大丈夫だろうに」
「うん、でもその顔を見るとちょっとね」
やがて距離感がつかめたのか、猫が妹の指先にかじりついた。めっちゃがりがりいってる。
「えっ。えっ、これ大丈夫なの」
「たぶん大丈夫じゃない、ちょっとそこ代わってくれるか」
めっちゃ指噛まれた。それはそれとしてちぐらから出して抱き上げる。
「最初からこうすればよかったんだな。ほら、こう、抱える感じにして」
「こ、こう」
胸の前で両腕を組むような格好になった妹の腕の中へ、猫を放り入れる。どちらも「急に何するんだこいつ」みたいな顔でこっちを見ている。
「じゃあ、世話はよろしく。必要なものはメモしておいたからこれ読んで。ふたりに神々の祝福あれ」
翡翠式の祈りのしぐさを見様見真似でやった後、すぐに部屋を後にした。
さて、彼女の鋼の腕を徹して、あの小さな生き物の体温は、鼓動は通じているだろうか。通じていてほしい、と希望することしかできないが。
「いや、この傷跡は彼らとは無関係だよ。こいつのせいさ」
そう返して、抱えている猫ちぐらを揺すってみせる。猫ちぐらを生まれてこのかた目にしたことがない妹は、意図がわからないらしく首を傾げた。
「ほら、本物の猫を見せてやるって、約束したじゃないか」
「えっ。えっ、でもそんなの、ずっと子供の頃の話で」
生まれつき体の弱かった妹は人工心肺を必要とし、その手術費用のために両手足を売って武骨な機械に置換した。それはもう十年近く前の話で、本当に、子供がする他愛もない約束だったのだ。
「お兄ちゃん頑張っちゃったぞ。とりあえず部屋の隅に置くか」
「ずっといなかったの、取材してたからじゃないんだ?」
「それは趣味と実益というか、公私混同というか。猫を探しながら、いろんな人と会って、いろんな話を聞いて。細々と記事を書いて売ってさ」
こうして顔をつなぎ、猫ならぬコネを得ることも未来への投資なのだ。青花、というかフェアギスマインニヒト相手にひと悶着あったことは、聞かれない限り黙っておこう。
「で。それ、本当に本物の猫なの?」
「中にいるのは本物だよ。ご挨拶しようか」
猫はちぐらの中から顔を覗かせる。三角の耳、緑の目、黒く短い毛皮。
「本当に本物の猫なの?」
「本物だったらいいな、とは思うよ」
伝承や様々な図版に見られる姿に近いし、バイオ猫とはちょっと姿かたちが違うし。こっちの方がもう少し洗練されている気がする。それぞれの好みの問題はあるだろうけど。
妹は右手を猫の鼻先に近づけた。互いに互いを警戒しているようで、右手を出すと顔が引っ込み、顔が出ると右手が引っ込んだ。
「その指ならちょっと引っかかれても大丈夫だろうに」
「うん、でもその顔を見るとちょっとね」
やがて距離感がつかめたのか、猫が妹の指先にかじりついた。めっちゃがりがりいってる。
「えっ。えっ、これ大丈夫なの」
「たぶん大丈夫じゃない、ちょっとそこ代わってくれるか」
めっちゃ指噛まれた。それはそれとしてちぐらから出して抱き上げる。
「最初からこうすればよかったんだな。ほら、こう、抱える感じにして」
「こ、こう」
胸の前で両腕を組むような格好になった妹の腕の中へ、猫を放り入れる。どちらも「急に何するんだこいつ」みたいな顔でこっちを見ている。
「じゃあ、世話はよろしく。必要なものはメモしておいたからこれ読んで。ふたりに神々の祝福あれ」
翡翠式の祈りのしぐさを見様見真似でやった後、すぐに部屋を後にした。
さて、彼女の鋼の腕を徹して、あの小さな生き物の体温は、鼓動は通じているだろうか。通じていてほしい、と希望することしかできないが。
◆14回更新の日記ログ
「あんたも財団への攻撃には行くのかい」
「まさか。未識別と、航路を狙ってくるジャンクテイマーの相手で手いっぱいだ」
「功名心とは無縁そうだもんな」
「そんなものがあったら、戦場から逃げて雀荘に入り浸ったりしてない」
違いない、と商店の親父は笑った。
「しかしあんたが傭兵とは。人に歴史ありってところだな」
「碌な仕事じゃないぞ。今も昔も、人を殺して金をもらってンだから」
「昔はどうか知らないが、今は強盗を追い払ってるみたいなもんだろう。ちょっとは胸を張っていいんじゃないか」
そう言って親父は、カウンター後ろの棚を振り返る。
「あんたがいなかったら、ここの商品のうちいくつかは並んでないんだ」
「それは言い過ぎだろう、復帰してまだひと月も経ってないぞ」
「感謝の言葉くらいは受け取っておきなよ」
「感謝の気持ちは態度だけで示すもんじゃないんだよな」
「バイオ枝豆の缶詰でいいか?」
「不良在庫!」
妙なエグみと伝承にある枝豆とは似ても似つかない見た目から、本当に好きなやつしか手に取らないと言われている翡翠系列企業の商品だ。枝豆がごわっとしたペールオレンジの見た目をしていますか? おかしいと思いませんかあなた。こういう物こそジャンクどもに食わせておけばいいんだ。それはそれとして、誠意は誠意だからありがたく受け取りはする。
「いつも助かってるよ、いや本当に」
「お互い様だ。傭兵になっても、羽振りがよくなる見通しは全くないから」
「いやいや、未来はわからんぞ」
「明日には海の藻屑になってる、って意味でな」
「夢も希望もないが、それも傭兵稼業の厳しさか。お得意様が減るのは困るなあ」
それからまた取り留めのない話に戻った。コンテナの流通、グレムリンの操縦、テイマーになるための最も手っ取り早い方法……。
「今なら財団だろうが、ちょっと前なら真紅か翡翠かだな。俺も食うに困っての真紅入りだったし」
「翡翠といえば、例の噂は本当なのかい。ほら、量産バイオ人間」
「ああ、防設とセットで運用しているって話を聞いたことがある。うなじの辺りに傷跡があったらバイオ人間だ、見た目には普通の人間と変わらないから気をつけような」
気をつけるも何もバイオ人間なんかいやしないんだが、震えあがる親父が愉快なのでもう少しからかってみよう。
「ほら、なんとかいう神様の祝福とか、そういうの? それが普通の人間より伝導率がいいらしくてさ」
「じゃあ、やっぱりあの時の客は……」
「えっ」
「三人組で、そのうちのひとりにはうなじに傷があったのを見たんだ。まさか、あれが……」
「まさか。未識別と、航路を狙ってくるジャンクテイマーの相手で手いっぱいだ」
「功名心とは無縁そうだもんな」
「そんなものがあったら、戦場から逃げて雀荘に入り浸ったりしてない」
違いない、と商店の親父は笑った。
「しかしあんたが傭兵とは。人に歴史ありってところだな」
「碌な仕事じゃないぞ。今も昔も、人を殺して金をもらってンだから」
「昔はどうか知らないが、今は強盗を追い払ってるみたいなもんだろう。ちょっとは胸を張っていいんじゃないか」
そう言って親父は、カウンター後ろの棚を振り返る。
「あんたがいなかったら、ここの商品のうちいくつかは並んでないんだ」
「それは言い過ぎだろう、復帰してまだひと月も経ってないぞ」
「感謝の言葉くらいは受け取っておきなよ」
「感謝の気持ちは態度だけで示すもんじゃないんだよな」
「バイオ枝豆の缶詰でいいか?」
「不良在庫!」
妙なエグみと伝承にある枝豆とは似ても似つかない見た目から、本当に好きなやつしか手に取らないと言われている翡翠系列企業の商品だ。枝豆がごわっとしたペールオレンジの見た目をしていますか? おかしいと思いませんかあなた。こういう物こそジャンクどもに食わせておけばいいんだ。それはそれとして、誠意は誠意だからありがたく受け取りはする。
「いつも助かってるよ、いや本当に」
「お互い様だ。傭兵になっても、羽振りがよくなる見通しは全くないから」
「いやいや、未来はわからんぞ」
「明日には海の藻屑になってる、って意味でな」
「夢も希望もないが、それも傭兵稼業の厳しさか。お得意様が減るのは困るなあ」
それからまた取り留めのない話に戻った。コンテナの流通、グレムリンの操縦、テイマーになるための最も手っ取り早い方法……。
「今なら財団だろうが、ちょっと前なら真紅か翡翠かだな。俺も食うに困っての真紅入りだったし」
「翡翠といえば、例の噂は本当なのかい。ほら、量産バイオ人間」
「ああ、防設とセットで運用しているって話を聞いたことがある。うなじの辺りに傷跡があったらバイオ人間だ、見た目には普通の人間と変わらないから気をつけような」
気をつけるも何もバイオ人間なんかいやしないんだが、震えあがる親父が愉快なのでもう少しからかってみよう。
「ほら、なんとかいう神様の祝福とか、そういうの? それが普通の人間より伝導率がいいらしくてさ」
「じゃあ、やっぱりあの時の客は……」
「えっ」
「三人組で、そのうちのひとりにはうなじに傷があったのを見たんだ。まさか、あれが……」
◆13回更新の日記ログ
「継ぎ接ぎ幽霊船への風評被害凄そう」
「どうした急に」
「たぶんジャンク財団のエンブレムだと思うんだけど。ほら、最近ネットでよく見るボロボロの帆船のやつ」
「ああ、確かに名前から受けるイメージそのものだな」
「どうするんだろうね。身の振り方とかさ」
「寄る辺なきヴォイドテイマーの寄り合いが後ろ指差されたとして、何か対処をすると思うか」
「それはそう。何なら三大を敵に回しても戦うよね」
「いやちょっと名前を目にしたことがあるだけのユニオンをして、そこまで断言するのもどうかとは思う」
「そんなもんか。アタシらの場合はどう?」
「さすがに三大は御免被る」
「え、まさか、解散の危機?」
「今まで世話になったな。ここ俺の名義で借りてる船だから、とっとと荷物をまとめて出て行ってくれないか」
「アンタグレムリンには乗れても操船はからきしじゃん。秒で干上がってもいいなら喜んで降りるけど」
「部外者に操縦をさせるわけにはいかないから、お前もここで干上がることになるな。もしくは港まで泳ぐかだ。レンチ取って」
「はい。ここからだといちばん近いのは赤の海の真紅工廠かな。お世話になりたくない場所のひとつだよね」
「だろう。ここはひとつ我慢して、もうしばらく俺の右腕として働いてもらおう」
「どっちかっていうとアンタただの渉外担当でしょう。役割的にはアンタが右腕」
「さっきも言ったがここは俺の船だ。お前の腕は買うが、船長の指示には従ってもらわんとな」
「アイ、サー。ところでアラート出てない?」
「ジャンクじゃなければ未識別だ。ひと働きしてもらうぞ」
「お断る。そもそも真紅工廠にコンテナ配達っていうのも、アタシは乗り気じゃなかったんだよね」
「頼むよー、巨大未識別の時にやらかしてから船のレンタル代が割り増しになってるんだよー」
「そういうところがめついよね、真紅……」
「認証、ヤルンサクサ。我が未来に希望を」
「認証、ベルセルクル。我が傷跡に祝福を」
「どうした急に」
「たぶんジャンク財団のエンブレムだと思うんだけど。ほら、最近ネットでよく見るボロボロの帆船のやつ」
「ああ、確かに名前から受けるイメージそのものだな」
「どうするんだろうね。身の振り方とかさ」
「寄る辺なきヴォイドテイマーの寄り合いが後ろ指差されたとして、何か対処をすると思うか」
「それはそう。何なら三大を敵に回しても戦うよね」
「いやちょっと名前を目にしたことがあるだけのユニオンをして、そこまで断言するのもどうかとは思う」
「そんなもんか。アタシらの場合はどう?」
「さすがに三大は御免被る」
「え、まさか、解散の危機?」
「今まで世話になったな。ここ俺の名義で借りてる船だから、とっとと荷物をまとめて出て行ってくれないか」
「アンタグレムリンには乗れても操船はからきしじゃん。秒で干上がってもいいなら喜んで降りるけど」
「部外者に操縦をさせるわけにはいかないから、お前もここで干上がることになるな。もしくは港まで泳ぐかだ。レンチ取って」
「はい。ここからだといちばん近いのは赤の海の真紅工廠かな。お世話になりたくない場所のひとつだよね」
「だろう。ここはひとつ我慢して、もうしばらく俺の右腕として働いてもらおう」
「どっちかっていうとアンタただの渉外担当でしょう。役割的にはアンタが右腕」
「さっきも言ったがここは俺の船だ。お前の腕は買うが、船長の指示には従ってもらわんとな」
「アイ、サー。ところでアラート出てない?」
「ジャンクじゃなければ未識別だ。ひと働きしてもらうぞ」
「お断る。そもそも真紅工廠にコンテナ配達っていうのも、アタシは乗り気じゃなかったんだよね」
「頼むよー、巨大未識別の時にやらかしてから船のレンタル代が割り増しになってるんだよー」
「そういうところがめついよね、真紅……」
「認証、ヤルンサクサ。我が未来に希望を」
「認証、ベルセルクル。我が傷跡に祝福を」
◆12回更新の日記ログ
はい、はじめまして。ジャンクテイマーと接触した記事は興味深く拝見しました。
ああ、驚かれるのも無理はありません。しかし三大所属ならともかく、寄る辺なきヴォイド・テイマーが五体満足でいられるかというと、そうもいかないことはご想像いただけるかと思います。これは友軍を未識別機動体からかばった際の傷跡で――え? いえ、決して当てつけなどでは。そもそもその友軍は、甲斐なく海に還っていますからね。そうした未来を予見できなかったというのは、まだ未熟だったということです。今も完全に見えるわけではないのですけれど。
ええ、耳にしたことがあります。財団への締めつけが日に日に強まっていくようですね。現存するグレムリンフレームの改修、新造パーツの流通がああも大規模に、同時多発的に行われると、まるで彼らこそが世界の外からの侵略者のようで――え? いえ、疑っているわけでは。腕も銃弾も、思念さえも届かない高みにいる相手を敵に回しても、無為ではありませんか。よくわかりませんが、祝福をもたらしてくれるものだとありがたがっておけばよいのです。目に見えるご利益があるだけ、十二柱より優れているかもしれません。
さて、他にご希望は。今後の戦局? ふふ、先のことなど見えないというお話はしたはずでは。何より後ろ盾なきヴォイド・テイマーですので、死なぬよう生きぬよう、海の藻屑を積み上げ続けることしかできません。それがいずれグレムリンを高みへ導くだろう、というのがあの全翼機の言です。我々が勝つか負けるか、次の世界がどのようなものであるかは、実際に見てみないことにはわかりません。
はい、ありがとうございました。妹さんにもよろしくお伝えください。
ああ、驚かれるのも無理はありません。しかし三大所属ならともかく、寄る辺なきヴォイド・テイマーが五体満足でいられるかというと、そうもいかないことはご想像いただけるかと思います。これは友軍を未識別機動体からかばった際の傷跡で――え? いえ、決して当てつけなどでは。そもそもその友軍は、甲斐なく海に還っていますからね。そうした未来を予見できなかったというのは、まだ未熟だったということです。今も完全に見えるわけではないのですけれど。
ええ、耳にしたことがあります。財団への締めつけが日に日に強まっていくようですね。現存するグレムリンフレームの改修、新造パーツの流通がああも大規模に、同時多発的に行われると、まるで彼らこそが世界の外からの侵略者のようで――え? いえ、疑っているわけでは。腕も銃弾も、思念さえも届かない高みにいる相手を敵に回しても、無為ではありませんか。よくわかりませんが、祝福をもたらしてくれるものだとありがたがっておけばよいのです。目に見えるご利益があるだけ、十二柱より優れているかもしれません。
さて、他にご希望は。今後の戦局? ふふ、先のことなど見えないというお話はしたはずでは。何より後ろ盾なきヴォイド・テイマーですので、死なぬよう生きぬよう、海の藻屑を積み上げ続けることしかできません。それがいずれグレムリンを高みへ導くだろう、というのがあの全翼機の言です。我々が勝つか負けるか、次の世界がどのようなものであるかは、実際に見てみないことにはわかりません。
はい、ありがとうございました。妹さんにもよろしくお伝えください。
◆11回更新の日記ログ
焼け焦げた装甲、歪んだ銃身。おびただしい戦いの傷跡を見て、整備士は大きく息をついた。
「どうしてこんなになるまで放っておいたんだか」
命を預ける商売道具なのだから、もう少し気を使ってもよさそうなものだが。どこから手をつけるべきか少し思案して、ひとまず装甲版を取り外すところから始めることにした。
「うわ、フレームもボロボロ。最近多いなあ、変な錆びたフレーム」
試作段階だったアサルト・フレームの換装希望が殺到した頃だったか。あれ以降よく見かけるようになった気がする。
「そういえばこの機体も申請が出ていたな。いやあ、こんな状態でよくここまで来たもんだ」
換装先はメディテート・フレーム。フレームそれ自体が思念制御識《祝福》と共鳴する、という技術的に実現可能なのか怪しい代物だ。こんなものを本当に作り上げてしまったうちの研究部門はどうかしているし、それをどこからか聞きつけてやってくるテイマーもどうかしている。
「そうなるとお前もお役御免か」
海の藻屑にならなかったことを喜ぶべきなのか、兵器として役割を全うできなくなることを悲しむべきなのか。
「戦争中でなければ、お前みたいな旧型でも活躍できるのかもしれないなあ」
たとえば遠い未来、未識別の脅威も去り、自身に与えられた世界を救うという役割からも解き放たれ、何らかの競技に用いられるとか。模擬戦でもレースでもいい。
「できれば俺が生きているうちに実現してほしいもんだ」
「どうしてこんなになるまで放っておいたんだか」
命を預ける商売道具なのだから、もう少し気を使ってもよさそうなものだが。どこから手をつけるべきか少し思案して、ひとまず装甲版を取り外すところから始めることにした。
「うわ、フレームもボロボロ。最近多いなあ、変な錆びたフレーム」
試作段階だったアサルト・フレームの換装希望が殺到した頃だったか。あれ以降よく見かけるようになった気がする。
「そういえばこの機体も申請が出ていたな。いやあ、こんな状態でよくここまで来たもんだ」
換装先はメディテート・フレーム。フレームそれ自体が思念制御識《祝福》と共鳴する、という技術的に実現可能なのか怪しい代物だ。こんなものを本当に作り上げてしまったうちの研究部門はどうかしているし、それをどこからか聞きつけてやってくるテイマーもどうかしている。
「そうなるとお前もお役御免か」
海の藻屑にならなかったことを喜ぶべきなのか、兵器として役割を全うできなくなることを悲しむべきなのか。
「戦争中でなければ、お前みたいな旧型でも活躍できるのかもしれないなあ」
たとえば遠い未来、未識別の脅威も去り、自身に与えられた世界を救うという役割からも解き放たれ、何らかの競技に用いられるとか。模擬戦でもレースでもいい。
「できれば俺が生きているうちに実現してほしいもんだ」
◆10回更新の日記ログ
返信があったのは翌日の夕方だった。
「死んだのかと思った。この前は雀荘で世話ンなったな」
「テンプランスルビーか。洒落た名前じゃねえか」
こっちにつく気になったのか、とジャンクテイマーは言った。
「冗談じゃない、俺は宣戦布告をしたいのさ」
「真紅に戻りでもしたのか」
「傷跡を調べたのはお前だろう、今更戻れないのはわかってンだ」
グレムリンズ・ギフトは未来への希望を、自らが生み出した兵器に託した。ジャンクテイマー、少なくともその首魁はそれを悪用し、自らが望む世界を手に入れようとしている。正直なところ、どちらも眉唾だ。
「お前こそ、ただの機械に世界を救済されていいのか。全部忘れて、ただの市民に戻るなら今のうちだぞ」
「作ったやつが神だって言うなら、あれも神のうちなんだろう。しかしグレムリンズ・ギフトの望むものが、俺たちとは違うことだってある」
生きているか死んでいるかもわからず、空を飛び続けているだけの設計者の思惑より、同じ時代に生まれ、今を生きている財団の方がまだ信頼できる。なるほど元傭兵らしい判断ではある。
しかし俺は、毒にも薬にもならない講釈を垂れるオーバーロードより、今を生きるための物資をかすめ取っていく小悪党の方が気に食わない。横領をしていた士官を撃ち殺したのもそうだ。
戦争と巨大未識別の脅威を経てなお、俺たちは互いの手を取ることもできない。だから俺はこの虚空の海で、罪を重ねるしかないのだ。
「もう雀荘には来ねえのか」
「お前みたいに悪質な客が出るところには二度と行かない。もし次に会うなら戦場だ」
「顔見知りを撃つのは気が引ける」
「俺たちは赤の他人だ。迷うなよ、ペレグリンロード」
返信には時間がかかった。
「残念だ、テンプランスルビー。お前に神の祝福を」
あとのふたりは、ついに現れなかった。
「死んだのかと思った。この前は雀荘で世話ンなったな」
「テンプランスルビーか。洒落た名前じゃねえか」
こっちにつく気になったのか、とジャンクテイマーは言った。
「冗談じゃない、俺は宣戦布告をしたいのさ」
「真紅に戻りでもしたのか」
「傷跡を調べたのはお前だろう、今更戻れないのはわかってンだ」
グレムリンズ・ギフトは未来への希望を、自らが生み出した兵器に託した。ジャンクテイマー、少なくともその首魁はそれを悪用し、自らが望む世界を手に入れようとしている。正直なところ、どちらも眉唾だ。
「お前こそ、ただの機械に世界を救済されていいのか。全部忘れて、ただの市民に戻るなら今のうちだぞ」
「作ったやつが神だって言うなら、あれも神のうちなんだろう。しかしグレムリンズ・ギフトの望むものが、俺たちとは違うことだってある」
生きているか死んでいるかもわからず、空を飛び続けているだけの設計者の思惑より、同じ時代に生まれ、今を生きている財団の方がまだ信頼できる。なるほど元傭兵らしい判断ではある。
しかし俺は、毒にも薬にもならない講釈を垂れるオーバーロードより、今を生きるための物資をかすめ取っていく小悪党の方が気に食わない。横領をしていた士官を撃ち殺したのもそうだ。
戦争と巨大未識別の脅威を経てなお、俺たちは互いの手を取ることもできない。だから俺はこの虚空の海で、罪を重ねるしかないのだ。
「もう雀荘には来ねえのか」
「お前みたいに悪質な客が出るところには二度と行かない。もし次に会うなら戦場だ」
「顔見知りを撃つのは気が引ける」
「俺たちは赤の他人だ。迷うなよ、ペレグリンロード」
返信には時間がかかった。
「残念だ、テンプランスルビー。お前に神の祝福を」
あとのふたりは、ついに現れなかった。
◆9回更新の日記ログ
【ブログ形式】
初ヒノデ・スシ
ヒノデは北北東~北東海域で獲れるウニの一種です。年末年始にかけて漁の最盛期を迎え、特に年明けに獲れたものは初ヒノデとして珍重されます。本日はその初ヒノデのスシのレシピをご紹介します。
材料:
ヒノデ(可食部) …… 100g
メシ …… 200g
ビネガー …… 20g
糖 …… 5g
塩 …… 少々
ソイソース …… 適量
未来、傷跡、希望、連環、祝福などの調味料をお好みで。
手順:
1. ビネガーに糖、塩を溶き、メシと混ぜ合わせます。
2. 器に1. のメシをよそい、その上にヒノデを盛りつけます。
3. ソイソースと、お好みの調味料をかけて完成です。
今年はジャンクテイマーの活動が激化したこともあり、ヒノデのみならず様々な物資、食料の流通量が減少してしまいました。こうした時だからこそ、危険な漁に臨む漁師の方々だけでなく、グレムリンテイマーの皆さんにも感謝を忘れてはいけませんね。
初ヒノデ・スシ
ヒノデは北北東~北東海域で獲れるウニの一種です。年末年始にかけて漁の最盛期を迎え、特に年明けに獲れたものは初ヒノデとして珍重されます。本日はその初ヒノデのスシのレシピをご紹介します。
材料:
ヒノデ(可食部) …… 100g
メシ …… 200g
ビネガー …… 20g
糖 …… 5g
塩 …… 少々
ソイソース …… 適量
未来、傷跡、希望、連環、祝福などの調味料をお好みで。
手順:
1. ビネガーに糖、塩を溶き、メシと混ぜ合わせます。
2. 器に1. のメシをよそい、その上にヒノデを盛りつけます。
3. ソイソースと、お好みの調味料をかけて完成です。
今年はジャンクテイマーの活動が激化したこともあり、ヒノデのみならず様々な物資、食料の流通量が減少してしまいました。こうした時だからこそ、危険な漁に臨む漁師の方々だけでなく、グレムリンテイマーの皆さんにも感謝を忘れてはいけませんね。
◆8回更新の日記ログ
「あっ、手術が済んだばかりなんですから、まだ休んでいてください」
平時は軍服に覆われている傷跡もあらわに、半身に包帯を巻いた男はベッドに腰かけて報告書に目を通していた。
「我々はうまくやったか」
「はい。誘導には成功しています」
巨大未識別誘導作戦。融合し、巨大化した未識別グレムリンを交易航路から遠ざけ、あわよくば撃墜しようと画策した。多大な犠牲を払ったが、当初の目的だけは達成できた。量産された機体はあんなものを相手取れるようにはできていない。
「上層部は傭兵に助力を請うことを決定しました。既に撃破報告も上がっています」
「さすがはヴォイドテイマーだな」
思えば、死の眠りから目覚めたときもそうだった。彼らと彼らの機体が、この混迷の中の希望になるだろう。
しかし、何もかもを傭兵に任せられるわけではない。未識別機動体の発生源の捜索、ジャンク財団への対処、グレイヴネットに飛び交う情報の精査。組織でなければできないことも多い。
「タワー直下領域を解放、北西部ももう間もなく、か」
索敵、共鳴は、粉塵に覆われた世界を見通そうとする意志によって行われるという説がある。その意志こそが領域の解放、そして世界の浄化につながるのだと。
グレムリンは戦いの果てに世界を終わらせる。現状の、不具合がある世界を。
「これは術後の妄言だが」
ダスト・グレムリンの覚醒を促すため、グレムリン同士で戦わせる必要があった。そのための灰塵戦争だったが、ダスト・グレムリンは世界を浄化することができなかった。
だからこれはやり直し(リブート)だ。
死の眠り。選抜に漏れたグレムリンテイマー。三大にも抗しうる財力、兵力を持つ組織が今日まで雌伏し続けてきた、その理由。
「テイマーズ・ケイジは、この未来を予見していたんじゃないか?」
平時は軍服に覆われている傷跡もあらわに、半身に包帯を巻いた男はベッドに腰かけて報告書に目を通していた。
「我々はうまくやったか」
「はい。誘導には成功しています」
巨大未識別誘導作戦。融合し、巨大化した未識別グレムリンを交易航路から遠ざけ、あわよくば撃墜しようと画策した。多大な犠牲を払ったが、当初の目的だけは達成できた。量産された機体はあんなものを相手取れるようにはできていない。
「上層部は傭兵に助力を請うことを決定しました。既に撃破報告も上がっています」
「さすがはヴォイドテイマーだな」
思えば、死の眠りから目覚めたときもそうだった。彼らと彼らの機体が、この混迷の中の希望になるだろう。
しかし、何もかもを傭兵に任せられるわけではない。未識別機動体の発生源の捜索、ジャンク財団への対処、グレイヴネットに飛び交う情報の精査。組織でなければできないことも多い。
「タワー直下領域を解放、北西部ももう間もなく、か」
索敵、共鳴は、粉塵に覆われた世界を見通そうとする意志によって行われるという説がある。その意志こそが領域の解放、そして世界の浄化につながるのだと。
グレムリンは戦いの果てに世界を終わらせる。現状の、不具合がある世界を。
「これは術後の妄言だが」
ダスト・グレムリンの覚醒を促すため、グレムリン同士で戦わせる必要があった。そのための灰塵戦争だったが、ダスト・グレムリンは世界を浄化することができなかった。
だからこれはやり直し(リブート)だ。
死の眠り。選抜に漏れたグレムリンテイマー。三大にも抗しうる財力、兵力を持つ組織が今日まで雌伏し続けてきた、その理由。
「テイマーズ・ケイジは、この未来を予見していたんじゃないか?」
◆7回更新の日記ログ
「そもそも世界の不具合ってなんだよって話でさ」
未識別機動体はバグデータだと言われて、ハイそうですかとはいかない。それじゃあ俺たちもただの電子情報だということになる。世界が格納された筐体が壊れたら、夢も希望も過去も未来も、全てまとめて消える無意味な存在になってしまう。
4000年野郎には勝ったのに、とっくに世界は崩壊していましたじゃ笑い話にもならない。
「それに不具合があるってことはつまり、寝て起きたら海の上に裸で放り出されているかもしれないってことだろう」
「そりゃそうだが、心配しても仕方ねえしよ」
対面の傭兵は仲間とうなずきあった。それはそうだ。空が落ちてくる心配をするより、日銭の心配をするべきなんだ。それはわかっている、わかってはいるが。
「待つしかねえのさ、そういう時はな。今、お前がアガリ牌を待っているみてえにだ」
「なら動くしかないな、それロン」
対面の傭兵がうめく。渋々点を払いながら、あてはあるのかとささやいた。
「世界についての情報を握っているのは真紅だが、今の三大は巨大未識別への対処で大わらわだ。各地の不死人は何か知っている様子だが、絶対にそれを明かすことはしねえ」
そこでだ、とさらに声を潜める。
「ジャンクに興味はねえか」
上家と下家は素知らぬ顔で洗牌を始める。決めた、この雀荘には二度と来ない。
「お前の脛の傷跡は調べさせてもらった。元真紅所属だったことも」
「そういうお前自身は何か知っていて、俺を誘うんだろうな」
「俺じゃねえ。だが評議員クラスなら、おそらく」
「工場が摘発されたって聞いたぞ。まだやンのか」
「お前はまだ自前の機体を持っている。そうだろう」
調べたというのは本当らしい。だが、それが逆に気になった。
「どうして俺なんだ」
「俺たちは灰燼戦争を経験したテイマーを探している。テイマーになりてえだけのワナビーなら掃いて捨てるほどいるが、まず生き残れねえ」
財団は強いテイマー、強いグレムリンを求めている。しかしそれを一から育てるには時間が足りねえ、と傭兵は言う。
「俺はあの戦場を覚えている。お前はどうだ」
「二度とごめんだ」
「残念だ。気が変わったら連絡してくれ」
傭兵たちはそれぞれのグレイヴネットのアカウント名を書き残し、席を立った。
三大でも財団でも、鉄砲玉にされるのは同じだ。打つのは麻雀だけでいい。
未識別機動体はバグデータだと言われて、ハイそうですかとはいかない。それじゃあ俺たちもただの電子情報だということになる。世界が格納された筐体が壊れたら、夢も希望も過去も未来も、全てまとめて消える無意味な存在になってしまう。
4000年野郎には勝ったのに、とっくに世界は崩壊していましたじゃ笑い話にもならない。
「それに不具合があるってことはつまり、寝て起きたら海の上に裸で放り出されているかもしれないってことだろう」
「そりゃそうだが、心配しても仕方ねえしよ」
対面の傭兵は仲間とうなずきあった。それはそうだ。空が落ちてくる心配をするより、日銭の心配をするべきなんだ。それはわかっている、わかってはいるが。
「待つしかねえのさ、そういう時はな。今、お前がアガリ牌を待っているみてえにだ」
「なら動くしかないな、それロン」
対面の傭兵がうめく。渋々点を払いながら、あてはあるのかとささやいた。
「世界についての情報を握っているのは真紅だが、今の三大は巨大未識別への対処で大わらわだ。各地の不死人は何か知っている様子だが、絶対にそれを明かすことはしねえ」
そこでだ、とさらに声を潜める。
「ジャンクに興味はねえか」
上家と下家は素知らぬ顔で洗牌を始める。決めた、この雀荘には二度と来ない。
「お前の脛の傷跡は調べさせてもらった。元真紅所属だったことも」
「そういうお前自身は何か知っていて、俺を誘うんだろうな」
「俺じゃねえ。だが評議員クラスなら、おそらく」
「工場が摘発されたって聞いたぞ。まだやンのか」
「お前はまだ自前の機体を持っている。そうだろう」
調べたというのは本当らしい。だが、それが逆に気になった。
「どうして俺なんだ」
「俺たちは灰燼戦争を経験したテイマーを探している。テイマーになりてえだけのワナビーなら掃いて捨てるほどいるが、まず生き残れねえ」
財団は強いテイマー、強いグレムリンを求めている。しかしそれを一から育てるには時間が足りねえ、と傭兵は言う。
「俺はあの戦場を覚えている。お前はどうだ」
「二度とごめんだ」
「残念だ。気が変わったら連絡してくれ」
傭兵たちはそれぞれのグレイヴネットのアカウント名を書き残し、席を立った。
三大でも財団でも、鉄砲玉にされるのは同じだ。打つのは麻雀だけでいい。
◆6回更新の日記ログ
「ここに猫がいる、って聞いた」
雨音列島のあばら家で俺を出迎えたのは、火傷跡と包帯が痛々しい、色とりどりの染みがある白衣を着た爺さんだった。
「ごわごわした合成繊維の塊でも、しわくちゃのバイオ猫でもない、本物のやつが」
爺さんは顎をしゃくって、あばら家の奥までついてくるよう促した。廃材をつぎはぎにしたような廊下、歪んだベッドのある狭い寝室を抜けて、見るからに手掘りの地下室へ下りていく。
地下室には青白い光を放つ、大きな機械が置かれていた。爺さんは無造作に、頭の上に三角錐がふたつ取りつけられた、ヘルメットのようなものを俺に押しつける。再び顎をしゃくって、機械に据えつけられた椅子を示した。俺が言われるままにする間に、爺さんは機械を操作する。ご希望のコースを選択してください、というくぐもった音声。ゴロゴロという奇妙な稼働音を聞いている間に気が遠くなり、
気がついたら波打ち際にいた。粉塵のない青い空にかかる太陽。付近に爺さんがいないか探そうとしたとき、何か巨大なものが目に入って思わず声を上げた。
グレムリンに比肩する大きさのそれは、緑色の両目で俺を見下ろしている。
「でっか……」
それは前腕を俺の方へ伸ばしてきた。その先端が触れるか触れないかのうちに、視界は地下室に戻っていた。
「今のが?」
「確証はない。誰も猫の姿など覚えていないからだ」
ここにも想像上の猫しかいなかった。妹に、必ず本物を連れて帰ると約束したのに。
「他に何か知らないか。猫のことなら何でもいい」
「こいつは氷獄の発掘品だ。その付近でなら似たようなものが見つかるかもしれないが」
上の階から複数の足音と号令が聞こえた。爺さんもそれを聞いたらしく、迷いなく機械に火を放った。
「何をするんだ」
「フェアギスマインニヒト、あれは猫を支配しようとしている」
裏から逃げるぞ、と爺さんは素早く走り出す。地下室から続く手掘りのトンネルは、古い格納庫に通じていた。そこで1機のグレムリン、通称スヌーズキャットが待っている。
「戦えはしないが、翡翠に逃げ込むことくらいはできる」
ただでさえ狭い操縦棺は、男ふたりでいっぱいになった。
「爺さんは何のために、あの機械を」
「過去の人類は猫とともにあった」
巨大な猫が目覚める。盾を構えて天井を突き破り、粉塵の舞う空へと飛びあがる。下方であばら家が燃えていた。
「未来の人類にも、猫とともにいてほしいのだ」
雨音列島のあばら家で俺を出迎えたのは、火傷跡と包帯が痛々しい、色とりどりの染みがある白衣を着た爺さんだった。
「ごわごわした合成繊維の塊でも、しわくちゃのバイオ猫でもない、本物のやつが」
爺さんは顎をしゃくって、あばら家の奥までついてくるよう促した。廃材をつぎはぎにしたような廊下、歪んだベッドのある狭い寝室を抜けて、見るからに手掘りの地下室へ下りていく。
地下室には青白い光を放つ、大きな機械が置かれていた。爺さんは無造作に、頭の上に三角錐がふたつ取りつけられた、ヘルメットのようなものを俺に押しつける。再び顎をしゃくって、機械に据えつけられた椅子を示した。俺が言われるままにする間に、爺さんは機械を操作する。ご希望のコースを選択してください、というくぐもった音声。ゴロゴロという奇妙な稼働音を聞いている間に気が遠くなり、
気がついたら波打ち際にいた。粉塵のない青い空にかかる太陽。付近に爺さんがいないか探そうとしたとき、何か巨大なものが目に入って思わず声を上げた。
グレムリンに比肩する大きさのそれは、緑色の両目で俺を見下ろしている。
「でっか……」
それは前腕を俺の方へ伸ばしてきた。その先端が触れるか触れないかのうちに、視界は地下室に戻っていた。
「今のが?」
「確証はない。誰も猫の姿など覚えていないからだ」
ここにも想像上の猫しかいなかった。妹に、必ず本物を連れて帰ると約束したのに。
「他に何か知らないか。猫のことなら何でもいい」
「こいつは氷獄の発掘品だ。その付近でなら似たようなものが見つかるかもしれないが」
上の階から複数の足音と号令が聞こえた。爺さんもそれを聞いたらしく、迷いなく機械に火を放った。
「何をするんだ」
「フェアギスマインニヒト、あれは猫を支配しようとしている」
裏から逃げるぞ、と爺さんは素早く走り出す。地下室から続く手掘りのトンネルは、古い格納庫に通じていた。そこで1機のグレムリン、通称スヌーズキャットが待っている。
「戦えはしないが、翡翠に逃げ込むことくらいはできる」
ただでさえ狭い操縦棺は、男ふたりでいっぱいになった。
「爺さんは何のために、あの機械を」
「過去の人類は猫とともにあった」
巨大な猫が目覚める。盾を構えて天井を突き破り、粉塵の舞う空へと飛びあがる。下方であばら家が燃えていた。
「未来の人類にも、猫とともにいてほしいのだ」
◆5回更新の日記ログ
星の海。真紅連理所属駆逐艦、その船室のひとつで、額を横切る傷跡のある男が椅子に縛りつけられている。
船室の扉が開いて、灰色の服を着た一団がなだれ込んできた。
「お前の雇い主、タワー寄港中の真紅連理船舶に対し、自爆テロを企てた男が帰ってきた」
一団のうち、リーダー格らしい男が言った。
未識別機動体の中にグレムリンが含まれている――その情報はグレムリンテイマーのみならず、三大勢力の首脳部をも震撼させた。人類が雲霞の如く現れる未識別機動体を相手に持ち堪えていられたのは、グレムリンが一騎当千の働きをしているからだ。機能を模倣しただけとはいえ、それが敵として現れたら?
「あいつは海に還った。もはや俺とは無関係だ」
「我々はそう考えてはいない」
寛大な真紅連理はお前にふたつの選択肢を与えることにした、とリーダー格の男は続ける。
「大罪人を撃墜せしめるか、否かだ」
「選択肢って意味わかってるか」
「否であればお前をこのままグレムリンに乗せ、搭乗口を溶接し、漂着の海に捨てる」
選べ、と灰色の男はさらに迫る。傷の男はわずかな間だけ瞑目し、
「証拠がない。それは本当にあいつなのか」
灰色の男は口角をゆがめ、別の男に命じた。彼は小さな通信端末の画面を、傷のある男に見せる。映っているのは未識別グレムリンだった。
「防設からの砲撃を受けた対象は急激に加速。大気中の粉塵を取り込み、戦闘海域の通信を阻害した。ニアデスコフィンと呼ばれる操縦棺の機能だ」
画像をスライドさせる。機体からほとばしる電光が、海域に存在する全てをなめる。
「対象はエレクトロフィールドによる無差別攻撃の末に撃墜、反応エンジンによるものと思しき大爆発を起こして消滅した。あの時と同じ手口だ」
「待て。だったらなおさら」
「わからないのか。これはテイマーと紐づいたグレムリンではない」
画像をスライドさせる。同じグレムリンが映っている。
「3時間前、横道潮流の船から送られてきたものだ」
もう一度だけ言うが、と灰色の男は椅子に縛られた男に歩み寄る。
「今死ぬか、死ぬまで働くか。お前の希望を汲んでやろうというんだ」
耳元でささやく。
「それとも、また兄を撃つのは嫌か」
跳びかかる椅子をかわし、灰色の男は距離を取る。額に傷跡のある男は椅子とともに転がったまま、不自由な姿勢でもがいている。
「30分だけ待つ。お前の未来はお前が決めろ、傭兵」
船室の扉が開いて、灰色の服を着た一団がなだれ込んできた。
「お前の雇い主、タワー寄港中の真紅連理船舶に対し、自爆テロを企てた男が帰ってきた」
一団のうち、リーダー格らしい男が言った。
未識別機動体の中にグレムリンが含まれている――その情報はグレムリンテイマーのみならず、三大勢力の首脳部をも震撼させた。人類が雲霞の如く現れる未識別機動体を相手に持ち堪えていられたのは、グレムリンが一騎当千の働きをしているからだ。機能を模倣しただけとはいえ、それが敵として現れたら?
「あいつは海に還った。もはや俺とは無関係だ」
「我々はそう考えてはいない」
寛大な真紅連理はお前にふたつの選択肢を与えることにした、とリーダー格の男は続ける。
「大罪人を撃墜せしめるか、否かだ」
「選択肢って意味わかってるか」
「否であればお前をこのままグレムリンに乗せ、搭乗口を溶接し、漂着の海に捨てる」
選べ、と灰色の男はさらに迫る。傷の男はわずかな間だけ瞑目し、
「証拠がない。それは本当にあいつなのか」
灰色の男は口角をゆがめ、別の男に命じた。彼は小さな通信端末の画面を、傷のある男に見せる。映っているのは未識別グレムリンだった。
「防設からの砲撃を受けた対象は急激に加速。大気中の粉塵を取り込み、戦闘海域の通信を阻害した。ニアデスコフィンと呼ばれる操縦棺の機能だ」
画像をスライドさせる。機体からほとばしる電光が、海域に存在する全てをなめる。
「対象はエレクトロフィールドによる無差別攻撃の末に撃墜、反応エンジンによるものと思しき大爆発を起こして消滅した。あの時と同じ手口だ」
「待て。だったらなおさら」
「わからないのか。これはテイマーと紐づいたグレムリンではない」
画像をスライドさせる。同じグレムリンが映っている。
「3時間前、横道潮流の船から送られてきたものだ」
もう一度だけ言うが、と灰色の男は椅子に縛られた男に歩み寄る。
「今死ぬか、死ぬまで働くか。お前の希望を汲んでやろうというんだ」
耳元でささやく。
「それとも、また兄を撃つのは嫌か」
跳びかかる椅子をかわし、灰色の男は距離を取る。額に傷跡のある男は椅子とともに転がったまま、不自由な姿勢でもがいている。
「30分だけ待つ。お前の未来はお前が決めろ、傭兵」
◆4回更新の日記ログ
「幽霊だあ? グレムリンに乗ってたら、霊障なんざ日常茶飯事よ。この前だって急にエンジンが不調に――なに、見たことがあるか? まさか。もし見つけたら撃ち落としてやるよ、おかげで何度死にかけたか」
「同じアセンブルの機体なんざごまんとあるし、エンブレムが似てるなんてこともしょっちゅうだ。それに救済の日まで休んでるだけの死者が、わけもなくその辺をうろついたりするかよ――翡翠の偉いさんが何か言ってたって? あれは信心も精進も足りねえ俺たちみてえなのが、右往左往するのを面白がってるだけだ」
「テイマーズ・ケイジと諸共に消失したグレムリンやら傭兵やら、そいつらが帰ってきたんじゃねえか? ありそうな事だろう、この海には外からいろいろと変なものが流れ着くんだからな――船に戻らねえ理由? それは本人に聞くしかねえよ」
「いいところに来てくれました! 一緒に取材してくれるヒトを探していたんですよ。霊障研ブログの管理人にはアポを取ってあるので早速――聞いてない? えっ、打ち合わせに来たんじゃないんですか」
「AIだってゴシップは大好物ですし、ゴーストには個人的に……個AI的に親近感を覚えるんです。物理実体を持たないところとか、ネットに拡散して偏在するところとか。それに今回のは新規性を感じるんですよね、シルエットどころかエンブレムまで見える画像、なかなかないですよ」
「はあ、それは面白い仮説ですね。死の眠りとテイマーズ・ケイジの消失とは、どちらが原因でどちらが結果なのか、それともどちらも関係ないのか、『私たち』でも把握できていないんですよ」
「ともあれ、当事者のお話を聞いてからにしましょう。例の画像の送信者が匿名希望とはいえ、通信ログを洗うことはできるはずです。どこで撮ったかは無理でも、誰が撮ったかまでわかれば――通信の秘密? あいにく電子クラーケンが食べちゃいまして」
「同じアセンブルの機体なんざごまんとあるし、エンブレムが似てるなんてこともしょっちゅうだ。それに救済の日まで休んでるだけの死者が、わけもなくその辺をうろついたりするかよ――翡翠の偉いさんが何か言ってたって? あれは信心も精進も足りねえ俺たちみてえなのが、右往左往するのを面白がってるだけだ」
「テイマーズ・ケイジと諸共に消失したグレムリンやら傭兵やら、そいつらが帰ってきたんじゃねえか? ありそうな事だろう、この海には外からいろいろと変なものが流れ着くんだからな――船に戻らねえ理由? それは本人に聞くしかねえよ」
「いいところに来てくれました! 一緒に取材してくれるヒトを探していたんですよ。霊障研ブログの管理人にはアポを取ってあるので早速――聞いてない? えっ、打ち合わせに来たんじゃないんですか」
「AIだってゴシップは大好物ですし、ゴーストには個人的に……個AI的に親近感を覚えるんです。物理実体を持たないところとか、ネットに拡散して偏在するところとか。それに今回のは新規性を感じるんですよね、シルエットどころかエンブレムまで見える画像、なかなかないですよ」
「はあ、それは面白い仮説ですね。死の眠りとテイマーズ・ケイジの消失とは、どちらが原因でどちらが結果なのか、それともどちらも関係ないのか、『私たち』でも把握できていないんですよ」
「ともあれ、当事者のお話を聞いてからにしましょう。例の画像の送信者が匿名希望とはいえ、通信ログを洗うことはできるはずです。どこで撮ったかは無理でも、誰が撮ったかまでわかれば――通信の秘密? あいにく電子クラーケンが食べちゃいまして」
◆3回更新の日記ログ
霧的麻雀――悪鬼の部位と数字とが刻まれた牌を集め、決まった役を作り、他の参加者から点を奪う。そうして誰かの持ち点が尽きるまで繰り返す。歴史は無駄に長いらしく、このゲームの由来を知る者はいない。いや、今はそれどころではない。
「どういうつもりだって聞いてンだよ」
上家の男を洗面所に呼び出した。2局まではついていると思っていたが、3局で疑念に、今しがたの4局で確信した。
「お前、わざと振り込んでただろう。コンビ打ちだと思われたらどうしてくれンだ」
意図は全くわからないが、こいつは俺を勝たせようとしている。
髪を剃り上げたこの男――おそらく真紅系列の船外作業員だ。彼らは髪や髭が粉塵を吸着することを嫌う――とは初対面のはずで、見ず知らずの人間にこんなことをされる覚えもない。
「万が一出入り禁止にでもなったら、」
「あんたは人類の希望なんだ」
は?
「今日ここであんたが負けたら、世界が崩壊する」
は?
「あんたがどう思おうが関係ない。俺はあんたを勝たせるために、のべ400年のループを繰り返してきたんだ」
「お前正気か」
勝ち負け以前に、麻雀をやる気が完全に失せてしまった。今日はもう帰って寝よう。
坊主頭の男に背を向けて、洗面所を出ようとした時だった。
「打ち合わせは済んだかあ?」
下家の男が洗面所に入ってきた。俺たちがコンビ打ちをしているのではないかと疑っているようだ。
「知らねえよ。今日は気分が悪いから帰るわ」
「おいおい、勝ち逃げするつもりかあ? そうはさせねえぜ」
こいつはこいつで面倒だな。無視して帰ろうとしたが、下家の男は出入り口に立ちふさがった。
「邪魔だ。俺がどうしようがお前にゃ関係ねえだろう」
「いいや、ある。俺ァてめえを負かすために来たんだからなあ」
は?
「いや、違う。お前たちがグルなんだな。カネならないぞ」
「カネはどうでもいい、卓に戻れ。うんと言うまでここは通さんぞお」
強請や強盗の類ではないらしい。まさか、こいつら本気で、俺の勝ち負けに世界の命運がかかってるっていうのか?
坊主頭の男を振り返ると、そいつは自信たっぷりに頷いてみせた。
「安心しろ。俺は今日この日のために修練してきたんだ。あんたを絶対に勝たせるために」
「おお、つまり対面のてめえが今回の俺の敵かあ」
下家の男に喜色がにじむ。
「てめえは俺に勝てるかなあ? のべ4000年をかけて霧的麻雀を改変、浸透させたこの俺によお」
「どういうつもりだって聞いてンだよ」
上家の男を洗面所に呼び出した。2局まではついていると思っていたが、3局で疑念に、今しがたの4局で確信した。
「お前、わざと振り込んでただろう。コンビ打ちだと思われたらどうしてくれンだ」
意図は全くわからないが、こいつは俺を勝たせようとしている。
髪を剃り上げたこの男――おそらく真紅系列の船外作業員だ。彼らは髪や髭が粉塵を吸着することを嫌う――とは初対面のはずで、見ず知らずの人間にこんなことをされる覚えもない。
「万が一出入り禁止にでもなったら、」
「あんたは人類の希望なんだ」
は?
「今日ここであんたが負けたら、世界が崩壊する」
は?
「あんたがどう思おうが関係ない。俺はあんたを勝たせるために、のべ400年のループを繰り返してきたんだ」
「お前正気か」
勝ち負け以前に、麻雀をやる気が完全に失せてしまった。今日はもう帰って寝よう。
坊主頭の男に背を向けて、洗面所を出ようとした時だった。
「打ち合わせは済んだかあ?」
下家の男が洗面所に入ってきた。俺たちがコンビ打ちをしているのではないかと疑っているようだ。
「知らねえよ。今日は気分が悪いから帰るわ」
「おいおい、勝ち逃げするつもりかあ? そうはさせねえぜ」
こいつはこいつで面倒だな。無視して帰ろうとしたが、下家の男は出入り口に立ちふさがった。
「邪魔だ。俺がどうしようがお前にゃ関係ねえだろう」
「いいや、ある。俺ァてめえを負かすために来たんだからなあ」
は?
「いや、違う。お前たちがグルなんだな。カネならないぞ」
「カネはどうでもいい、卓に戻れ。うんと言うまでここは通さんぞお」
強請や強盗の類ではないらしい。まさか、こいつら本気で、俺の勝ち負けに世界の命運がかかってるっていうのか?
坊主頭の男を振り返ると、そいつは自信たっぷりに頷いてみせた。
「安心しろ。俺は今日この日のために修練してきたんだ。あんたを絶対に勝たせるために」
「おお、つまり対面のてめえが今回の俺の敵かあ」
下家の男に喜色がにじむ。
「てめえは俺に勝てるかなあ? のべ4000年をかけて霧的麻雀を改変、浸透させたこの俺によお」
◆2回更新の日記ログ
食糧が底をついた。干しておいた虚空魚――脚が3本生えているが、頭と尾びれがあるから魚だ――にいよいよ手をつけなければならない。
「しかもよくわからないメカを買えだあ? 冗談じゃねえ」
アレッポだかハトポッポだか知らないが、突然やってきてセールストークを始めやがった。あのくたびれた印象の営業マンは、どうやって俺を捕捉したんだか。
零力照射気嚢。鹵獲した未識別機動体からリバースエンジニアリングした代物で、零力からの悪影響を軽減するという。戦闘地域へ最低1機の配備を目指していて、所構わずグレムリンテイマーのいる場所へ営業をかけているとも。
「だからって俺のところへ来なくてもいいじゃねえか」
グレムリン曳航ボートの小さな甲板で、虚空魚を炙る。そう、ボートだ。クレジットに余裕があったり、ちゃんとした後ろ盾があったりすれば、悪鬼巡洋艦に専属オペレーターがつく。だがはぐれもののジャンクテイマーにとっては、ボートとグレムリンとの維持管理費、そして自分自身の食い扶持をまかなうので精いっぱいだ。
生まれは翡翠経典の船だった。父は戦死し、母は病死した。ここに救いはないと悟り、青花師団に身を寄せた。グレムリンの操縦技術を学んだのも、ジェイクたちと出会ったのもこの頃だった。己を救えるのは己だけだと実感していた。
「夢も希望もねえな、現実はよ」
ジェイク、カタリナ。全てが灰燼に帰した。そうして翡翠にも青花にも戻れず、真紅にも身を寄せずに、天からの恵みを口を開けて待っている。
その恵みが、振ってきた。
『同業者』から高値で買ったコンテナ・レーダーが反応した。コンテナにのみ含まれる合金に反応するという話だったが、それが東から1個近づいてくる。これは三大の輸送船ではなく、単独行動中の傭兵、あるいは『同業者』だ。いや、たとえ輸送船であろうとも背に腹は代えられない。この機を逃せば、次の遭遇がいつになるかわからないからだ。
「恨むなら、この航路を選んだやつを恨むんだな」
錆びの浮き始めたグレムリン・スペリオールに火を入れる。首尾よくコンテナを手に入れたら、まずは食糧だ。それから弾薬。ボートのくたびれてきたエンジンもそろそろ交換してもいいかもしれない。
あるいは、コンテナを手土産に三大のどこかに身を寄せてもいいが。
「冗談じゃねえ」
俺はこの虚空の海で、罪を重ねるしかないのだ。
「しかもよくわからないメカを買えだあ? 冗談じゃねえ」
アレッポだかハトポッポだか知らないが、突然やってきてセールストークを始めやがった。あのくたびれた印象の営業マンは、どうやって俺を捕捉したんだか。
零力照射気嚢。鹵獲した未識別機動体からリバースエンジニアリングした代物で、零力からの悪影響を軽減するという。戦闘地域へ最低1機の配備を目指していて、所構わずグレムリンテイマーのいる場所へ営業をかけているとも。
「だからって俺のところへ来なくてもいいじゃねえか」
グレムリン曳航ボートの小さな甲板で、虚空魚を炙る。そう、ボートだ。クレジットに余裕があったり、ちゃんとした後ろ盾があったりすれば、悪鬼巡洋艦に専属オペレーターがつく。だがはぐれもののジャンクテイマーにとっては、ボートとグレムリンとの維持管理費、そして自分自身の食い扶持をまかなうので精いっぱいだ。
生まれは翡翠経典の船だった。父は戦死し、母は病死した。ここに救いはないと悟り、青花師団に身を寄せた。グレムリンの操縦技術を学んだのも、ジェイクたちと出会ったのもこの頃だった。己を救えるのは己だけだと実感していた。
「夢も希望もねえな、現実はよ」
ジェイク、カタリナ。全てが灰燼に帰した。そうして翡翠にも青花にも戻れず、真紅にも身を寄せずに、天からの恵みを口を開けて待っている。
その恵みが、振ってきた。
『同業者』から高値で買ったコンテナ・レーダーが反応した。コンテナにのみ含まれる合金に反応するという話だったが、それが東から1個近づいてくる。これは三大の輸送船ではなく、単独行動中の傭兵、あるいは『同業者』だ。いや、たとえ輸送船であろうとも背に腹は代えられない。この機を逃せば、次の遭遇がいつになるかわからないからだ。
「恨むなら、この航路を選んだやつを恨むんだな」
錆びの浮き始めたグレムリン・スペリオールに火を入れる。首尾よくコンテナを手に入れたら、まずは食糧だ。それから弾薬。ボートのくたびれてきたエンジンもそろそろ交換してもいいかもしれない。
あるいは、コンテナを手土産に三大のどこかに身を寄せてもいいが。
「冗談じゃねえ」
俺はこの虚空の海で、罪を重ねるしかないのだ。
◆アセンブル
◆僚機と合言葉
(c) 霧のひと