ENo.0172　アト・クラウレイ

本日のニュースです
昨日、風の門で再び慰霊の音楽祭が開かれました
未識別融合体との戦いで亡くなった人々を弔う音楽祭です
レクイエムが響く中、人々は祈りと黙とうを捧げます
戦う人々に祝福を……我々は、生き続けるのです

　輸送機内部。かなり高速で走っているけど、中はほとんど風が通っていない。

「いやーしかし助かったぜ。昔は俺もテイマーだったんだが、膝に矢を……」
「ちょっと黙ってください」

　小柄な女性が、中年の男性を蹴っ飛ばして黙らせる。

「あの、どうして急に取引なんか？」

　質問してみる。小柄な女性は答えた。
　なんでも、他に別のテイマーを運んでいたらしいが、急に戦線離脱されて帰る宛てもなかったらしい。
　なんで戦線離脱なんてするんだろう。逃げても意味ないのに。

　さらに小柄な女性は続ける。
　元々、かなりの長距離を移動するテイマー達の足替わりとしてやっているのがこの運び屋。
　ちなみに中年の男性は何故か居座っているらしい。

「という感じです、理解できましたか？」
「うん、大丈夫」
「それなら良かったです。ところでお名前は？」
「あ、そうか。……アト。アト・クラウレイ」
「クラウレイ……」

　小柄な女性は意味深につぶやいた。……私の名前、何か変だったのかな。

「……なんでもありません。私はエセリアです」
「そしてこのダンディな俺は！」
「黙ってください」
「はい」

　黙らせられた。

　………とにかく足替わりが出来たのはこっちとしてもありがたい。
　これからしばらく利用することになりそう。

本日のニュースです
南の島付近の海上で謎の珍獣「カビャプ」が目撃されています
カビャプが列をなして泳いでいくのが見えます
この後巨人の島方面に向かったということです
戦火の世にも、人々の連環を。我々はまだ、戦えます

未来傷跡連環希望祝福

「よし……終わった」

　背もたれに身を預けて息をつく。
　まだそこまで日数が経っているわけではない、けど何度も何度も戦ってるとすごく長い日数を戦ってる感じがしてすごくつらい。

「……昔、何してたんだろう」

　ふとつぶやく。といっても、知ってるような人はきっといないだろうし、何よりここまで来たから知ってる人に会える確率なんて非常に低い。

「あれ……」

　なにやら通信が入ってきた。何だろうと思って開く。

『もしもーし。聞こえますかー？』
「誰もいません」
『よしいるな！』

　……中年ぐらいの渋い声の人だった。新手の何かなんだろうか？

「一体なに？ どうして通信なんか……」
『うん？ あぁ方向教えないと信頼されないだろって？ そうだなよし！ お前の機体から見て南西の方向だ！』

　話聞いてくれない。……ただどうやら変な人の他にもう一人いるらしい。機体を南西に向けてレーダーを起動する。確かに遠くに何らかの反応がある。

『いやー助かったぜグレムリンテイマーがいてよ！ そこでちょっと取引したい！』
「取引？」
『俺たちはアンタとそのグレムリンをアンタの思うところに運ぶ！ 代わりにアンタは他の奴らを倒してほしい！ OK？』

　言ってることが無茶苦茶すぎる。
　……とはいえ、悪くない取引だと思う。正直一人では限界を感じていたし、それに―――

「……分かった」
『おぉ！ 話の分かるやつで助かったぜ！ んじゃこれから顔合わせしたいから落ち合おうぜ！』

　……とりあえず悪い人ではなさそうなのは間違いじゃないと思う。未来に希望をちょっとだけ持てたような気がする。

『ところでまず聞きたいんだが、どこ向かいたいんだ？』
「あ、それは……ちょっと待って」

　もう一つ通信があった。気になってネットにつなぐ。内容は財団の強襲内容についてだった。
　……大丈夫のはず。今のでこの機体の動かし方はある程度慣れたはずだから。

「目標は南の島。そこで作戦に参加しようと思う」

　

未来傷跡連環希望祝福

　この戦いに、未来はあるのかな？
　この戦いに、希望はあるのかな？
　この戦いに、祝福はあるのかな？



「………ん」

　一戦を終えた私は一度工廠にグレムリンを停めると仮眠をとっていた。
　時間を確認する。1時間だけ、と思ったけどもう３時間も経過していた。少しだけあくびをして整備を行う。

「装備のほうは大丈夫そうかな。けど……」

　フレームを確認する。移動や戦闘を繰り返した機体はもうボロボロで、今後の戦闘で急に壊れる可能性もある。
　少しの思考の後に私はフレームの乗り換えを行うことに決めた。
　……思えばこの機体、目を覚ました頃からずっと一緒だったかな。
　何もわからないままで、ひたすら戦場を彷徨ってて、一人で震えて……。
　けどこれ以上はもう……。

　―――そうか

「っ！？」

　びっくりして辺りを見渡す。男の人の声が聞こえた。でも周囲には誰もいない。
　幻聴………だったのかな。

「……」

　ただ私は、傷跡だらけの機体を見つめた後に歩き出す。

　どれくらいか時間は経過して。
　新しく変えたフレームの動作を確認する。装備もいくつかは移し替えられたし、ほかにも装備のDLも完了。

　……どうしてだろう。前のより手に馴染んでるみたいで、動かしやすかった。
　大丈夫。……これならきっと。

　まだまだ戦いは続く。まるで連環してるかのように。
　でもきっと、何かがある……私はそう、思ってる。

　今回は移動せずにここにとどまることにした。

「……はぁ」

　本当に必要になってるのかな私。誰からも必要とされてないような気がして不安になってくる。
　でも仕方ないことだよ多分。だって、私の価値なんて……。

「……っ」

　怖くなって身体をきゅっとしめる。
　大丈夫、大丈夫だから私……。心の中でそうつぶやいて。

　数分すると敵襲の音が響いて、いつものように私は乗り込むと戦場へと向かう。

未来傷跡祝福

「……あぁ、やっちゃった」

　生き残れたのはある意味奇跡なのかな。前の戦闘では相手の力量を見誤って撃墜されて。
　これじゃ……あの時と一緒だよ。

「……？」

　あの時、っていつだろう。私は思い出そうとしたけど全然思い出せない。
　そういえばなんで記憶を失ってたんだろう。何か嫌な思い出とかあったのかな。

「……」

　何とか動かせる機体を動かしつつ、内部を探る。持ち物らしい持ち物は見つからない。
　と、何か柔らかいものにあたって、私はそれを摘まんでみる。茶色や赤で汚れたハンカチだった。色は水色。名前は……

「書いて、ない」

　元々持ち物に名前を書かなかったのか、あるいは単に拾っただけなのかもよくわからない。
　それにこの汚れ方………多分、傷跡を拭いた後なのかもしれない。……洗う暇もなかったのかな、私。

　私は機体の中でハンカチを見つめていた。……そういえばなんだか何処かでハンカチのお守りの話を聞いたような、聞かなかったような。
　確か、幸運……とか、祝福……とか、とにかくそんな話を、誰かが、してたような、してないような。

　曖昧すぎて私は私が嫌になってきて。ハンカチはしまって機体を動かす。荷物の一つにはコンテナがある。確か辺境海域のあの柱に運んでほしいって言われて。

　そうして復唱できたことに、私はちょっと安堵した。だって、記憶がなくて、未来がどうなるかも不安で。また何かの拍子に記憶がなくなっちゃったらどうしようって。

　一緒についていく相手もいない……というより、私自身が怖くて一人になってるだけなんだよ。きっと………。

　震える手で操縦桿を握って、ふと息をつく。

「……おなか、すいたなぁ……」

　ちゃんとした食事取れてたかな私……。食べたはず、なんだけど……。

　その時遠くで嫌な予感がして、そちらに目を向ける。……まさか、あれって？

「準備、しなきゃ……」

　ちゃんと確認はできてないけど……私は、行かなきゃいけないんだ……。理由は分からないよ。ただ、行かなきゃ行けないっていう強迫観念がとにかく押し寄せているんだ―――

傷跡祝福

傷跡祝福

……やっと意識もはっきりしてきた。
今まで朦朧とした中で操縦桿を握ってきて、何のために、どうして戦っているのかもわからずじまいで。
けど慣れてきたのかな、やっと自分自身がはっきりと感じ取れるようになって。

本当は……ちょっと……どころじゃない、すごく怖いの。戦うこと。
今まで戦えたのは自分自身がはっきりしていなかったからで、今から戦っても……本当に大丈夫なのかな、と思うようになってきた。

でも逃げられないの。逃げたら……私きっとーーー

傷跡祝福

傷跡祝福

傷跡祝福

傷跡　祝福