ENo.0149　スタンダール・《RL》・コタール

《実行コード入力……入力受付中》
《機体コマンド：未来に希望を、事象へ傷跡を……継続承認》
《暗号化コマンド：blank……承認。シーカーユニット、スタンバイ》
《所属組織の運営：異常なし。一件のアクセスがあります》


　ちょっとした「手伝い」の予定が、次は他所への「おつかい」に化けちまうとは。高速潜航艇《カノープス》──サブマリン・バレット、つまりグレムのメンテナンス施設を備えた潜水艦みたいなモンだ──の制御室で、酒を呷りながら溜息を吐く。

　「手伝い」自体は大成功だった。エレメカ・オタクどもは戦闘の見返りに十二分の報奨をつけてくれた訳だ。結論から言えば、非物理武装に欲しくて堪らない素子を揃えられた。
　エンジニアとしちゃ、この仕事の道行きは悪くない。問題は、造りたい武装の設計図が影も形もないことだ。
　電磁火器の回路図、ブレードデバイス、推進ベクトル変換器……どの設計プランも見つからない。タワー滞在中に《カインダー》のガレージも全部漁ったが、本当に見つからなかった。
　意図的に隠されている？　企業の陰謀？　思いつく要因こそあれ、どれも真偽の確かめようがないのは確か。そうなれば、ただただ1680万色に光る──何であのオタクどもは、何でもかんでも光らせるんだ──宝が手の中で腐っていくだけだ。ナマモノじゃなくて助かった。

　今は「おつかい」途中……つまり、コンテナの強行輸送中。
　あんまりにも補給が安定しないんで、アキハバラとの仕事ついでに機体をサバイバル仕様に組み替えたところでこのデカい箱が手元に来ちまった。そもそも食事も弾薬も最低限でいい俺にとっちゃ、分かりやすい目標が落ちてきたってところだ。
　が、「ミストルテ」が弾き出した航路は複雑極まる。いや……戦闘が激化すりゃ輸送がままならないのは分かるんだが、よりによって4日も移動し続けなきゃならん場所にお呼びがかかるとはな。
　移動に問題はない、はずだ。気をつけなきゃならんのは、戦闘による瞬間的損耗と、コンテナ狙いのハイエナ共だ。
「ミストルテ、《カノープス》のシーカー出してくれ。4番機だけ」
「ボイスコマンド：承認。射出スタンバイ。結果は80秒後」
「オーライ、俺の健康チェックは？」
「異常ありません。操縦棺へ？」
　ああ、と短く答えると、AIらしからぬ唸りがバレット内に響く。いい合成音声エンジンを導入したのは成功だったな。
「RL、あなた酔ってらっしゃいますよね。グレムリンの飲酒運転ですか」
「別に違法でも問題行為でもない」
「……3番シーカーユニット出します」
　外装の外で、2回目の射出音が聞こえた。シーカーユニットは問題なく索敵を始めた──2機で。
「4番だけでいいって言っただろ!?」
「これはリスクヘッジです、RL……私は索敵後すぐ迎撃できるよう準備しながらでも、あなたがバレットの中で空けた酒瓶の数を数えるくらい、余裕でこなせますよ」
　足下で、清掃用の小型自走ユニットがガラゴロ音を立てながら酒瓶を転がしていった。

「ハア……もう一本飲んでおけばよかったぜ」
　接敵を告げるアラームを聞きながら、操縦棺に滑り込んだ。

《実行コード入力……入力受付中》
《機体コマンド：未来に希望を、事象へ傷跡を……継続承認》
《暗号化コマンド：blank……承認。シーカーユニット、スタンバイ》
《所属組織の運営：異常なし。一件のアクセスがあります》


　パーツ開発が滞ってる。
　《C.H.A.R.G.E》と《アネンスファリ》が上手いこと資金源になってくれちゃあいるが、聖魔兵器はまだ研究のし甲斐があるし、そろそろ放射光兵器の有用性も認められてくる頃合いだろう。
　そろそろ新作に取り掛かりたいぜ……いい加減、兵装ラボが恋しいもんだ。

《実行コード入力……入力受付中》
《機体コマンド：未来に希望を、事象へ傷跡を……継続承認》
《暗号化コマンド：blank……承認。シーカーユニット、スタンバイ》
《所属組織の運営：異常なし。一件のアクセスがあります》

《実行コード入力……入力受付中》
《機体コマンド：未来に希望を、事象へ傷跡を……継続承認》
《暗号化コマンド：燐光の化石、希望の記憶を探して……承認。シーカーユニット射出》
《所属組織の運営：異常なし。一件のアクセスがあります》

《実行コード入力……入力受付中》
《機体コマンド：未来に希望を、事象へ傷跡を……継続承認》
《暗号化コマンド：燐光の化石、希望の記憶を探して……承認。シーカーユニット射出》
《所属組織の運営：異常なし。一件のアクセスがあります》

《実行コード入力……入力受付中》
《機体コマンド：未来に希望を、事象へ傷跡を……継続承認》
《暗号化コマンド：星屑の化石、夢の記憶を探して……承認。シーカーユニット射出》
《所属組織の運営：異常なし。一件のアクセスがあります》

《実行コード入力……入力受付中》
《機体コマンド：未来に希望を……継続承認》
《追加機体コマンド：事象へ傷跡を……承認》
《暗号化コマンド：霧幻の化石、意味の記憶を探して……承認。シーカーユニット射出》
《所属組織の運営：異常なし。一件のアクセスがあります》

《実行コード入力……入力受付中》
《機体コマンド：未来に希望を……承認》
《暗号化コマンド：霧幻の化石、意味の記憶を探して……承認。シーカーユニット射出》
《所属組織の公開：承認。一件のアクセスがあります》

「それから、コードネームの変更、ですね。承認しました」
　制御AI《ミストルテ》は、主たるテイマーの要請に素直に従った。
「公表される名称となります。何に致しますか？」
「ええと……」
　空中に広げられたホログラム描写領域に、男はさらさらとサインを書いた。

「《Le Rouge et Le Noir》、ですか。大変申し上げにくいのですが……」
「うん？」
「コードネームとしては、あまりにも読みにくいですね」
　合成音声に咎められたのを聞いて、長身の男は眉を下げた。
「別に呼ばれないだろ？」
「識別名なんですから、人間にも読みやすいものになさってください」
「んー、じゃあ頭文字……」
「名案ですね。では、《RL》にしましょうか。今後もよろしくお願いしますね、RL」
「……何か慣れねえなァ」
「そういうものですよ。嘘の名前なんですから」
　くすくす、と少女めいてAIは笑った。
「私もそうです。本当の名前は、まだ教えられませんので」