ENo.0137　いちでぇ

『未来、連環、希望　とか』

頭が痛くて目を覚ました。グレムリンの操縦棺の中で簡易的に設置された操縦席は固く冷えていて、体の節々が痛む。昨日の戦闘が終わってそのまま気絶するように眠っていたようだ。グレムリンは自動制御に切り替わっており、海上でその巨体を静かに浮遊させ佇んでいた。
「……」
いちでぇは頭痛の元である頭の装置をなでた。これは脳波を用いてグレムリンを制御するためのものであり、グレムリンの一部とも言える物体だ。と、教えられたことがある。実際にその真実はいちでぇにもよくわかっていない。
「あ、あれ、もう片方は？」
頭を上げると、明らかにバランスがおかしい。もう片方に手をやると、そこにはむき出しになった端子の尖った感触だけがあった。どうやら、戦闘時の衝撃で外れてしまったようだ。
操縦棺の片隅に目をやると、ふだん頭に装着している装置が目に入る。
大きくため息を付きながら、いちでぇはグレムリン『クレーエ』の操作パネルに触れる。
「……クレーエ、おねがい」
頭に埋め込まれた端子の付け根が痛む。しばらくして壁の一部が開くと、はんだごての先端のようなパーツが取りつけられたアームがいくつも出てきた。蜘蛛の足のようにも見える不気味なそれらは、いちでぇのむき出しになった頭の端子を調べるようにつつき、時々小さく火花を散らした。
「痛っ！　うぅ、クレーエ、痛いよ……」
いちでぇはうずくまりながら涙を浮かべていた。頭をどこに置こうとも、アームは的確に端子を捉えて離さない。これは正規の手順を取られずに装置が外された際の処置だ。替えの利かない装置を長持ちさせるべく行われるメンテンスであることは、いちでぇも理解している。だが、生身の人間であるいちでぇにとってそれは痛みを伴う心身を削る行為でもあった。
「ぐすっ、ぐすん」
いちでぇが顔を上げると、そこには部屋の片隅の落ちていた装置がアームに持ち上げられて佇んでいた。思わず、涙が溢れる。
「クレーエはいじわるだ」
クレーエと共に戦うのは楽しい。強いグレムリン、ともに戦うテイマーたち、お金だって不自由なく手に入る。グレムリンといっしょなら、世界だって救える。この痛みだって終われば消え去って、10分後にはすっかり忘れているだろう。
しかし、今だけはグレムリンへの嫌悪感が頭の中にぐるぐると黒く渦巻いていた。

未来とか

「北のほうに、温泉あるんだって！　知らなかった～。そっち行けばよかったかなぁ。クレーエだって温泉入りたいよね？」
「あ～、こんなボロボロのフレームじゃ温泉に入ったら更に錆びちゃうか」
「やっぱり先に工廠行かなきゃだね！　キレイになってから、余裕があったら未確認機倒しつつ温泉目指していこうね！」

未来のはなしとか

「ねぇねぇ、クレーエ。これみて～」
いちでぇが操縦棺の中で丸い機械のパーツのようなものを転がした。バスケットボールほどの大きさだ。
「これなんだと思う？」
グレムリンは答えない。静かに海上を飛行し、タワーの南方へと航海を進めている。
「これね～、たまごだよ！　知ってる？　生き物が中にいるの！　補給コンテナの中に入ってたんだよ！」
「あ、ちょっとキモいって思った？　わかる～。初めて見たけど、この中に生き物がいるなんて気味悪いっていうか、ちょっと信じられないよね。でもやっぱ見つけちゃった責任っていうか。そういうのあるかなって思って捨てずに取っておいたんだ」
ボール状の機械を抱えながら、笑顔でひとり喋り続けている。
「人肌であっためると中の生き物が出てくるんだって。だから、こうして温めてんの。未識別機体出てきたらちゃんといっしょに戦うから、それまで操縦よろ～」
グレムリンは答えない。未だ何も見えない水平線へ向かって、自動操縦の機体は海を進んでいく。