ENo.0160　Anny=Tolle

　いつも通りの一週間が過ぎようとしている。

　営業を終えた翌日に簡単な予定を立て、仕入れを行い、好きな飲み物と菓子を楽しみながら作製する物を詰めていく。
　何一つ変わらない日常で、だからこそいつも通りで終われなかった。

　俺は主様の代理人。
　主様への忠誠は絶対であり、俺の配下である弟の忠誠も揺るがないものでなければならない。

　だが弟の言葉も態度も主様への反感を示し、忠誠を匂わせる様子すらなかった。

　駄目だ。

　駄目だ。

　許してはならない。

　主様へ絶対の忠誠を捧げられないなど、あってはならない。



「トトア」

　最後の確認作業を終え、倉庫から出ようとしている弟に声をかける。

「なンスか、ね――兄さん」

　相変わらず俺を姉と呼ぼうとする弟の身内に向ける警戒心のない声音を聞き、一瞬心が揺れた。
　そんなはずはない。気のせいだ。

　意識を切り替えれば弟の振り返る動きは引き伸ばされ、緩慢なものへと変わる。

　そうなれば簡単な話だ。
　動きに合わせてマスクの留め金を弾いて外し、こちらに体が向いたところで首を両手で掴み、逃げられないよう即座に力を込めた。

　弟が苦しげな音を漏らす。
　マスクがなければ呼吸も、まともな言葉を発することもままならない、俺よりも遥かに弱い存在の首を折ってしまわないよう、血の流れを遮るように圧迫していく。

「な――で…――ね…………さ…」

　マスク越しのザラザラとした異音の混じった不快な音ではなく、弟本来の声で発される俺への疑問に、また心が揺れる。
　駄目だ。許されない。

「大丈夫です。殺しはしません」

　殺す気はない。死なせない為に、今行動している。

　主様から頂いた大切な弟だ。殺したいわけがない。

　できる限り早く呼吸できない苦しみから開放してやりたくて、意識を落とす為に首を圧迫する手の力を少しだけ強める。

「だから、眠りなさい、トトア。次に起きた時には、主様へ心から忠誠を誓っていることでしょう」


　ひゅ――と弟の喉から音が漏れ、かくりと脱力した体を抱き上げる。

　まだ営業までには時間がある。
　主様の元へ届けてから、店舗に入れば間に合うだろう。


「歪みを正されたお前に会えることを楽しみにしてますよ、トトア」

ペルレイシスとトトアを生み出した本来参戦すべき魔王の根城。

領域には丁寧に整えられた色とりどりの薔薇園とその中央に鎮座する巨大な蔓薔薇の蕾。
本来は真っ白だっただろう城壁には蔦がびっしりと張り巡らされて深緑に染まっている。


生物の気配が感じられず、静まり返っている。