ENo.0013　焦がれる残火の魔王『フィリリ』

「なんか、へんだ。」

魔王はぽつりと呟いた。
“覚醒”のせいではない、はっきりとしない胸騒ぎ。

どうにか紛らわそうと歩き回り、尻尾が家具にぶつかるのも気にも留めない。
それでも一向に落ち着きを取り戻せず、しだいに苛立ちをあらわにし始める。
生まれて初めて──自分が“いつ生まれた”のかは知らないが──爪さえ噛んで。

「へんだ。きっとあの子に何かあったに違いない。
ぼくのいぬ──いや、勇者。……」

そう、勇者だ。
もうずっと姿を見ていない。それだけならばいいと魔王は高をくくっていたし、実際問題はなかった。

だが今は。
自分の与り知らないところで、何かよくないことが起こっているように感じられてならないのだ。

「あの篝火といい…いったい何が起きてる？」

真の支配はできずとも、確かに感じられていた彼との繋がり。運命。
その糸を思うまま手繰っていたつもりが、いつのまにか己こそが雁字搦めにされている──
そんな降って湧いたような嫌な想像を振り払うように、魔王は首を振った。

「ねーまほ太郎、……。まほ太郎？」

振り返ると、ウィザードの姿がない。
いつからいなかったのだろう。

「まほ太郎？」

あのウィザードはいつでもやるべきことを探しては忙しなく動き回っている。
当然これまでにも魔王のそばを離れることなどいくらでもあった。
だが今この時に限って魔王には、彼がそばにいないことが、ひどく恐ろしいことのように思えた。

自分の手の届かないところにいる勇者。
そばにいない、子ども。

「ど、どこ……？」

だめだ。彼らは自分のそばにいなければならないのに。

「嘘、嘘、嘘、なんで？
どこ行ったの……。
どこ──どこ！？」

「わっ、」

慌てて魔王領域を飛び出した魔王とぶつかりかけて後ずさる小さな姿。

『“とうさん”。』　　　「どうしたんですか？そんなに慌てて…」

「えっ。」

魔王は目を瞠り、

「あ……きみは、まほ太郎……そうだ、まほ太郎だよね。」

震える唇から弱々しい声がこぼれる。

「？　何言ってるんですか。そうですよ。
──ちょっと。痛いです。本当にどうしちゃったんですか？」

痛いと言われて、子どもの肩を掴んでいることに気がつき。
はっとして離した手をさまよわせながら、魔王は引き攣った笑みを浮かべる。

「え、っと。
ごめん、なんか……寝ぼけて、るのかも。えへへ。」

「それだけならいいんですけど……。

あの、これまでとは戦法を変えるわけですから、念には念を入れたいんです。
ちょっと先の様子を見てきても──」

「　だめ！　」

「……！」

「い…今は、ここにいて。お腹すいちゃったし。
ね、またトースト焼いてくれない？」

すがるようなその声音に、子どもは戸惑いながら頷いて。

「……」

パンを焼きに行くその背中を、まだ不安そうに魔王は見送ったのだった。

灰の溜まり場。あたたかい。