ENo.0266　フレデリック・ボウマン

──欧州世界　2XXX年　フランス　カレー海峡即ちドーバー海峡対岸

「……これが君の選択というのか」

遺跡での白土ルネらとの決戦の後。
巨大な爆発と光球に呑み込まれた男は、今その姿を再び欧州世界に現していた。
破損したハイドラの残骸と共に。
最後の決戦の折に、垣間見た”彼女”の選択。時を進めることを選んだ彼女の選択を……今一時、思い出しながら。


「やはり！おぉ……導師！」
「導師、お戻りを心からのお喜び申し上げます」

「待たせてしまったね。こればかりは時の流れによるところが大きい」

「いえ、いえ。導師殿。私にはこの盲いた瞳を通しても貴方の輝くお姿が現れることが見えておりました。」

「この世界を新たなる浄土へと導いてくださるその日を……」

両脇に若き僧侶らを侍らせた老いた僧侶が涙ながらに手を合わせて、奇跡の到来を祈る。
続くように後から多くの僧侶ら……そう、この世界のディヴィジョン・ディヴァイン・ディーヴァ
天魔衆の者達である。欧州に広く浸透している彼ら信徒はかつての導師の消失があっても
尚その信徒を増やし、今はフランスを影ながら支えている政治集団の一派にもなりつつあった。

故にこのような巨大な機動兵器の残骸の現出、或いはそれらの現象があったとしても
公的機関の者達が捜査目的で来ることはない。欧州の混乱の最中ではあるものの……
いや、公的な者らはこの場所を人払いしているのだ。
誰かが訪れることはない。IFXA、彼らのような存在がくれば警戒して封じてしまうことなどこの数年の欧州世界では当たり前のことになりつつあった。


「多くの犠牲があった。しかし私は今ここに立っている。それは即ちZX計画の始まりである。」

「おぉ……では、ついに。新浄土世界秩序”ニュー・クリア・ワールド・オーダー”が……！」

目を見開く老僧に頷き、また男を迎えた僧侶らに機動兵器……十二面や光輪を背負うハイドラの回収を促す。
そして見据えるは……対岸にある、霧に包まれた連合国家。
かつて新型爆弾により霧に包まれていることが常となり、多くの者達が見放した土地……
散発的にではあるがIXFAとの戦いが続く霧の都ロンドンを抱えるその国へ

「行こう、我らが西方の新世界へ！」


──欧州世界　2XXX年　帰還から翌年　旧イギリス領　ロンドン市　バッキンガム宮殿

「はぁ…っ！はぁ……っ！」

若い男が走っている。スーツに帽子、礼装姿の男が何かから追われているかのように……その施設
旧バッキンガム宮殿を抜け出し、集う”信徒”を搔き分けて庭園を後にした。

「はっ！はっ……あぁ……！こちらIFXAエージェント006……！だめだ…もう……！」

そう。何者追われていないというのに、男は何かから逃げるように”そこ”から駆け出していた。

「だめだ……だめなんだ……！私には拒めない……！」

男は泣いていた。恐怖から来る落涙ではない。
歓喜から来る涙と笑顔を溢れさせて走っていた。

「私には出来ない……戻れない！さようならIFXA！」

「私には導師の言葉を拒むことが出来ない！もう無理だ！もう戻れない！」

「すまない！すまない！ごめんなさい！ごめんなさい……」

「父さん……母さん……俺は正しいことをしてきたかな……でなかったら俺は……」

「俺は……」


──欧州世界　2XXX年　フレデリック・ボウマン　ロンドン市バッキンガム宮殿にて大英浄土連邦の成立を宣言
　　　　　　　　　以後、その勢力を拡大させ旧英国領及び周辺諸国を取り込み始める。

──欧州世界　2XXX年　旧イギリス領　ロンドン市　バッキンガム宮殿

静謐という瞬間が続き永遠とも思える時間が流れている世界だった。
欧州戦争の折から荒廃していた旧バッキンガム宮殿。
ここには今、多くの者達が集まっていた。ディヴァイン・ディヴィジョン・ディーヴァの信徒だけではない。

この世界、あるいはこの場所に流れ着いた者達……混乱し荒廃した世界に疲れ、或いは変革や救いや安寧を求めて集う者達。
中には体を義肢で補う者、体の一部を戦いの技能のために機械化したものも多くいる。
体の殆どを義肢化した少女に、喪に服すように黒いヴェールで機械デバイスを装着した耳が特徴的な顔を覆う女性や、機械装備を伴う少年兵……
巨大な自律機動兵器でさえもその場に集まっていた。
人種や年齢といったものでさえ垣根にはならないのだと……

ゆえにそこは今、内装を改められ儀礼的なものだけではない。
それはある種の宗教的な様相に変貌し、またその中に収める人々も同じく。
皆うやうやしくも、何か秘めた熱狂を滲み出させながら壇上に向けて祈っていた。

欧州では見ない葬儀の形をしたこの宗教儀式。それを取り仕切る男の言葉を今か今かと待ちわびている者達……


そしてついに男の口は開かれた。