ENo.0128　クラリッサ・マーシャンズ

本日のニュースです
ジャンクテイマーを裏で支配する組織を
三大勢力はジャンク・ファウンデーション、ジャンク財団と名付けました
いくつかの企業が裏でジャンク財団に参入しているとの噂が流れています
我々の未来は、いまだ闇の中です
戦いましょう、生き残りをかけて……

本日のニュースです
昨日、星の海にて海上映画祭が開かれました
戦火の中でも、愛の物語は人気です
人々は涙を流し、戦い疲れた体を癒しました
戦う人々に祝福を……我々は、生き続けるのです

夢を……見ている。


『マーズ14、助けて下さい！？　助けて下さいっ！？』

　狙撃砲で記念すべき初撃墜に成功した――
　期待のルーキーであるマーズ15の悲鳴がイヤホン越しに鼓膜を揺らした。

　狙撃砲は、対高機動目標に対する追随性は低い兵装だ。
　艦隊の輪形陣に突入してきた二機目を狙った結果、有効射程の内側に入り込まれた。
　虚しく空を切る対グレムリン用APFSDS。
　どうしても精密照準での狙撃を行うグレムリンの機動は単調になる。
　機体が安定していなければ、狙撃どころではないからだ。
　そして、それは敵からすれば、当て易い目標でもある。
　超音速巡航で突入した敵グレムリンの運動エネルギーが乗った速射砲の斉射が、正面装甲に叩き付けられた。
　操縦棺のバイタルパートを貫通こそしなかったが、装甲を削り取り、脆弱部である推進器から煙が吹き始める。
　ようやく回避機動に移行したマーズ15の尻を敵機が追う。
　速射砲の火箭が機体を掠め、海面から水飛沫を上げる。
　乱数回避を繰り返すマーズ15だが、推進器をやられては敵機を振り切れる訳がない。

「マーズ15、大丈夫？　そういう時は高い装備でも狙撃砲を投棄しなさい。テイマーの命ほどは安くない」

本日のニュースです
敵のジャンクテイマーに新型機が現れました
ジャンクの裏には大規模な組織の影があるようです
それは暴力でもって世界を奪おうと、統率を強めているようです
我々の未来は、いまだ闇の中です
戦いましょう、生き残りをかけて……

本日のニュースです
昨日、横道潮流にてボートレースが行われました
荒波を越えて勝利した選手には、1か月分のメシが贈られました
いつか、どこの領域でも平和なレースを取り戻したい。優勝者の願いです
戦う人々に祝福を……我々は、生き続けるのです

　夢を……長い、夢を見ている……。


　前線拠点である泊地に帰投した残存艦隊を待ち構えていたのは、正規空母損失の事実を情報工作で秘匿する為の最前線への編入だった。
　療養が必要な重傷者を除いた残存テイマーは新兵を加えて再編成され、別の空母機動艦隊への補充中隊となった。
　訓練学校のカリキュラムを圧縮して動員された新兵の練度は、弾避けか敵の的だ。
　新人であった私さえ、昇格の上で小隊長の任を与えられた。
　編隊飛行資格持ち自体が、開戦からの消耗で不足しているのだ。
　士官教育を受けているとはいえ、自分が部隊の中で新人であったのはつい最近の話なのだが……。
　今では『中核要員』に数えられるほどに人がいない。
　実戦ソーティの回数や撃墜数はともかく、正気の沙汰ではなかった。
　とはいえ、軍人である以上、命令は絶対だ。

「そのまま、残存艦艇の悪鬼巡洋艦に転属にはならなかったですね」

　泊地では修理不能な中破～大破の艦艇とは、ここでお別れだ。
　撤退戦の世話になった仮初の宿から追い出される事になる。
　居住空間としては、大型艦である正規空母の方が遥かに過ごし易いが、正規空母を遊ばせる余裕は軍にない。
　つまりは、また地獄の最前線勤務が待っている。

「次の空母も同型艦のＭ級ですか……Ｍ級中型空母の２番艦。通称ミドル２」

　艦載部隊と合わせた乗員は5000人を超える主力艦。
　２個中隊のグレムリンと予備機、それに支援機を擁する量産型の正規空母。
　艦隊の随伴艦である悪鬼巡洋艦のグレムリン部隊と合わせて戦隊を編成する。
　大隊には及ばないが、小自治体の全軍を凌ぐ大戦力。
　艦隊規模は転属前とそう差異はない。


　◆


　数週間後――
　Ｍ級中型空母２番艦マーズ、通称『ミドル２』、格納庫。
　エレベーターで愛機が飛行甲板へと上昇していく。
　甲板に半固定され、早期警戒レーダーを回している警戒グレムリンを尻目に、牽引された機体の脚部が電磁カタパルトへと接続される。
　私の愛機は、基本的には二脚の標準型モデルが多く、高機動戦以外で逆間接を使用した事はない。

『方位2-7-0からピケット艦の警戒網を突破したアンノウンが４機、クラリッサ小隊緊急発進、迎撃せよ』

　甲板のカタパルトオフィサーの指示に従い、愛機の推進器の推力をミリタリー出力へ。
　ハンドサインと共に電磁カタパルトのレール上を機体が滑走し始めて、座席に身体が押し付けられる。
　急加速に体重が五倍にまで増大するが、訓練されたテイマーはこの程度のＧは造作もない。
　飛行甲板を数秒で駆け抜けると、既に機体は海面低空を海上滑走している。
　後方には、後続の２番機の機影がチラついている。
　搭乗経験が短い２番機は安定せず、横風と大気に揺られて長竿をぶら下げた機体がふらついている。

　空母を中心とした輪形陣では、多重に空母の周りを囲む護衛艦が対空砲火の火箭を空に打ち上げていた。
　弾幕や十字砲火を掻い潜るようにアンノウンが肉薄してくる。

「マーズ15は、艦隊防空網の隙間にキルゾーンを設定……アンノウンを引き寄せてからアウトレンジから狙撃砲。一機は必ず減らしてね？」

　こちらも背面の粒子砲にミストエンジンの出力を回す。
　ドッグファイトに入る前に同数まで持ち込みたい。
　格納庫内のグレムリンが緊急発進したくらいだ。
　波状攻撃の対応に先行のスクランブル機は既に交戦中。
　後続機が上がる為の時間を稼ぐ必要がある。

「マーズ14……エンゲージ！」

　艦隊所属艦艇からのデータリンクで取得した敵未来予測位置へとトリガーを引いた。

未来祝福

未来祝福

　夢を見ていた。長い夢を――



　第一次七月戦役の開戦から終戦までをグレムリンテイマーとして駆け抜けた。
　迫る戦乱の気配に教育課程を短縮して卒業した時は、新人だった。
　入学後に四年のカリキュラムを短縮するのは反則だと嘆きはしたが、それでも正規の教育を軍学校で受けられた最後の世代であり、後輩を思えばそれは僥倖だったのだ。
　即席士官なんて代物は足手まといとしか形容できないお荷物だったが、配属された部隊と母艦、そして戦場には恵まれていた。先輩テイマーの技を吸収する時間はあったし、消耗戦を繰り広げる最前線の激戦区ではなかったから、技を磨くための時間があった。
　天賦の才があるとは自惚れないが、コツを掴んだ後は撃墜数が増えていった。
　戦場のエースというのは過信に近いもので、サイコロの６の目がいつまでも連続しない事を熟練のグレムリンテイマー達はよく知っていた。
　親鳥として生きる術を教えてくれた先輩達も一人、また一人で撃墜されて消えていく。
　最初に経験した激戦は、あの『海戦』で……空母を中核に複数の悪鬼巡洋艦を加えた機動部隊同士の遭遇が偶発的に起きたのだ。
　主力艦隊同士の艦隊決戦、スクランブル直掩、制海権の争い、艦艇攻撃の対空砲火で艦載戦力はすり減らされていき、双方の艦隊主力の大半が海中に没した。
　母艦であった艦隊旗艦、正規空母『イラストリアス』は轟沈し、慣れ親しんだ整備員の殆どや愛想の良かったPXの店員さん、食堂のおばさん、二枚目で凛々しかった副艦長も脱出艇に乗り込めず、艦と運命を共にした。
　増派された快速艦隊に追撃されながら、残存艦艇を護衛しながらの撤退戦が続いた。
　弾薬補給に悪鬼巡洋艦『トネ』に着艦している間も空襲のアラートが艦内に響き渡っている。
　ソーティの合間に水分だけを補給しながら、額の汗を拭って呼吸を整える。
　その間にも艦が被弾して、速力が落ちるのを感じた。
　整備員にコクピットハッチを無理矢理閉じられる。

『補給は半分ってところだが……カタパルトで撃ち出す。別の艦に拾って貰え！！』

　戸惑っている間に機体が加速し、眼前には海面が広がっている。
　その後ろには、対空砲火の火線を四方八方に飛ばしながら回避機動で旋回する臨時母艦である悪鬼巡洋艦が見えた。
　次の瞬間には青い閃光が奔り、太い粒子兵器の一撃は母艦を両断、衝撃波が機体を揺らした後に海水と轟音が機体を揺らす。
　数秒で艦体が海面下に沈み、大爆発、あれでは海面に投げ出された人間も衝撃波で即死している事だろう。

「あと、何機……味方のグレムリンは生きてるの！？」

　敵味方識別装置から、僚機であるグレムリンや駆逐艦の反応が消えていく。
　結局、撤退戦に成功したのは中破した一隻の悪鬼巡洋艦と僅かな護衛艦艇のみ。
　沈んだ艦の乗員の回収作業にあたった勇猛な駆逐艦の殆どは、鈍重な的として沈められていた。
　水上艦艇を守るために、残存グレムリン部隊が防衛線を張る。
　増援と合流した敵は、味方より多く、弾薬にも不自由していない。
　消耗したテイマーと万全の状態で交戦に入るテイマーでは、反射速度や余裕も違う。
　一つだけ違うのは、相手は勝ち戦と判断して深入りして来ない程度。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 エース
「何機墜とせば、終わるのよ！　今日だけで、余裕で五機撃墜よ！！」

　艦隊攻撃に強引に向かう敵機を牽制射で留めている内に、弾が尽きてしまった。

「速射砲まで弾切れ……粒子ブレード間に合うか？」

　エンジンの過負荷で重い機体で近接格闘モードにシフト……数瞬、遅い気がした。
　しかし、敵機は電磁兵器で切り裂かれ、爆散する。
　グレムリン中隊の別小隊の小隊長機だ。この時の私はＣ小隊に所属していた。

『クラリス……ルーキーの癖にお前もなかなか運がいいな』

　中破した先輩機が電磁ブレードを構え、続いて数機を斬り捨てる。

『大破機を除けば、残ってるのは俺とお前だけだ。さっさと弾薬を補充して来い。早く戻ってこないとケツをひっぱたくぞ！！』
「……大尉も無茶しないで下さいよ」
「さっきの貸しは、PXで一杯水を奢って貰うからな！！」

　ブースターを加速させ、別の敵編隊に斬り込むエース機。
　それが最初の戦友達の戦場で見た最後の姿だった。
　弾薬補充と機体の強制冷却と簡易整備を終えて再出撃した時には、戦域に彼我を問わず、残存機は存在しなかった。
　海上にも遭難者の気配はない。
　安全圏まで脱出した艦隊からも即座の帰還命令がでる。
　唯一の艦隊防空戦力を遭難者救助に遊ばせる余裕はないからだ。

「一人に……なっちゃった……」



　ここは冷たく、幾ら寝ても、醒めない夢が醒める気配はなかった。


　深海の海水に揺られ、夢の中をただ漂う。


　――夢は、醒めるのだろうか？


　――私は、目覚めるのだろうか？

未来祝福

新型アサルトフレームの受領任務を拝命。
暫定機体にて海域を目指す。
巡航速度にて航路は――