ENo.0142　チトラ・ス・ヴォーロ

第五話

筒ーーーーーッ！！！！
ごめんちょっと予定狂ったわ！
十二神将来てる！今！そう、白蓮の中でもトップの戦力！
僧正の重機動坐像、長いことブラックボックスになってる部品が足りずに稼働までいけなかったはずなのに…！
アーわかってる！わかってるから！
チトラさんも元十二神将でしょって？そうだけどね！
私のアグネヤ、じゃなかったイグナイターの戦闘教義、元を正せば概ね僧正が受け継いできたモンからなの！
でもってそれは元々、世界が水に沈む前の大昔に重機動坐像ミラリアルを運用してた連中の残した物！
つまりね、あっちがマザーマシンなんだよ！
手の内は全部知られてると思っていい！
よりにもよって…！

***
白蓮の護法巡礼艦からは宗主のありがたい言葉が流れ続ける。
襲撃により台無しにされたはずの祝祭は、今や何事も無かったかのようにつつがなく執り行われている。
そう、重機動坐像の自律飛行式マントラ・ハンドがイグナイターの精神遊離巨大腕の尽くを抑え込んでいるからだ。
「変わりない。我等をいくら拒もうとも、君の心は泣いている…」
僧正の声は揺れない。自在に飛ぶアームによる全方位攻撃、敵の死角を突くマニューバ、隙を付くための誘い込みかた…
全てにおいて有利。負ける道理が無いのだ。
だが、決めきれていないのも事実。
ミラリアルが接敵時に算出した戦闘継続予測時間は5分。
それだけの時間があれば間違いなく詰め切れる、がそれはあくまで最悪の場合だ。
僧正自身の見立てでは60秒で終わると見ていたが…
「既に126秒…悔やみ、逃げて先延ばす、それも君の苦しみか…」
（抵抗勢力たちの目的は、捕らえられた「将軍」を逆に餌とし、玉体をお見せになった宗主様を害することであろう。）
（であれば、元より「将軍」は見捨てられている。考慮する必要はない。）
（儂がアグネヤもどきを抑え込んでいる以上、作戦遂行は不可能…即座に離脱するべきだが）
（ここまで粘る理由は何だ…？増援を警戒すべきか）
膨らむ違和感。だが、どちらにせよ残り2分弱。それだけあれば、終わる。
***

筒！聞いてる筒！やっぱり形勢不利！
思考通信のおかげで舌嚙まないで済んでるけど今もぐるんぐるん機体ぶん回して何とか回避してるわ！
私のドルニエクローのが重い分威力は強いんだけど小回りで負けてるし大体のマニューバがバレてるし！
ん？ああそうよ、戦術が同じと言っても完全にコピーマシンってわけじゃないからね。
そりゃ細かい違いはあるし、機体サイズはウチのが小型されてる。
っても機動力は同等だし、易々と逃げ切れるわけでも…
違いに拘るじゃない。まあ、後大きな違いと言ったら…
脚の有無…くらい…あっ
…
一回だけならいけるかも。
筒、タイミング任せた。あんたがそう言うってコトは、他の用事は片付いたんでしょ。

***

残り10秒、万策尽きたと見えるイグナイターがミラリアルにまっすぐ突っ込む。
「おお！ついに我等のもとへ戻ろうか！」
クローは互いに空中で掴み合い、動けない！
ミラリアルの本体は近接防御用に火器が満載されている。
火線が正面のイグナイターに集中し…しかし、紙一重で躱されていく。
イグナイターの本体にも機銃程度は搭載されているが、恐れるものでは無い。
ミラリアルを押し切って宗主への自爆特攻程度しか出来ることはないはずだ。
残り0秒。二機は交錯し、チトラの目論見はもろくも崩れ去る―はずだった。
「脚があるんだよ、こっちにはね！」
ミラリアルの最終近接防御兵装であるヘッド・ブレードをすんでのところで躱し、胸部装甲に着地。
しかし非力な逆関節脚部は装甲を破ることはかなわない。
出来ることと言えば、思いっきり蹴り飛ばすことだけだ！
僧正の戦闘教義には無い機動。
虚を突き、敵機の姿勢を崩すと共に一気に距離を離す曲芸だ。
「？？！何、今更離脱だと！」

追撃の火線は、海中から射出された緊急離脱ブースターに掴まりぐんぐん加速するイグナイターには届かない。

つまるところ。
僧正は、彼女の作戦目的を見誤っていた。
レジスタンスは、「将軍」を諦め宗主を獲りに来たわけでは無かったのだ。
同時に、儀式艦の天井に内部から大穴が開く。
別動隊が「将軍」を確保し、離脱していく。
正気の沙汰ではない。たった一機の陽動戦力と、たった一機の奪回戦力。
白蓮天則は、その正気ではない敵と戦っているのだ。

***

「ったく。ギリギリ何とかなったけど、二度はごめんよ。労いなさい、オズ。」
帰還の途上。いつの間にか、流れるラジオの話題は切り替わっていた。

本日のニュースです
領域の1/4を奪還に成功しました
この短期間の戦果としては驚異的です
この戦いも、終わりがあるのです
希望がある限り……私たちは、生き残れるのです

第四話

本日のニュースです
各企業に物資が行き渡り、活動が再開されています
傭兵に提供する物資も種類が増えています
やがて支配域が拡大するにつれ、その種類、質ともに向上していくでしょう
我々の未来を取り戻す兆しとなっています
戦いましょう、生き残りをかけて……

アア？ラジオが聞こえないじゃない。この忙しいときに通信？
ハイハイハイわかってますよ、なんで一人で突撃してんの？
ってコトでしょ、うっさいわアイドルオタクの筒野郎めが。
っていうか無線封鎖中でしょ、慎重なアンタがわざわざリスクを冒すはずないし、どうやってんの？
拡張思念領域経由のサイコ・DS・ドライブ？まあそりゃ私にしか繋がらないやね。
すっごい長い糸電話を目隠しダーツで繋げたみたいなもんだし。そんな曲芸、筒ごときがよくやるわ。

じゃああんたにわかるように説明してあげる。
まず一つ、私は潜入作戦とかそういうのすっごい苦手。
次に会いたくない顔が多いこと。ハイハイ変装して行けって言うんでしょ絶対嫌だわ。
私は私で居るためにあんたらに力を貸してる、その自覚が足りない。わかった？よろしい。

我儘？まあそうね。じゃあついでの理由も教えてあげるわ。
一つ！護法巡礼艦隊の戦力が予想以上に多い！
陽動戦力がウチのAGM部隊じゃすぐに磨り潰されて終わり！
まったく、この対空機銃密度とAGM数じゃあ無理無理。私と「イグナイター」じゃなけりゃね。

一つ！祝祭の時期よ、あいつらは絶対に儀式の刻限を守る。
覚醒歴九〇九〇年双月〇一日〇九時三〇分…今年ならそこ。
予定外の収穫であろうとも、襲撃にビビって処刑を早めるなんてことはない。
「あの女」はそうしたいだろうけどね。宗主が許さないよ、間違いなく。

一つ！こうして信徒どもをお膝元で潰してれば…出て来るんだよ、慈悲深い「宗主」（アイツ）はね！
その首、貰いに来たんだよ！

***

白蓮の艦隊を相手に戦闘を繰り広げるイグナイターは、その巨大かつ奇怪な腕部を旋回させ、近付くマシーンから順々に血祭りにあげていく。
その戦いぶりはかつての白蓮天則十二神将のひとつ、悪鬼神像アグネヤと極めて近い。
故に、白蓮天則の信徒たちには迷いと畏れが生まれる。
融和と平和、この乱れた世に何よりも尊い我等が宗主様の教えが、掻き乱される。
あの姿は、あの機体に乗っている方は、まさか我等を罰しに―

「皆様。愛しき皆様。」
戦場に、透き通る声。
「嵐に迷わば、心は錆び付いてしまいます。」
オープンチャンネルで、全ての者へと救いを与えようとするような声。
「迷うなとは申しません。」
護法巡礼艦の天守艦橋から発せられるその声は、あろうことかその玉体をも伴う。
「我等が祖は、霧に迷うも惑わされず、終にはその眼を啓いたのです…」
その宗主の姿は―チトラ・ス・ヴォーロと名乗る娘とよく似ていた。

***
「その首、貰いに来たんだよ！」
イグナイターの腕は沸き立つ信徒たちを一切振り切り、宗主の居る艦橋に一直線に飛ぶ。
だが。
「君はいつも、直情的に過ぎるな…哀れな迷い子よ」
「十二神将…重機動坐像、僧正のミラリアルか！」
脚の無い巨大な神像がその行く手を阻む。
「いかにも。我等が祝祭の日に、華を添えに来たか？」
「アア？！なわけないでしょう、アンタたち―」
僧正が戦場を見渡した。そして、それ以上の言葉は不要と遮る。
「…AGM12機に巡礼艦隊の対空砲座多数…それだけの信徒が、浄土へと導かれた。
君の苦悩はそれほどまでに深いと言うのだな…おお…その懊悩は、やがて光り輝く道とならん…」
彼等の信ずる姿と、目の前のチトラの心は大きく乖離しているからだ。
白蓮の愛に、その執着は無用。
「アンタたちの、その「救ってやろう」って思い上がりをぶちのめしに来たんだよ！」
（十二神将は、出払っていたはずなのに！オズ…上手くやんなさいよ…）
激昂する声には、その実焦りも含まれていた。

本日のニュースです
ジャンクテイマーによる大規模な略奪が横道潮流で発生
53人の死亡が確認され、多数の物資が奪われました
我々はこのような暴挙を決して許すわけにはいきません
戦火の傷跡は大きく、我々はいま試されています

サイコ・グレムリン・イグナイターは捕らわれた「将軍」を救うべく、粉塵の空を飛ぶ。

「白蓮の奴等…！」

今、飛翔する先に居る敵を思い返す。
チトラ・ス・ヴォーロにとって、それは敵であり、またかつての居場所でもあった。
白蓮天則。その中枢に近い所に居た彼女だからこそ、その危険性は理解している。
人々の心を一つにまとめ、恣にした先の目的とは？

巨大な陰謀のすべてを掴むことは出来なくとも、今その内部で看過されている犠牲。
反抗するには十分な理由であり、アイリス・ヴァンガードとはそうした人々の集まりだ。

だが、彼女が身を寄せるに至った経緯は、義侠心によるものだけではない。
錆の風、曇る空。思い出す。

「※※※。貴方は、宗主様をお守りするのですよ。」
「※※※。貴方は、宗主様の分け身なのだから。」
「※※※。貴方の、救いとなるのは。」
「※※※。貴方が、神将としての力を強化されたのは―」
「※※※。貴方が、この俗世ですべきこと。わかっていますね」
「わかってる……！だから、だけど！」
わかっていた。自分の役割など。
「納得出来たら、私じゃないんだ！」

警告音が、精神を現在に引き戻す。
白蓮の悪鬼強襲揚陸艦を、索敵モニター上の最外縁に捉える。
「さっさと追いつきなさいよ、オズ…！」
ここで待機するほど、チトラ・ス・ヴォーロは落ち着きのある性格ではないのだ。

◇第二話
チトラ・ス・ヴォーロが「将軍」捕らわる、の報を聞いたのは第七仮設駐屯地でのことだった。
混迷を極める状況で、そんなニュースは珍しいモノではない。
あいつが居ない、どこそこで見かけた、略奪が起きているらしい、今動く兵器をかき集めている奴等がいる―
等、穏やかでない話がそこかしこで人々の心を乱す中。ラジオは場違いなニュースを流していた。

本日のニュースです
南の島では今、謎の珍獣「カビャプ」が多数目撃されています
人々の気配が消えた町などを横切る姿が確認されています
ピンク色でもふもふしていてかわいいですね。血を吸うそうです
戦火の世にも、人々の連環を。我々はまだ、戦えます

「いいじゃない。そういう話を聞きたい気分よ、今」

古巣であり今の敵である白蓮のやり方を、チトラはよく知っている。
レジスタンスの指導的立場にある「将軍」を、最も効果的に消費する場を用意するはずだ。
当然、そんな事は看過できない。穏やかでない話と仕事になる。

本日のニュースです
南の島では今、謎の珍獣「カビャプ」が多数目撃されています
人々の気配が消えた町などを横切る姿が確認されています
ピンク色でもふもふしていてかわいいですね。血を吸うそうです
戦火の世にも、人々の連環を。我々はまだ、戦えます

「私のマシン。」
「…全然間に合ってないし気に入らないし美しさはまだ足りないあり合わせだけど、急ぎだから仕方ない！」

第七仮設駐屯地に、元の乗騎であるアグネアのパーツがいくらか漂着していたのは幸いだった。
錆だらけのフレームに、大急ぎでその思念誘導装置一式と巨大な腕部を組付けた不格好なマシン。
操縦棺の中で、彼女は意志を通す力の名を呟く。

「イグナイター、テイクオフ」