ENo.0023　J.I.A

本日のニュースです
雨の海ではいま「ウミケダマ」の水揚げが最盛期を迎えています
「ウミケダマ」は柔らかい毛がびっしり生えたウニの仲間です
粉塵に汚染された肝を10日かけて浄化し、絶品となります
戦火の世にも、人々の連環を。我々はまだ、戦えます

本日のニュースです
領域の1/4を奪還に成功しました
この短期間の戦果としては驚異的です
この戦いも、終わりがあるのです
希望がある限り……私たちは、生き残れるのです

本日のニュースです
昨日、横道潮流にてボートレースが行われました
荒波を越えて勝利した選手には、1か月分のメシが贈られました
いつか、どこの領域でも平和なレースを取り戻したい。優勝者の願いです
戦う人々に祝福を……我々は、生き続けるのです

コックピット内に響くラジオの音声と、情報端末の操作音。
戦いに備え、現在地に迫る敵機のデータを見直していた。
自爆ドローンと呼ばれている敵や、新たな未確認機……。
生き残るためにも、越えなければならない問題は山積みだ。
どうしたものか……そう、頭を悩ませていた。

……はずだった。

「……私は、笑って……いたのか？」

ふと、自分の顔が綻んでいることに気付いた。
驚き、眼をつむって最近の出来事を思い返す。

何度目かのような不思議な目覚めの感覚から
ずっと独りで戦ってきた。
だが、それも先日までのこと。

ずっと、連れ添うように一緒だった。
知っているはずがないのに……
知らない相手とは思えない、不思議な男。

抱えている気持ちを伝え、一緒に戦ってほしいと願った。

そして、その願いに応えてくれた。
自分もまた、似た感覚を抱いていたと教えてくれた。

「……そうか。もう、独りではなかったな」

自分も。
そして、自分が感じていたこの感覚も。
もう、独りだけのものではないのだと。

「それにしても――」

いつか見た、幸せそうなあの笑顔を……世界に取り戻したい。
そう思っていた私自身が、久しく笑っていなかったなどとは。

「笑えない話だ」

独り言ちて、もう一度笑った。

私に笑顔を取り戻してくれた、あの男に感謝を。

そして、今度は……
私が、世界にそれを取り戻す番だ。


この世界を脅かす、未識別機とは。

死してなお、歩みを止めることのない機体とは――。


私が終わりを迎えるその日まで、追い続ける。

世界の誰もが、明日を笑顔で迎えられるように。

……とあるテロリストと言われる男を撃墜した。

彼も。

そして、彼にそれが救いだと信じさせた者も。

救いを、世界の安寧を望んでいた。

この世界にとって、救いとは。
……安寧とは、何なのだろう。

「…………」

考えてみても、答えが出ることはない。
きっと、誰しも求めるものは違うだろう。

ならばやはり、私は……私の信じたものを。

私に唯一出来ること……敵を。
この世界に牙を剥く、敵のすべてを打ち倒し。

世界のどこまでも連環（つら）なる
希望と祝福の、笑顔を……取り戻して見せる。

「共に行こう。
　……あなたの望んだ救いとは、違うかもしれないが」

”ガラクタ”と言われたそれを、小さなデータ端末に移して。

「あなたのしたことは、破綻し、失敗に終わったとしても……
　　　その想いまでが”ガラクタ”などではないと、証明するために」

紐を通し、首飾りにしたそれを身に着けた。

通信機からノイズ交じりに
様々なニュースのような話が流れてくる。

本日のニュースです
各地で戦闘が広がる中
奇妙なうわさがグレイヴネットを中心に広がっています
亡くなったと思われるグレムリンの姿を見たという噂です
我々の未来を脅かすものとなるのでしょうか
戦いましょう、生き残りをかけて……

本日のニュースです
ジャンクテイマーによる大規模な略奪が横道潮流で発生
53人の死亡が確認され、多数の物資が奪われました
我々はこのような暴挙を決して許すわけにはいきません
戦火の傷跡は大きく、我々はいま試されています

本日のニュースです
昨日、氷獄にて実戦のさなか映画の撮影が行われました
未識別機動体との戦いを記したドキュメンタリー映画です
いつか、平穏が訪れた時にこの資料がきっと役に立つ
監督はそう口にして、傭兵たちの戦いを追います
戦う人々に祝福を……我々は、生き続けるのです

本日のニュースです
昨日、雨の海で大規模なジャンクテイマーの討伐が行われました
雨の海では略奪を掲げる勢力がコミュニティを結成、規模を拡大させていました
グレムリン5機、船3隻を撃沈、勢力は壊滅しました
参戦したのは傭兵であるソルさん他2名です
希望がある限り……私たちは、生き残れるのです

本日のニュースです
ヒルコ・トリフネでは今日も「にわとりさま」の祭事が行われています
「にわとりさま」は食された鶏肉の神と言われています
にわとりさまはどう見てもひよこですが、にわとりさまと呼ばなければ祟られるそうです
戦火の世にも、人々の連環を。我々はまだ、戦えます

たくさんの人が、この世界にはまだ生きている。

私は……戦うことしかできない身ではあるが
少なくとも今は、それが……世界を取り戻す手段であると信じる。

戦闘を終え、南の近海へと渡った。
……そこには、あの男の姿もあった。

今度もまた、共に戦ってくれるだろうか。
それとも―――

……いや。
……そもそも、今までのあれらが真実であった保証なんてなく
私だけが感じている既視感なだけかもしれない。

もしそうなら……そのときは、そのときだ。

ただ、そうでないことを願う。

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夢。
いつもと同じ夢。

赤毛の女性と白髪の男性の2人が笑顔で隣り合い
それを見守るように、黒い機体が佇んでいる。

……この世界にも
笑顔が溢れていた時代が、あったのだろうか。

私が彼女たちとどんな関係だったのか……その記憶は残っていない。
けれど、戦闘データ以外の記憶がほとんど失われて
なお残っている、その笑顔の記憶こそが。

きっと……私が戦う理由なのだろうと思う。

全てはこの希望を、明日へ繋ぐために。
いつの日か見たはずの、祝福の笑顔のために。