ENo.0055　カメリア・アズラーレ

見たよ。あのメッセージ。
お前、そんなこと考えてたんだな。










俺もさ。
お前と一緒に居たいよ。




昔話　していいかな。

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俺は蒼花師団の商家の生まれだった。




裕福なもんだ。食べ物には困らなかった。
こんなご時世に着飾って、親はあちらこちらへ商談に行っていた。
兄弟もいない俺は、家の中に缶詰で将来の為に勉強をさせられていた。この家を継ぐための教育。マナー。そんなものを教えこまれて、俺は子供時代を過ごしてた。
そこに親の愛もあったかもしれないな。少なくとも俺は感じなかったけどな。

家を繋ぐために育てられた篭の鳥。
それが俺だった。

爺様だけは俺の味方だった。俺を憐れんで、隠居してたっていうのにしょっちゅう家に遊びに来てはいろんな話を聞かせてくれた。それから、素敵なものもくれた。ずっと昔に世界に咲いていた、花の図鑑。ずっと昔に広がっていた、青い空の写真。

俺はそれに夢中になって、ひい爺様が家に来るのだけを楽しみに暮らしていた。そのひい爺様も病気であっけなく死んだ。
俺が13の頃だった。

ひい爺様が死んだあとも世界は何も変わらない。
俺の生活も、何もかも。篭は開かない。
ただひい爺様の見せてくれた青い空と広がる花畑が
俺の胸を焦がしていた。


何もしなければ変わらない。






だから俺は飛び出した。


父様に言い捨てた。
「俺はお前の跡は継がない」と。

俺は飛ぶために一度地に堕ちた。
宛もなく家を出て、下層に降りて。

生きる為に、色々なことをした。
身売り以外の事は何でもした。
家から飛び出しても、空なんか見えなかった。
でも悔いはなかった。俺は自由になった。自由だ。
俺を囲む篭などもうなかった。


それからしばらくしてからだ。
ダストグレムリンの話を聞いたのは。

戦場に出れば、空が見られるかもしれない。
ダストグレムリンに関する噂は俺はどうでもよくて、
ただ空が見たいだけで。

結局ダストグレムリンには乗れなかったけど、
代わりに俺はヴォイドテイマーとして傭兵になった。




それからだったっけ、リサと会ったのは。

それまで俺は一人だった。これからも一人だと思ってた。
それなのにお前が現れて。

俺はジルエットに乗って、初めて空を見た。
写真のような青い空じゃあないけれど、
それでも俺は空を飛んだ。

空を飛びたい。いつか青い空を見たい。
そんな夢をお前は応援してくれた。

俺の夢のために、俺のために『盾』になると。

そのために命が散っても

構わないと。


それを聞いたとき、俺は寂しかったんだ。
いつか俺のためにお前が死んだら、
きっと俺は一人で空を飛ぶ。

最初からそうだと思っていたのに。
お前が僚機になってからそれが寂しくて仕方なかった。

俺も空で散るなら本望だと思っていたのに、
お前も俺を「空に奪われた」なんて思ってたなんてな。

俺は一人で生きていくって、大人になったつもりで。

一人で生きていけないよ。
何も変わっちゃいない子供のまま。

お前がその話をするたびに、
どこかで子供みたいに拗ねていた。


あの頃よりも付き合いの長い今なんか、余計だ。
お前がいなかったらさ、寂しいよ。
お前が死んだらやだよ。

隣にいてくれよ。


だからさ。




リサのメッセージ　がさ。










知らないだろ。俺、お前のメッセージ聞いたあと。
すぐにリサのとこへ駆け出したんだ。







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「なあ。動き始める前に。」

「俺の話を少し聞いてくれないか？」


「俺、お前と会えて良かったと思うよ。何回も言ったと思うけどさ。やっぱり、何回でも思うよ」

「お前がいなきゃ、俺は一人だった。今はお前も、ユニオンのみんなもいる。」

「だからさ、やっぱりさ。いなくなるのは怖いんだよ。お前がいなくなるのは。　ずっと隣にいたやつが急にいなくなるなんて、俺は嫌だ」

「……こんなことになっちゃったけどさ。」

「お前が生きててよかった。」

「俺はお前を手放したくない。俺はお前と空を飛びたい！」

「お前しかいない、リサ、俺の隣には！
お前がいなくちゃだめだよ……！」

「だから！！」






「お前が俺の盾なら」

「俺はお前の翼だ」







「約束するよ。全て終わったあと。
俺はお前と生涯を共にしよう。」

「二人で生きよう。」






「二人の運命が終わりに到達する　その時まで。」

…………怖かった。

嗚呼、たった1つの数字に、人はこうも揺さぶられる。
運命という名の、致死毒。それが命へ到達するまでの距離。

迫ってしまった。リサに。

冷やされたナイフを首元に当てられたような、
銃口を脳天に突きつけられたような。そういう気分になった。

『そういうもの』があるという事はわかっていた。
わかっていながら、いつの間にか目を逸らしていた。
怖いから。怖いからだ。何よりも。怖いのだ。
お前、分かるか？　自分の隣に、いつも自分の隣にいた存在が。
いなくなるんだぞ。運命って、馬鹿げたもののせいで。

俺達は、俺達は自分の死すら決められてしまうのか。世界に。

馬鹿げてる。

嫌だ。

死なせたくない。


死にたくない。


ガサ、という布の擦れた音ではっと気が付き顔を上げると、
リサが向かいのベッドで寝返りを打ったところであった。

俺はと言えば、こんな夜中にベッドの縁に腰を掛けて延々と
そういう事を考えている。
壁を向いてしまったリサの姿を見ながら、
またぼんやりと思考が巡る。


どうせ死んでしまうなら二人がいい。
一緒に戦場で、死にたい。
死体が残らないほうがいい。二人で灰になろう。
海に溶けて、陽の光に照らされ空に登ろう。
ほら、そうしたら二人で空へ行けるだろ？

でも、俺が先に死んでしまうかもしれない。
お前が生き残ることは喜ばしいけれど、
きっとお前は泣くだろうな。ごめんな。
遺灰は海に撒いてくれよ。先に空で、待ってるから。

だけど、お前が死んだら、……お前が、死んだら。
俺、お前の顔、見れるかな。見れないかもしれない。
死んでること、自覚したくないだろうな。
でも、お前の顔は綺麗だから。

お前の死に顔も、きっと花が咲いたように綺麗だよ。



そこまで考えて、自分の顔が綻んでいることに気がついた。
はっと口元を隠し、顔を上げて僚機の方を見る。
……姿は変わらず、壁を向いたまま。
起きていたとしても、顔は見られることはなかっただろう。

規則正しく上下する肩に、安心した。
まだ生きている。二人ともここにいる。
そうだ、"もし死んだら"なんて。

命の喪失のその時、
今際の際のその向こう、彼岸に咲いた花として、
お前が行ってしまうその瞬間が、綺麗だ、なんて。

恐怖ゆえの美化だ。死は、死だ。
それ以上でも、それ以下でもない。

俺も、馬鹿げた奴なんだろうな。


自分も体を横たえ、布団に潜る。
まだ生きている。だから、また戦場へ行く。
二人で行って、帰って。こうして、眠って。
話して、笑って、支え合って。
……それでも、運命はそれを顧みず。
カラカラと虚しく回る空調の音を聞きながら、ふと思い当たった。

ヴォイトテイマー。虚空領域で戦うもの。
運命という虚しさを抱えてなお、進むもの。


……上等だ。最期の時まで抗おうじゃないか。
そう独りごち、目を閉じる。
明日もまた、リサと二人で生きるから。


部屋には、変わらず回る空調の音と二人分の寝息だけが残った。

『──音声記録。録音を開始する。
……何番目だ、これ。いいや、何番目かだ。

生きてる。まだ俺は生きてるぞ。
母様、元気か。あんたが手塩にかけた息子はまだ生き残っているぞ。あんたの手の中に残らないでいて悪かったな。そこは俺には窮屈すぎた。そのクソ狭い箱の中から、空を飛ぶ俺を探してみるといい。

父様、まだご健在のようだな。噂はかねがね聞いてるよ。そろそろあんたは人を人と見たほうがいい。あんたが自分の蒔いた種から芽吹いた蔓に首を絞められる日を楽しみにしていよう。

俺は一人だが、一人ではない。あんたらの会社よりずっといいユニオンに入ったんだ。……僚機だって出来た。かけがえのないものだ。そこにいたんじゃ、絶対に手に入らなかった絆だ。俺はここに来て一切の後悔はないよ。

あんたらが仰ぐだけの空を俺は飛べる。いいだろ。僚機がサポートしてくれるんだ。俺が飛ぶのを、背中を押してくれるんだ。あんたらが聞いたら、また一人じゃ何もできないとか言い出すんだろうな。

繰り返す。悔いはない。あんたらの元へ戻るつもりも、ない。

この記録がそっちに届いたら面白いな。俺の恨み節たっぷりだぞ。
久々に聞く息子の声だぞ、ありがたく思えよ。

──今日の記録はここまでとする。じゃあな』


＊



『音声記録。録音を開始する。
リサ、元気か。俺は変わらず元気だよ。
あんたが護ってくれるお陰だ。大した怪我もない。

……なあ、リサに贈ったパーツ。ああ、今日贈ったんだよ、俺の手作りなんだ、あれ。音響浸透装置……だったっけか。anemosと銘を付けた。アネモネ、という花を知っているか？この間、図鑑で見たやつだ。"風の花"、なんて呼ばれるらしい。
俺の贈ったものが、リサの追い風となってくれる事を祈る。いつも支えられている、俺からの礼だと思ってくれ。

……それと。アネモネの花言葉には、悪いものが多い。見捨てられただとか、見放されただとか。俺はあんたを見捨ても見放しもしないから、安心してくれ。
あと、その……。紫のシールが貼ってあっただろ。いたずらとかじゃないんだ。ちゃんと意味があってだな。

紫のアネモネの花言葉、『貴方を信じて待つ』なんだ。
……どうか、俺を信じて、待っててほしいから。そういう事だ。

直接言うのが恥ずかしいから今言ったぞ。
そして恥ずかしくなってきたから、これで録音を終了する。

じゃあな、リサ』

『生きろよ』

「──ああ、あいつか。
　蒼花師団からの零れ者。あいつもおかしな奴だ。
有名さ、未来をドブに捨てた大馬鹿者だってよ！
ったくよ、自由なんて求めなければ、
このカスみてぇな世界でも
幸せに生きていけただろうに……」


そうか。そうだろうな。未来をドブに捨てた大馬鹿者。
それでいい。
地面に縛り付けられて、空を拝み見ながら
死んでいくような未来なら、そんなもの俺はいらない。


「はん、カメリア・アズラーレ。
何がヴォイドテイマーだ、たかが知れてる。
いずれ地に堕ちる鳥さ」


ああ、その通りだ。俺はいつか、地に堕ちる。
その覚悟ならとっくの昔にしていて、
覚悟があるから俺は飛んでる。
お前はそんな覚悟もしないまま、
自由も知らずにアホ面下げて死んでいけ。


俺は籠の鳥じゃない。空を飛ぶため、ここにいる。
俺はあいつらとは違う。あいつらとは、違うんだ。
俺は選ばれた人間じゃない。この道を自分で選んだ人間だ。
何も選ばず、あの家で腐り続けるなら、死んだほうがマシだ。

馬鹿しか空が飛べないのなら、俺はずっと馬鹿のままでいいんだ。
放っておいてくれ。
俺は、自由だ。
空に生きて、空で死ぬ。

俺が望むのは、それだけだ。