ENo.0020　リーサルドーズ・アズラーレ

『……一体、ここは』

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綺麗な蒼い空は今日も見えない。
日記を書き始めてこれで六日目。
だけど日記が吹っ飛んじゃったから、一日目でもある。
折角君に気持ちを伝えたのに、こんなになっては台無しだ。

あの日の戦いが終わったら、二人で腰を落ち着けて話でもしたかったのにな。
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今はただただ、僚機が助かっていて安心した、という言葉しか出てこない。
世界は決して無事じゃないけど、それでも自分と僚機さえ生きていれば何とかなる。
何とか、生きていけるという自信を持ったままでいられる。

ユニオンの皆や他の人はどうだろう、皆命を落としたりしていないだろうか。
せめて皆が無事であるように祈りつつ、僕はコントレイル・アイギスの表面を撫ぜた。
また、君と頑張らなくちゃいけないから。
すぐにぴかぴかにしてあげないと。

『あー、あー、……ええと、ちゃんと音声入ってるみたいだね、良かった』

『ええと、これは……今回の戦いの前に録ったもので、終わったらテキストのデータと一緒に送信されるようになって……る、筈！』

『……実は長い間、こっそり遺言の音声を残してたんだけど、やっぱり止めにしようと思って』

『だからこれは僕なりのけじめで、だけど何かあった時の為に形として残るもの』


『勿体ぶって隠したりせずに、最初から君に持っててもらうことにするよ』
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綺麗な蒼い空は今日も見えない。
新しくフォルダを作り、日記を書き始めてこれで五日目。
何処かの物語で七月や八月はとても綺麗な青空が広がると読んだ気がするけれど、今回も駄目そうだ。

世界にとっては未だ空は忌々しいものだし、それは七月も同じ。
あの戦役の月、忘れられない月。
それでいて、僕と彼を引き合わせた月。
僕達が出逢ってからまた一年経つ区切り、こうして姿勢を改めるには丁度いい。

だから僕は、君の話を書こう。
君に見える形で書こう。
これ以上、君との距離が離れないように。
ちゃんと向き合い直すべきだと、そう思ったから。
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最近は、君の事ばかり考えている気がする。
試作のフレームの話とか決戦がどうだとか、もっと考えるべき事はある筈なのに。
僕の中じゃ、いつだって君から貰ったものばかりが中心になっている。

僕は君の事を、僚機の事を、理解したつもりでいた。
今だって、理解していない訳ではないと思っている。
だけど少しばかり、僕は彼の事を大きく見すぎていたと最近気付いたのだ。
知らない内に僕は現実を正しく見られなくなっていた。
灰色の世界に侵食されないように理想を塗りたくる中、きっと彼の存在にも理想を重ねていた。
『僕の命の恩人は、僕を失ったってそれを簡単に乗り越えていくんだ』と。
そして僕は、僕自身にも理想を重ね続けていた。
『僕が行き着く先はきっと一人ぼっちだけど、その覚悟が出来ている筈だ』と。

そんな事はない。
僕達はただの人間で、選ばれた存在でも何でもない。
ゆっくりと近づいては遠ざかる到達点に、滑稽に踊らされる存在。
僕がそれを怖がるのだから、僚機だって怖がるのは可笑しくない話なのに。
僕は君がそれを恐れないと、僕の死なんかにそう執着はしないと思っていた。
だけど僚機は僕の死に何かを思ってくれて、僕も彼の死を簡単には処理出来ないという事実に向き合った。
自惚れなんかではなく、本当に君が僕を失いたくないと思ってくれている事を知った。
君は命の恩人で、僕の救済者だけど、それ以前にただの人間だと思い出した。
──雲の上の存在なんかではなく。



メッセージでは『君の為に散る事を憶さず居たい、君が空で散る事を止めたくない』なんて言ったけど、きっともう無理だ。
ずっと一緒にいるなんて約束は出来ないけど、君の為に散るなんて考えたくない。
君が空で散ってしまうのだって、絶対に考えたくない。
僕はもう、君と生きて青空を見たいとしか思えない。
一緒に生きたい、それ以外は要らない。
散る事なんて、考えない。考えられない。

君はきっと空で散っても後悔はないと、僕は知ってる。
それは僕に止められない決意だから、僕は君の僚機でありながら、ずっと空に君を奪われた気持ちになっていた。
だけどそんな気持ちを抱えて、君と空を結びつける為だけに護るのは、もう止めたい。

君が空に往くなら、僕も一緒に。
君がこの地で生きるなら、僕も傍に。


あの空にだって、僕の僚機は奪わせない。
その為に僕は、改めて盾になりたい。
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『空の上で死ねるなら本望って思ってるんでしょ、死なせてやらないからね』

『その為に、僕も死なない。君を悲しませるのも不本意だし――












――誰にも君を奪われたくない、だから、』

『何処にも行かないで』

『僕の世界は、君なしじゃ色付かないんだ』








『ねえ、全てが終わる目処が立ったらさ、』

『僕と、生涯を共にする約束を、してくれませんか』

『君のあんなに辛そうな声は、十数年一緒に居たけど凄く久しぶりに聞いたかもしれない』

『……正直、死ぬ覚悟ならとうの昔に出来てたんだ』

『でも君があんな声を、顔をするのは何故だか、僕は凄く驚いて』

『あんなに君が苦し気にするなら、死にたくないって』



『ちょっとだけ、思って、死ぬのが久しぶりに怖くなったんだ』

memory【rattled】


────ぱたん。
本が閉じられる音がする。
今回はそれ以上、頁が捲られる事もない。


『なるべく綺麗な物に頼りたかったんだ、音声を残すにしても』

『遺すものくらい、灰色じゃなくて綺麗な自然の色にしたくて』

『……最近はちょっとね、そういう元気もなくて』

『自分に素直に話すしかないのかな』

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綺麗な蒼い空は今日も見えない。
新しくフォルダを作り、日記を書き始めてこれで四日目。
僕は何度も貰ったメッセージを繰り返して聴きながら、一人で思考を巡らせる。
理想で塗り固めた壁が壊された先には、どう足掻いても逃れられない現実が此方を睨んでいる。

きっと僕達は蒼い空を見れるという希望と、こんな世界じゃそんな事はあり得ないという絶望が、矛盾しているのにずっと消えない。
今は毒が到達するまでの時間が長くなったとは言えど、それでも捨てた筈の戦場への恐怖は掻き消えない。
一瞬全身を包みかけた絶望の毒牙は、確実に後遺症を残していった。

名前の話を、続けようと思う。
名前の変化は僕の歴史で、半分は君との物語で。
終わらせたくないけどいつかは終わるであろう、青空色の物語だ。
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僕が新生体を得てから使っていた名前はフウカ。
苗字は特につけていなかった、必要がなかったしあっても面倒だから。
ただ必要なのは、どちらにも取れるような曖昧さ。
どんな客でも逃さぬ為、見た目と名前のすぐに見られるその二つはいつも気を遣っていた。

いくら両親の為とは言えど、やっていたのは褒められた事ではない。
未成年でお金を稼ぐにしては、怪しい場所で働いていた。
でもそれくらいしなければ自分一人で両親の治療代は払えなくて。
自分を導いてくれた人について行って、ただ必死に身体を金に変えていた。
両親が亡くなるその日まで、ずっとそうやっていたのを覚えている。

それでも両親はそんなに長く生きられなかった。
僕が不甲斐なかった所為かもしれない、もっと長生きさせてあげたかったと今でも思う。
時を同じくして、所属していた先である翡翠経典に自分が何をしていたのかがバレた。
僕はすぐに追い出されて、本当に一人になってしまって。
その後、暫く食い繋ぐ為だけに空虚な気持ちのまま、身体を使い続けてた覚えがある。

定住の場もなくのらりくらりとしていた僕は、とある理由で傭兵になるチャンスを得た。
このまま野垂れ死にたくはなかったし、死ぬならせめて誰かを守って死にたかった僕は、リーサルドーズになった。
運命の到達点を待ち望み、致死量の毒を欲す、生贄の名を持ったグレムリンのテイマー。
とは言え傭兵になっても暫くは給料も安定しなかったから、フウカとしても裏では活動していたけど。
それも僚機と再会してからは、すぐに辞める事になった。

本当は嫌われると思っていた、醜い自分を受け入れて欲しくなかった。
だから突き放した事がある、酷い言葉を何度も浴びせた事もある。
今でこそ僚機とは仲が良いと胸を張って言えるけど、昔の僕は今以上に自分の穢れを受け入れなかった。
だけどそんな穢れさえも、花弁についた泥や血でさえも彼は拭ってくれたから。
今僕は盾として生きていて、それで。



盾;のままで、いつかは死んで行く。
勲章だと、誇りだと感じていたそれが、今はとてつもなく恐ろしい。
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『僕は君の事、何もかも分かったつもりでいたんだ』

『それに世界の事も、会社の事も、……自分の事も、』

『なんでだろう、僕は自分がいなくなっても、君は何だかんだ強く生きていくと思ってた』

『……いや、きっと、生きてはいくんだろうね』

『でもそれは癒えるもので、どうにかなるもので、君にそんな顔を、声を、させるものなんかじゃない筈で、僕はそんな大きな存在なんかじゃ、そんな、自惚れは抱きたくなくて、』

『違う！僕はそんな、僕は、大切に思われてる自覚がなかった訳じゃない、でも、僕は……僕はそんな凄い存在じゃない。僕は君がいないとダメな奴なんだよ、盾は護るものがなくちゃ、意味なんてないみたいに、』

『僕は君みたいに強くないし綺麗でもないし、もう男でもなくて女でもなくて、可愛くも格好良くもなくて、醜くて、神にもきっと見放されて、だからこんなになって、ごめんね、そんな顔はさせたくなかった、声も聞きたくなかった、僕はどうなったっていいけど君はそんな顔しちゃいけないんだ！』





『──……お願いだから、陸を見ないで』

『ずっと空を、見ていて』

『僕の事を見ないで、飛び続けて』



『君が苦しそうだと、僕はこんなにも死にたくなくなる』

『……なんて、この音声が届くの、僕が死んだらなんだけどね』


渇いた笑い声の後、音は途絶えた。

『この前、到達点までの距離が4になってね』

音声記録は、そんな言葉から始まる。
その声は何処か遠くに語りかけるような声色だ。

『久々だ。僚機とこうして共に戦うようになってからは、此処まで近づいたことはなかったもの』

『あまりにも到達点に想いを馳せすぎたかな、まだ死にたくはないのに』

『死ぬならせめて、』

『君と一緒がいい』


memory【depravity】


────ぱさ、ぱさぱさと。
数度、頁を捲る音がする。
今回はその音が止まると同時にあっ、と声が聞こえる。

『そう言えばこの前……そう、この記録、アネモネの話をした後のやつなんだけど』

『まさかあの後に、あのパーツを貰うとは……ふふ、吃驚しちゃった！』

『人は運命を嫌ったりもするけど、僕は君との運命なら嫌じゃないな』

『今日は自分で決めて話をしちゃおっかな』


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綺麗な蒼い空は今日も見えない。
新しくフォルダを作り、日記を書き始めてこれで三日。
僕は僚機から貰ったパーツの最終確認をして、紫のシールを見ては笑う。
君がくれた花ですら、今日も影も形も存在しない。

管理される為の檻ばかりが存在する内側の世界も、生き物が自由に生きる事も出来ない外側の世界も。
きっと僕が死ぬまで変わらないまま、続いていくのだろう。
それでも僕が自由を求めて足掻けるのは、きっと。
君がまた教えてくれた一輪の花が咲く場所を、取り戻したいからだ。

僕と名前の話を、ちょっと書いてみる事にした。
僕の世界が変わっていくのには、いつも名前がついて回ったから。
どうせこれが見つかって、皆に知られるのは僕が死んでからだ。

死人に口は無い。
僕が天に昇ってからそれをどれだけ後悔したって、消せもしない。
逆に言えば、恥ずかしがってもその姿は見えない訳だから。
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僕には三つの名前がある。
変わっていった順番に、自分の書いていこうと思う。

僕の本名はヴァイン。ヴァイン・ロブロウン。
珍しいファミリーネームだし親と一緒に翡翠経典にいたから、もしかしたら情報がまだ残っているかもしれない。
これが見つかる頃にはもう、その血筋を継ぐ者はもういないのだろうけど。

母さんはしっかり者で、父さんは優しい人だった。
まだ幼かったから、二人についての記憶は朧気だけども。
僕がとある場所にぬいぐるみを置いていってしまったと泣いたら、実は母さんがちゃんと気づいてくれて隠し持ってたのは忘れられない。
あの後、忘れ物に気を付けるように約束をした。
父さんはよく僕を寝かしつけてくれていた。
神様の事、世界の事、生活の事、幸福の事。
沢山の事を、僕でも分かるように教えてくれていた。

そんな二人の間に生まれたのが僕、ヴァインだったのだけど。
その二年後くらいにすぐに七月戦役が始まった所為で、そこから先に幸せな思い出は少ない。
辛くて苦しいのに僕を庇う二人の姿。
寝たフリをした後に遠くから聞こえてくる啜り泣く声。
そんなのばかりが頭にこびりついて、離れない。

怪我を負って、前に話したように治療を受けて、それで。
戦役中はどうにか凌いだけれど、平穏は長くは続かなかった。
寧ろ戦役中が凌げたのが奇跡的だったくらいだから。
一度負った傷は大きな影響を両親に残した。
僕は二人を助けたかった、僕達を助けてくれた人達みたいに。
恩返しがしたかった、生き延びるのが困難でも、せめて安らかに逝けるように。

だから僕は様々なものを捨てる事になった。
プライドとか、アイデンティティーとか、"子供であれる立場"とかも。
その中に僕の名前と、肉体の一部もあった。

それは大半がお金になって。
その一部で、僕は自分の下半身用の新生体を買った。
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『……あー、えーと、長くなりそうだな……思ったより』

『僕が到達する前には書き終えたいんだけど、どうだろう？』

『書き終えなければ、ずっとずっとこの距離が縮まらないとかだったらいいのに』

『まぁ、そんなのは無理だよね』

『何が途中だろうが、糸は唐突に切れるものだし』




『──よし、音声記録も今日は終わり。また録るけど』

『これから戦場だしあまりうかうかしてられないや、頑張ってくるよ』


声は途切れた。

『この前は撃墜されちゃったな……』

レコーダーから最初に聞こえたのは、そんなぼやく声。
それからう～んと唸っては、苦笑いする声が続いた。

『リアに見られなくて良かった、恥ずかしいし。いや、ダメなんだけどさ……会社の人に見られてたしね』

『次は頑張るよ。……本題に入ろうかな』


memory【youth】


────ぱさ、ぱさぱさと。
数度、頁を捲る音がする。
暫くしてぴたりと止まれば、言葉が始まる。

『アネモネ……はかない恋、はかない希望、薄れゆく希望。紫色はあなたを信じて待つ、か』

『カシノキ……勇気や厚いもてなし、ちょっと昔を思い出すね』

『この日だとトルマリン、自立……華麗、天才肌……僕の僚機みたいだ。色も鮮やかだしね』

『今日はそういう話を書いて、そういう話を残そうかな』

中性的な声がした。


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綺麗な蒼い空は今日も見えない。
新しくフォルダを作り、日記を書き始めてこれで二日目。
僕はいつも通り、この世界には存在しない花のステッカーを相棒に貼り直す。
僕が一番見たい花は、今日も図鑑の中からは出てこない。

こんな灰色の世界を、僕は決して優しいだなんて思いやしない。
だけどこんな灰色の世界でも、生きてて良かったとたまに思う。
どんなに苦しく辛い中でも僕がそうやって生きていられるのは、きっと。
やっぱり空を飛ぶ鳥がとても美しい姿をしているからだ。


過去の話を、今日は記そう。
過去について思い返すのは苦痛もあるけど、今日はちゃんと文字に残そう。
何かしらにして残さないと、いくら思えどそれは到達した瞬間に、ゼロに戻ってしまうから。
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僕と両親は翡翠経典の出だ。
もう両親はあの高い高い空の向こうに行ってしまったけれど。
家族仲は悪くなかった。
寧ろ僕は、家族が大好きだった。
子育てすら儘ならない世界でも僕を産んだ事を誇ってくれて、愛してくれた家族を僕も愛していた。

だけど世界は、僕達家族を決して愛してはくれなかった。
七月戦役が始まって、生活が苦しくなる中でのテイマーズ・ケイジの宣戦布告。
グレムリンの脅威が全てを脅かす中で、両親はとても大きな怪我を負った。
僕達家族はもっともっと、生きるのが難しくなった。
世界はそれまで以上に荒れていって、灰色で塗り潰された。

そんな僕達を、翡翠経典の人々を数日間だけ匿ってくれた人達がいた。
皆苦しんでいた中だったけど、それでも"厚いもてなし"をしてくれた。
僚機と初めて出逢ったのは、その時だったかな。

僚機は僕に色んな図鑑や本を読ませてくれた。
代わりに僕は、僚機に沢山外の世界の話をした。
僚機が話してくれる空は青くて澄んでいて綺麗で、だけど僕が話す空は灰色で暗くてお世辞にも綺麗とは言えない。
それでも彼は聞いてくれた。
僕の見てきた、汚されてしまった世界の話を聞いてくれた。

だけど別れは来るものだ。
数日間だけの約束だったから、両親の怪我の最低限の治療が終わってから、すぐに僕達家族は其処から離れなきゃいけなくて。
最後にお別れも言えなくて、ただ僕を見つめる彼を振り返って確認しながら遠ざかっていくしかなかったのを覚えている。
それから時が経って行って、徐々に再会の期待を失っていたのも、覚えている。
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『この前リアに話を聞いたらさ、安心したよ』

『そんなに居心地の悪さとか、感じてないみたいで。嬉しい』

『……うれしい』

『こんな世界でも、共に幸せに居られる事が』

『うれしい』




『──そろそろ、終わりにしよっかな。また録るよ』

『次はどんな言葉にしようかな……』


声は途切れた。

「僕も、いつかとびたいなぁ。この鳥さんみたいに……」

「じゃあ、いつか二人でとぼうな」

「きれいな空をとりもどして、とぼう。二人で！」



「──うん、二人で！」


「約束だよ！」



僕は迷える羊だった。
空を飛ぶ鳥の姿を見て、影を追いかけて走っていた。

きっと今も、そうやって走っている。
運命の毒が致死量まで満たされて、この糸が千切れるその先に。
僕の鼓動が零になる、到達点へと走っている。

これは僕と言う迷える羊と、その先を行く君と言う風見鶏の記録。
二人のこれまで、そしてこれから。




memory【nexus】




────ぱさ、と。
レコーダーから、頁を捲る音がする。
次に息を吸い込む音、そして。

『金柑の花言葉は思い出と感謝。コブシは友愛、信頼……ラナンキュラスは、ふふ、あなたは魅力に満ちている……らしいよ』

『因みにクリスタルの石言葉は安定感、落ち着き、勇気、前進とか……どちらも僕は本物を見たことがないけど』

『今日はそういう話を書いて、そういう話を残そうかな』

中性的な声がした。




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綺麗な蒼い空は未だ見えない。
僕がこうして自分の歩いてきた道をデータにし始めてから、もう何年も経つのに。
世界はまだ粉塵に包まれていて、あの日の本で見た飛行機雲は実在しない。
高く高く飛んでいた筈の鳥も、ずっとお伽噺に閉じ込められている。

僕が知っているのは、いつも僕を導いてくれる風見鶏だけ。
君だけだった。僕が唯一、この世界で鳥のようだと思うのは。
どんな空を飛ぶグレムリンも、君には勝てないと僕は思っている。
だって他のグレムリンは、僕を導いてはくれやしないのだから。


これからの話を、今日は記そう。
いつも未来について思い描いてはいるけれど、今日はちゃんと文字に残そう。
何かしらにして残さないと、いくら思えどそれは到達した瞬間に、ゼロに戻ってしまうから。

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僕等はずっと四人だった。
僕と僚機と、二人のグレムリン。
その前で僕は独りぼっちだった事もあったけれど、もう数年程はずっと四人だ。
十年経ったかもしれない、後で数え直す事にする。

僕は僚機と一緒に、最近会社に入った。
ずっと何にも属さない、完全にフリーの傭兵だったから心配だったけど。
最近僕は自分の死に想いを馳せてしまうから、不安になってしまったから。
僕がもし何らかの理由でいなくなったりしたら、僚機を見てくれる場所を見つけたかった。
その為に、僕と彼を知る人物を少しでも増やしたかった。

入った会社は素敵な所だった。
彼はまだ少し緊張しているかもしれないし、僕も慣れない事は多いけれど。
軽口の飛ばし合いとかはたまに聞こえてくるが、それが出来るくらいには穏やかなのだ。
本当に余裕がない場所ならば、そんな賑やかな声すらない。
そんな暇すらないのだ、この世は生きづらすぎて。
地獄みたいな場所だって幾多と存在するこの世界で、それでも明るい声を聞ける空間に辿り着けたのは幸運だ。

僚機は、どう思っているかちょっと今は分からない。
ずっと渋っていたことを、今更口にして決めたものだから。
彼は嫌な事は嫌と言う人だし、結構何でも顔に出るから大丈夫だと思いたいけれど。
明日にでも尋ねてしまおうか。

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僕らはずっと四人だった。
だからこそ、今の会社に入れたのはきっと前進だ。
勇気が必要な行為だったけれど、それだけ価値のある事だった。
会社の人にはとても感謝してる。

きっと、これからも上手くいく。
僕はそう思ってるし、明日もそう在れるように僕の相棒に祈る。
そう在れるように、僕が護る。
彼が空を飛ぶのを止めない限りは、僕が死なない限りは。

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『ねえ、ちゃんとご飯食べてる？美味しいものあまりないけどさ、食べないと身体に良くないからね』

『僕はどう？ご飯食べてるかな？食べてなかったら食べさせておいてよ。長生きしたいからね、これでも』

『死にたい訳じゃないんだよ』

『…………』




『──そろそろ、終わりにしようか。また録るから』

『次はどんな言葉にしようかな……』


声は途切れた。